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乳首当て

作者: 上代朝哉

 隣のクラスに、乳首の位置が必ずわかる女子がいて有名だ。ノーブラで登校してきて胸も大きいもんだからポチポチが目立ってしまってしょうがない……という話ではない。他人の乳首の位置を衣服の上からでも寸分たがわず正確に当てることができる、という話である。精度がすごいとかいう次元ではなく、間違いが一切ない。確実に当ててくる。両手の人差し指を突き出したその先に乳首が必ずあるのだ。乳首の方が彼女の指先に合わせて移動しているんじゃないかと思ってしまうくらいドンピシャで来る。しかも彼女の乳首当ては、相手の正面に立って胸部をじっくり観察してからようやく位置を特定しにいくなんて生温(なまぬる)いものではない。真横からでも一瞬にして両乳首の所在を突き止められる。なんなら背後から正面に回ることなく当てたのだって僕は見たことがある。要するに、乳首の位置を見定めることに関して、彼女は神懸かった才能を持っているのだった。


 芳日(ほうび)高校の僕達二年生の間では彼女のパフォーマンスが一時期大ブームになり、彼女はいろんな条件下でいろんな同級生の乳首を当てさせられていたが、左右の乳首の位置が極端に異なる男子生徒と、パッドを詰めまくってメチャクチャ胸を盛っていた女子生徒の乳首の位置を容易く当てたのは特に有名なエピソードだ。パッドの話は、当てたことよりもその女子がどうして盛っていることがバレるのを承知で参戦してきたのかがわからなくて面白いだけだったが、乳首の位置が左右でだいぶ違っている男子のを当てたときはマジで感動した。そいつにはあとで実際に見せてもらったんだけど、こんなにズレることってある?というぐらい左右の高さが揃っていなくて、これ、仮に位置を推測できたとしてもここまで左右で差異があると普通だったらにわかには信じられないし、自信を持って当てにいけないよな?と思うレベルだった。もちろん乳首当ての神が宿っている彼女は躊躇うことなくチグハグな左右の乳首を両方とも人差し指で捉えていたけれど。


 彼女は友人達の大プッシュもあって、ショート動画投稿SNSに『実践!乳首当て!』なんかも上げていたが、そちらは鳴かず飛ばずで、やっぱり実際に肉眼で見ないことには彼女のすごさは伝わらないんだろうなーという結論で終わった。動画だと本当に正解しているかがイマイチわかりづらいもんね。ドンマイだった。


 彼女の名前は清水和沙(しみずかずさ)といって、ノーブラで登校はしないし、胸も別に大きくない。眼鏡をかけていて、細身で、後ろ髪をポニーテールにしていることが多い普通の女子だ。僕は乳首当てがブームになったときに好奇心が高まりすぎて初対面だったんだけど清水の技の極意を取材していた。


「人間って、乳首を庇うように動くでしょ? だから体の動き方を見てたら乳首の位置もおのずとわかるよ」


 理解不能だった。「人間って乳首を庇うの!?」


 初耳すぎて驚愕していると、僕のリアクションが可笑しかったのか清水はちょっと笑った。

「庇うよ。無意識的にだけどね。乳首って弱いでしょ?」


「はあ」と僕は言うしかない。乳首って弱いのか。まあ強くはないだろうけど、取り立てて弱いと思ったこともなかったので、それは発見だった。


「庇うけど、一方で乳首は上半身の運動の起点でもあるし。上半身の動きは乳首を中心とするから。そういう見方をすれば乳首の位置は簡単に特定できるよ」


「でも乳首はふたつあるよ。中央にひとつってわけじゃないし、起点になり得るのかな?」と僕は疑問を呈した。正直、清水の話についていけているのか微妙だったが、僕的にはいい質問した!って感じだった。


「左側の動きは左乳首、右側の動きは右乳首を中心とするんだよ」と清水は親切に解説してくれた。「左右の観念がない動きの場合は、両乳首を線で結んだちょうど中間が起点になる。だからどっちにしろ、どんな動きをされたって、乳首の位置はわかるんだよ」


