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ダンサー、特に羽飾りをつけた女性ダンサーは華やかで、言葉通りサンバ隊の花形なのだと思う。
けれど、目に映る華やかさよりも更にわたしの心を捉えたものがあった。
「ダンサーの皆さん素敵で、ダンスも興味あるのですが……わたし、打楽器やってみたいです。
あの大きい太鼓、本当にすごくて……未だに目を瞑ると、あの音が聴こえてくるんです」
「おー! 貴重なバテリア志望! しかもスルド!」
「えー! ダンスやろーよー」
わたしの言葉に、周囲にいたひとたちが湧いた。
打楽器をやってみたいということ自体が、なんだかとても貴重なことであるかのような扱いだった。
にーなさんは「取られた―」と悔しがってくれていたが、それ以上に打楽器奏者と思われる人たちが大騒ぎしていた。なぜかあちこちで乾杯をしている。
騒ぎが騒ぎを呼んで、周りにはどんどん人が集まってきた。
「ハル―! ちょっとこっち!」
更に誰かを呼ぼうとしている。
ハルと呼ばれた爽やかな見た目で精悍な雰囲気の男性がやってきた。
打ち上げの乾杯の音頭を取っていた人だ。このチームの代表らしい。
「この子、スルドやるって!」
ちょっと待って、やるとまでは言ってない。
「おお、そうか。それは良い選択だ。スルドはサンバの根幹だ。礎でもある。物事の本質に触れる体験をしておくに越したことはないだろう」
ちょっと何を言っているのかわからない。
「ひいの友だちだったか? 名前は?」
「えと、がんことかがんちゃんとか呼ばれています」
「がんちゃんか、良い名だ。スルドの風情を感じる」
やっぱり何を言っているのかよく分からない。
でも、名前を笑われたりいじられたりするのではなく、良いと言ってもらえることは珍しい。少し嬉しかった。まあ本名ではないのだけれど。
「楽器や音楽経験は?」
無いと答えたわたしは不安そうだったのだろうか。
ハルさんは、空白のノートは全ての物語、全ての伝説、全ての神話になり得る。がんちゃんが白紙の上に紡ぐ言葉の変遷を追うのが楽しみだと、よくわからない歓び方をしていた。安心させようとしてくれたのだろうか。
「うちの礎を紹介しておこうか。おーい、キョウさーん! こっち来れるか?」
ハルさんは別のテーブルで焼き鳥の櫛とビールのジョッキを持って周囲の人たちと話している男性に呼び掛けた。