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向かって右端の方の前の方。
関係者用の席なのかもしれない。
わたしのいるステージの後方からは、お父さんとお母さんのその表情までは窺い知れない。
少なくとも真ん中の客席の人たちのように大盛り上がりしているような雰囲気ではない。まああの両親がそんな様子を見せたら、驚きでリズム崩してしまいそうだ。
ただ、お母さんはスマートフォンで動画撮影をしているようだった。少なくともつまらなそうにしているのではないと思う。
サッカー選手に興味があるなんて話は聞いたことはないので、娘ふたりの雄姿を撮ってくれているのだろう。
祷もいるのだし、お母さんの行動として特異ではないけれど、普段の様子からは想像しにくい姿でもある。
お母さんがどういう行動理念を持っているかは関係ない。
お母さんがわたしを好きでも嫌いでもどっちでも良い。
わたしが、届けたいと思うから。
この音を。
今この場にいるみんなへと。今を楽しんでもらうために。
わたしに関わってくれたひとたちへ。わたしがここまで来られた要因のひとつひとつとなってくれたひとたちへの、感謝を込めて。
そして。
今日来てくれた、お父さんと、お母さんへ。
恨みに辛みに諦めに感謝に慕情に......ひとつにまとめられない感情を、自分では気づかない感情を、自分でラベリングしきれずにいる感情を、言葉で伝えることはできないから。
だから今のわたしを、音に乗せて届けられるよう、すべてを込めて。
三曲目は『É Hoje 』だ。
前二曲に比べると、入りは少しおとなしめで、サビで一気にアゲる抑揚のある曲だ。
ゆっくりと始まる歌とメロディに合わせ、ステージ袖から今度は三人の選手が上がってくる。
マランドロ三人と先程の選手は後方に下り、ポーズを決めたまま固まり控える。
ゆっくりとした入りに相応しく在るように、一音一音を丁寧に打つように心がけた。
三人の選手は、前曲でマランドロスタイルで登場した選手とは異なり、背中に背負う羽飾り『コステイロ』を身につけた、サンバダンサーのコスプレのようなスタイルだ。
メロディに合わせてゆっくりと、しかし陽気に、なんなら少しふざけた感じで登場した。
先の選手が格好良い要員だとすると、この三選手はコミカル要員だろう。
ダンスもめちゃくちゃだ。だけどとても楽しそうに暴れていた。
客席からも笑いが起こっている。
サビに入ると、後方に控えていたパシスタ、マランドロ、先程の選手も前方のステージに出てきて、全員でサビの盛り上がりに合わせて激しく踊った。
バテリアもテンション高く強い演奏で、演者と観客の心を昂揚させ、会場を一体にするのだ。
その、基礎となる音をわたしが打つ。
わたしの音に応える音が、祷から返される。
姉妹の音は、両親にどのように届いているだろうか。