「へえ~」と僕は感心した。なんとなくわかってはいたけど、適当に当てに行っているわけではないのだ。清水にとっては絶対的なポイントがあって、そこを押さえることによって、実際の人差し指も乳首を押すことに成功できるのだ。胸部を観察せずに当てられる秘密もわかった。清水は人間の運動から乳首の位置を特定しているので、真横からでも真後ろからでも問題なく当てに行けるのだ。乳首ではなく、乳首に関連する人間の動きを観察しているわけだ。


「まあこれ、私の感覚だから。生物学的には違うよって言われるかもしれないけど。乳首を当てたいんだったらこの考え方をした方がいいと思うよ」

 清水は補足し、僕の取材も終了した。


 乳首を当てたい? そんな状況が発生するとは思えないが、清水に言われてから、僕は人の動きをよく見るようになった。だけど誰も乳首を庇っている様子はないし、乳首は運動の起点にもなっていないように思えた。清水にからかわれたのかな?とも思ったけど、僕ごときがすぐに理解できてしまっては神業とはいえない。清水の恐ろしいほどの観察眼があって初めて可能となる技術なのだろう、と僕は受け止めることにした。それに、清水が何か確定的な物事を判断基準にしているのは間違いなさそうだし、あんな嘘をわざわざつくとも考えがたいので、清水の中ではあれが真実なんだろう。言葉で十全に説明しきれるものでもないのかもしれないし。まあそれはなんとなくわかる。


 しかし、清水はそれ以外の分野で特に優秀ってわけではなかった。ものすごい観察力や類稀(たぐいまれ)なる集中力がありそうに感じられるが、清水が乳首当て以外で実力を発揮して目立つようなことはなかった。何かに応用してすばらしいことができそうな気もするんだけど、じゃあ何かありますか?って言われると何も思いつかない。乳首当てに関しても、清水の仲間内で戯れにやっていたらなんか異様に清水だけ正当率が高いな?ってなってたまたま偶然的に才能が発掘されただけらしかった。でも乳首を中心とする人間の運動に関しては、清水は前々から把握していたようだ。その認識を応用して乳首の位置を当てたのだ。


 乳首当てのブームは去ったが、清水和沙は二年生全員が知るところとなった超有名人なので、今でもわざわざ乳首を当ててもらいに訪れる男子がいる。リピーターも多いんだとか。なんだそりゃ。乳首なんて一回当ててもらえれば充分だろうに、と思うんだけど、そういうことじゃない。そいつらはおそらく、清水に乳首を衣服越しにでもいいから触ってもらいたいんだろう。要するにエロ目的で清水のところへ通っている。有名人だから多少はウザ絡みしても許されるだろうと高を括っているに違いない。清水はタイプとしては地味だけど、眼鏡の奥の顔はわりと可愛らしい。そこに気付いた奴からいいように利用されてしまっている。


「この前ね」と清水が言う。「下も触ってくれませんかって言われたよ。いや、そういうサービスじゃないんだけどね」


 僕は力が抜ける。

「サービスって……。そもそも乳首だって触ってやってるんじゃなくって、位置を当てるっていうパフォーマンスを披露してるだけだしな」


「びっくりだよね」


 僕と清水はクラスも別々だけど、ときどき話す。技術の秘密を聞くだけ聞いてそれ以降音沙汰なしというのも失礼かと思い、なんとなく頃合いを見て喋りに行っていたのが、それが今もまだ継続されているという状態だ。


「キモい奴だな。……ちなみに誰?」


「それはほら、守秘義務があるから」


「いやいや、お触りする仕事やってるんじゃないんだから」僕はあきれる。「変な奴は晒し上げた方がいいよ」


「まだ高校生活、一年以上あるんだし、今ここで公表したら可哀想じゃない?」


「じゃないじゃない」


 清水は少しお人好しなところもあった。気が弱いのではなく、やっぱりちょっと許容範囲が広いんだろう。だからこそいきなり質問をしに来た僕に対してもきちんと回答してくれたんだろうが、良し悪しだよなあ。


