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スルドの声(交響) primeira desejo  作者: さくらのはなびら
ある日の会話(後日譚)
154/155

ひとつの願い

 お母さんは言った。


 生まれてくる子へは、思いつく限りの祈りを捧げた。ありったけの願いを込めた。

 そのすべては記せない。


「なんせ私の想いには際限はないから」


 想い? 欲ではなくて?


 それはどちらでも良いのか。

 呼び方による印象に差はあれど、その源泉は変わらない。


 どんなに独善的でも。価値観が偏っていても。たとえ歪んでいたとしても。


 そこに込められた意図は唯一であり、間違いなく純粋なものだ。


 ただ、ただ。

「生まれてくる子が、幸せであるように」



 お母さんが言葉の限りを尽くした、名前では記し尽くせない「祈り」や「願い」を包括させるために、その漢字を使いたかったのだ。



 祈ること、願うこと。

 それはお母さん側が生まれる前に子どもにしてあげられる最後の行為だ


 そして。

 お母さんを激しく後悔させている、祷の時にはできなかったこと。命名に指標性を持たせること。

 名前に付与された意図を拠り所に、子が自ら望ましい人生を切り拓けるようにと。


 命名に想いや期待や、諸々込める親は多いだろう。

 込め過ぎた結果が、世の中にあるキラキラネームなのかもしれない。

 マタニティハイという言葉もあるが、生まれてくる子に何もかもを持たせてあげたいと思うことは自然だと思う。


 叶うなら、その名を背負って生きる子の、具体的な人生をイメージしてあげたうえで、隙の無い名をつけてあげてほしいとも思うが、理想に違わぬ完璧なものなんて滅多に無い。もしかしたら、存在しないのかも。



 それであるなら、与えられた名をどう使って生きていくのか。

 それは自分で決めて生きて良いのでは無いだろうか。


 名は、呼ばれるたびに彩りを得て熱を帯びる。

 単なる文字列から、命を宿した身の一部となる。

 長く使い馴染んだその名で生きるのも良い。

 唯一の名として誇って生きるのも良い。

 その名で生きて培った力で名の殻を破り、新たな名で生きるのも良い。


 名は誰かから与えられるものかもしれないけど。

 その名でどう生きるかは、本人が決められるのだ。



 わたしの名前には、お母さんが込めた願いが詰まっている。

 わたしの名前は、わたしが生きていく上でお母さんがお勧めしてくれた考え方が宿っている。あくまでも、お母さんが宿してくれただけでしかなく、それをどう使うか、または使わないかも含め、生き方はわたしに委ねられているのだ。



 そんな二段構えの名前は、多分なかなか無い。祷さえ持っていない。




 わたしには、お母さんの考え方のすべては理解できない。

 でも、少し理解できるところもあった。

 理解できても、納得ができない、受け入れられない考え方も多い。


 けれどそれは拒絶の理由にはならない。



 お母さんは相変わらずよくわからなかったけれど、そこには独自の価値観による愛情があっただけで、無関心や差別があったわけではない。


 愛されていた。


 ただその事実だけあるのなら、愛情の形にはこだわる必要はない。

 自分にとって都合の良い愛を求めるのも欺瞞だろう。与えられて当たり前では無いものを、与えてくれている事実こそが尊い。



 わたしはもう、以前のように自分が誰からも期待されていないなんて思わない。


 気づけば、振り返れば、わたしの周りはわたしを愛してくれている人しかいないでは無いか。お母さんがつけてくれた、名前の呼び名に込めた意図通りに。


 得ていたかもしれないもうひとつの名前のルーツが世界に残した言葉のように、わたしはわたしに自信を持って生きていこう。


 自分の名前も。本当の呼び名も、みんなが呼んでくれる呼び名も。


 わたしは抱えて生きていく。


 恵まれたこの環境に、きちんと喜び、表し、返して生きていく。そう生きていきたい。


 そんな、わたしが持つこととなった「願い」を叶えるため、自分自身を信じて、一歩一歩をしっかりと踏みしめて、人生という道を歩んでゆこう。




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