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安達さんが拍手をしてくれた。
スルドの音の余韻を残したまま、スルドのマレットをウクレレに持ち替えた祷が軽快な前奏を奏でた。
イベントではサンバの楽曲を使うことに決めたが、プレゼンで使用する楽曲は一曲のみ。それを最小編成で魅せなくてはならない。メロディと歌に祷を持って行かれてしまうので、打楽器ひとつではサンバの魅力を最大限に伝えるのは難しい。代わりに、サンバのリズムやダンスは日本人にもウケるということを証明する。
実演の構成は、バツカーダで本格サンバの迫力を感じてもらい、馴染みのある曲で日本の音楽との親和性イコール日本人の観客にとってサンバは浸透しやすいものであることを示すことを狙いとしていた。
二曲目は売れた曲、多くの人に知られている曲。の中でギターの前奏が格好良い曲。という理由で選ばれた楽曲を祷が奏でる。
Alexandrosの『ワタリドリ』。
国民の誰もが知る大ヒット曲と言えるかはわからないが、映画やCMにも使われた曲だ。サビの部分は割と多くの人が知っているのではないだろうか。
あくまでもプレゼン用のパフォーマンスだから、姫田と阿波それぞれの担当者の的さえ外さなければ良かった。
安達さんは比較的ロックが好きだと聞いている。安達さんと近い年齢の阿波ゼルコーバの担当者も、音楽やカラオケに関しての感度は一般的との情報を得ている。まるで知らないということはないと思った。
祷の演奏は、ウクレレのだけど優しくやんわりした音色ではなく、原曲の疾走感をそのままに再現している。
わたしは左手にもマレットを持ち、構えた。
サンバのショーやパレードではあまり使わないが、スルドのソロで多彩な音や細かい音を刻むのに、マレットを二本使う奏法もある。
キョウさんがソロ用に教えてくれた技術だ。
前奏の途中で入るドラムの大きめの一音部分をスルドで叩く。
続くドラム部分をスルドで全く同じ演奏することはできないが、軸となるリズムはしっかりと押さえ、小技で細かいリズムもなるべく再現した。
祷のヴォーカルをきっかけにダンサーふたりの演技が始まる。
導入部分のAメロはふたりそれぞれの動きのフリーだが、Bメロからしばらくコレオ(振り付け)の構成になっていた。
『ソルエス』が五年前に浅草サンバカーニバル用に作った『エンヘード』(テーマ)である『天空』にて、当時中学生と小学生だった姉妹は、他の同年代の『クリアンサス』(子どものダンサー)と一緒に演じた『アーラ』(パレードのストーリーを表現するために幾つかのグループが作られ、それぞれが表現する衣装を身につけ、振り付けで踊る。そのグループの呼び名)が、「空を彩る鳥」だった。
その時のコレオを転用したダンスだ。
優雅で、時に力強く、雄大に空を往く様だった。
サンバの衣装の特徴とも言える『コステイロ』(背に背負った羽根飾り)が揺れ、舞っている。
美しい。
祷のヴォーカルに熱がこもる。掻き鳴らされた音色がわたしの感情を揺らした。
「問いかけて嘆いた夜」
祷の唄が、これまでの色々な想いを蘇らせてくる。
「ワタリドリの様に今旅に発つよ」
わたしのことなんて誰も見てない。気にも留めない。そう思ってた。
でも、そうじゃない。
わたしに関わるあらゆるひとによって、わたしはここにいる。
「ワタリドリの様に今群れをなして
大それた四重奏を奏で終える日まで」
祷の情感を乗せたヴォーカルと、旋律。
呼応するふたりのダンスは、風のように軽やかに靡き、炎のように芯に熱を持ち揺らめいて、観る者を圧倒してゆく。
サビの部分ではコレオの中に激しいノペもある。
彼女たちを踊らせるのはわたしが打ち鳴らすビートだ。
もっともっと、ふたりを躍動させるように。
駆け抜けるように流れていくメロディに必死についていきながら、スルドを叩いた。
叩きながら、祷を見た。穂積さんと柊を見た。
わたしはスルドを叩く。
あのひとに、追いかけて届くと信じて。
あのひとたちに、追い風を届けるように。