 僕は一応提案しておく。

「乳首当ても終わりにしたら? 閉店。もう、もはやパフォーマンスとしてすら成立してないんだしさ。ただ触ってやってるだけみたいな状況じゃん」


「まあねえ」


「清水はそういうの平気なの?」


「どういうの?」


「いや、ほら、よく知らない男子の乳首触ったりするのとか」


 笑われる。「今更だよ。私がどんだけたくさん触ってきたと思ってるの?」


「ああ、たしかに、それはそっか……」


「それに服越しだし。裸を見せられて直に触るわけでもないしね」


「それはさすがに嫌?」


「うーん……どうだろうね。いきなり脱がれたらびっくりしちゃうけど。でも脱がれたらもう乳首当てにならないしね。見えてるわけだから、乳首」


「……現状がそもそももう乳首当てになってないよって話だから」


「ああ、そっか」と清水は笑う。暢気だ。


 この調子だとこれからも浅ましい男子の矮小な性欲をなんとなく満たし続けることになるんだろう。それを想像すると不快感が湧くが、清水自身が気にしない以上はどうにもよくならないし、まあ清水自身が気にしていないなら別に問題ないとも言えた。


 僕は清水に付かず離れずだ。ときどき話すと面白いけど、友達としてつるんだりはしないし、いっしょに遊びに行くこともない。そもそも清水が遊びに出掛けるところとかもあまり情景が浮かんでこないが。家でずっと本でも読んでいそうな雰囲気だ。


 乳首を庇いながらも乳首を起点とする人間の運動について、僕も清水を真似て意識的に観察をしていると、なんか妙な動きをしている女子を一人見つける。何がとは上手く説明できないんだけど、たしかに乳首を庇っているように見えなくもない。いや、清水に言わせれば人間は全員漏れなく乳首を庇っているのだから、乳首を庇うことによってとりわけ動きが不自然になるようなことはありえないはずなんだけど、まあ素人の僕としては、なんとも不可思議に映るその女子の動きなのだった。


 そいつは隣の隣のクラスの田嶋湖々(たじまここ)っていう、ちっちゃい感じのボーイッシュな女子で、清水に乳首を当てられてから乳首に目覚めてしまい、自分で開発を進めていたら敏感になりすぎて明らかに庇うような動作をしていたのだということがのちにわかるのだが、田嶋は性のしもべとなってしまっており、放課後、二年生のフロアの奥まったスペースで清水に抱きついてキスしているところを僕に見つかる。


 最初はカップルかと思って、あ、すいません……って感じになるが、迫られているのは清水で、いやいやこれはそうじゃないなと悟る。寛容というにはちょっと危なっかしすぎる清水が田嶋に捕まった図であると容易に想像できた。


 清水が僕に気付き、「ちょ、助けて~」とさすがに助けを求めるけど、切迫感はやはりあんまりない。


 田嶋も僕を振り返る。「ちょっと。なに見てんのさ。変態なんじゃない? あっち行けよ」


「いや、助けてって言ってるじゃん」と僕は言い、少しだけ二人に近づく。「無理矢理変なことするのはやめなよ」


「関係なくない? あっち行けって」田嶋は清水を離さない。「あたし達付き合うんだもん。ねえ?和沙」


「ええ~……?」と清水は困惑している。「ど、どうなのかな」


 どうなのかなじゃないよ、と僕はそっちにイライラしてしまう。強く迫られると本当に拒絶できないタイプの子なんだなとわかる。だから何百回と乳首当てをさせられ、SNSなんかにも上げられてしまうのだ。あれは清水も楽しんでやっていたのかもしれないけれど。だけど、なんとなく従えやすそうな子だとは周りから思われてしまっているんじゃないだろうか。


