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四曲目の『Tristeza』はエンディング感のあるしっとりとした曲だ。
サンバショーはこれで終わる。
ムーディーな曲と歌に乗せ、パシスタたちは先ほどとは打って変わり妖艶に舞う。
マランドロも激しく格好良いダンスからは一転、セクシーでダンディな雰囲気で踊っていた。
選手たちも冒頭は軽く踊りつつ、ステージの前面まで出ていき、ゆっくり踊ったりポーズを取ったりしている。客席のファンたちはその様子をカメラに納めている。写真タイムとしての位置付けだ。
サビに差し掛かると、ステージ上のダンサーは、歌に合わせて大きく片腕を振る動きを取り出す。
曲に見送られるように、四人の選手は客席に手を振りながらステージを降りていった。
ステージに残ったダンサーたちと、ヴォーカルは引き続き片腕手を大きく左右に振っている。
観客もそれに合わせて腕を振る。
サンバで会場が一体になっている。
その壮観に、少し込み上げてくるものがあった。
だから、これは、その下準備があったせいだ。
スルドは両手で叩くから、拭えない涙は流れていくままだ。
わたしの目は、両親の姿を捉えていた。
お父さんが周りの観客と同じように、歌に合わせて腕を振っていた。
そして、お父さんに促され、お母さんも同じようにしていた。片手では撮影を続けている。
会場の一体感には、わたしと、祷と、お父さんと、お母さんが含まれる。
わたしの想いがどう届いたかなんてわからない。届いたかどうかさえわからない。何も届いてないかもしれない。
でもそれはあまり関係なくて。
ただ、今、この場で、家族が同じ歌に合わせ、同じ音に心を委ねていること。その事実。
それはただ、それだけで、とても尊いように感じた。
昔は当たり前のように在ったはずの、今は見る影もないと思っていたものは。
それでも何かのきっかけで顕れるくらい、いつだって身近に在ったのだ。
余韻を残しながら、曲が終わる。
会場は拍手に包まれた。
選手たちはすでにステージを降りている。
なのでこの拍手は、サンバ隊に向けられたもの......だったら嬉しいな。
わたしたちは乞われて呼ばれた立場ではない。
こちらの方から、呼ぶに値するのだと提案し、提案を受け入れていただいてこの場にいるのだ。
わたしたちのミッションはパフォーマンスをすること、ではない。
観客に楽しんでもらえ、阿波ゼルコーバと姫田グループそれぞれに、求められた効果をもたらし、呼ぶに値していたと実感、あるいは思っていただくこと。
評価は後からもたらされるだろう。
今はただ、客席から届けられる満足そうな拍手の音に、浸らせてもらおう。