「付き合うの?」と僕は清水に訊く。


「付き合うよね?」と田嶋が誘導しようとする。「誰だか知らないけどお前はあっち行ってろよ」


「うっさい」と僕は跳ね除けてから「付き合うってことでいいのか?清水」と再度訊く。


「付き合うよ」と田嶋。


「お前には訊いてないんだよ。黙れ。……清水、どうなんだよ」


 清水がようやく「いや、付き合えないかなと思うんだけど」と応じる。「私は女の子とは付き合えないかも……」


「はあ? ひどい!」と叫んで田嶋が泣く。面倒臭~い。でも僕にも目撃されてしまい、もう観念したんだろう。もう泣くことぐらいしかできまい。


 清水が「ごめんね」とおろおろするが、付き合うつもりがないならこんなところに連れられてこないでよと僕は思う。いや、まあ言葉巧みにというか、強引に拉致されたんだろうけど。


「清水、どいてて」


 僕が清水を下がらせて田嶋に近づこうとすると、清水が「あの、この子なんだ」と言ってくる。


「何が?」


「ほら、前に言ってた、下も触ってもらいたがってたお客さん」


 男子じゃなかったのかよとツッコむより先に「お客さんじゃないから」とまず指摘する。


 田嶋湖々は女子が好きなんだろうか?と僕は思いつつ、べそを掻いている田嶋の傍らに立つ。ちょっと少年めいた風貌をしているからそういうこともあるのかな?と反射的に思うものの、風貌と好みに関しては別に繋がりなんてないのかもしれない。


「ふううううう、っ、く、ううう……」


 などと泣いている田嶋に「俺は他人に言ったりしないから」とだけ伝えておく。「清水がどうするかは知らないけど、少なくとも俺は言わないよ」


「私も言わないから」と清水。「だから泣かないで」


 あなたはもうちょっと怒ってもいいんだぞ?と僕は思うけどスルーし、現場から立ち去ろうとする。助けを求めている清水から田嶋を引き剥がすことができたし、とりあえずこれでいいんだよね?と思いながら、僕はドキドキしている。女子同士でイチャイチャしているのを目撃してしまったのかと思いきや、違って、襲われているだけで、しかも被害者側が清水で、メチャクチャ焦った。恐い。あんまり働いていない頭のままなんとか穏便に済ませられたけど、むしろ頭が働かないままだったからこそよかったのかもしれない。ごちゃごちゃ考えていたら動けなかったおそれもある。


「あのっ、ねえ」と田嶋が声を上げる。


 清水を呼んだのか、それとも……と振り向くと、どうやら僕を呼んだふうだった。「俺?」


「うん。あの」田嶋が言う。「じゃあ、付き合って」


「は?」

 じゃあ? じゃあって?


「あたしと付き合ってほしい」


「俺に言ってる?」


 田嶋は呻くように「うん」と頷く。


「え、いや……女子が好きなんじゃないの?」


「どっちでもいい……」


 どっちもいけるタイプなのか。女子が好きな女子も初めて見たというのに、どっちも大丈夫だなんて、なんていうか、なんだろう、記録更新だ。


「っていうか俺の名前も知らないよね?」

 クラスは違うし、喋ったのも今日が初だ。


「うん」と田嶋はまたしおらしく頷く。「でも、なんかいいし……付き合ってみたい」


「…………」

 絶対誰でもいいから付き合いたいだけだろこいつ、とうんざりする。この状況に当てられてテンパって積極的になりすぎているだけだ。なんかいいしって、理由も雑だ。僕は清水を見遣る。清水は僕を眺めながら音が立たない程度の拍手を小さくおこなっている。いやいや、まだカップル成立してないから。というか清水はそれでいいのか?と思ってしまうのは、今の今まで自分に迫ってきていた田嶋が一瞬で手の平を返したというのに気分は悪くないのか?ってことじゃなくて、僕が田嶋と付き合ってしまってもいいのか?って話だ。いや、清水は僕のことをそれなりに好きでいてくれているんだとなんとなく勝手に思っていたから、そんな、楽しげに祝福されると面食らってしまう。まあたぶん、結果論だけど、清水は僕なんかには別に興味などなくて、近づいてくる他の大勢の男子達と同様にただ寛大に受け入れていただけなんだろう。


 田嶋と付き合おうかなーと思ってしまう僕もバカで、田嶋と同じくこの状況に当てられている気がしなくもないけど、実際、告白されるのなんて初めてなのだ。田嶋なんて絶対いい加減な奴に決まっているんだけど、初告白に浮かれてしまっていて冷静な処理ができない。自分を邪魔しにきた名前も知らない男子に告白しているわけだから、正気じゃない。わかる、わかっている。


 けっきょく田嶋とは付き合わず、別の日、清水に会いに行く。


 僕は言う。「清水に極意を教えてもらってから、人の動きを観察してみてるんだけど」


 清水は、ふうんといった感じで眼鏡を指で押さえる。「なんとなくわかるようになった?」


「どうかな。試してみないことにはなんとも。清水の胸で乳首当て、やってもいい?」


「え、ダメ」


 僕は、へえ……と思う。「なんで?」


「なんでって、恥ずかしいじゃん」


「清水は誰の胸でも触るのに?」


「胸を触ってるんじゃなくて乳首の位置を当ててるんだよ」


 そこは厳密なんだ……。

「じゃあ俺も乳首の位置を当てる。清水で」


「私じゃない人でやってよ。友達とか。いるでしょ?」


「いるよ。じゃあ乳首当ては友達で試すよ」それから僕は告白する。「清水とは恋人になりたい」


「え」清水は両手で眼鏡を整える。「それは……いいよ」


「いいって、オッケーってこと?」


「うん」


 ただの休み時間で、僕は清水のクラスに遊びに来てそのまま清水にこっそり告白している。清水が僕に興味がなくても、僕はまあ清水のことは好きだ。とりあえず告白しておこう、と思ったのだ。なんか田嶋のノリとあんまり変わらないが、田嶋のあの適当なやり方を目の当たりにしてから、僕はちょっと変わった。田嶋は浅はかな変な女子だけど、自分の思いに素直になるってのは悪いことじゃない。他人に迷惑さえかけなければ。


「嫌だったら断ってね」と僕は清水に念を押す。


「嫌だったら断るよ」と清水は言うけど、清水の性格を鑑みると本当か疑わしい。でも僕からの乳首当ては断られた。よくわらない。清水にもちゃんと意思があって、やりたいこととやりたくないことは明確に分かれているのかもしれない。当たり前か。だけど清水の基準は僕からするとイマイチはっきりしなくて黙って見ていられないのだ。


「えーっと、好きだよ、清水のこと」


「私も、好きだと思う」


「曖昧」


「曖昧かも。ごめんね」


「……この前も、俺と田嶋が付き合いそうなとき、拍手してたよね?」


「あ、うん」


「あれってどういう心境?」


「うーん……どういう心境だろ」


 こういうところがぼんやりなんだよなあ。「悔しいとか思わなかった?」


「いや、まあ……付き合うのかーと思って」


「ははは」

 まあいい。僕も清水のことが本当に好きなのかなんてわからないのだ。好きってことにしたから積極的な気持ちになれているだけで、好きってことにしなかったら今日もただ普通に駄弁るだけだっただろう。そんなもんだと思う。


「でも君は、間違いなく特別な人だよ」と清水が断言する。「乳首の当て方を訊きに来た人なんて他にいなかったから」


「そうなんだ? 気にならないのかな、みんな」


「なんとなく百発百中なんだと思ってるんだと思う」


「勘だけで百発百中にはならないだろ……」


「って、君だけがそう思ったんだよ。普通、そんなのどうだっていいんだから」


「そんなもんかな」

 まあ僕も気にはなったけれど、たしかにどうでもいいっちゃどうでもいいことなのだ。わざわざ訊きに行くか行かないかの差なのかもしれない。


「それからもうひとつ、特別なんだよ」


「俺が?」


「うん。私に乳首当てされてないでしょ?君」


「ああ。はっはは。うん」

 方法だけ嬉々として訊きに行ったけど、実際には体験していないのだ、僕は。把握されていたとは思わなかった。「清水に乳首当てしてもらってない人って他にいる?」


「いると思うよ。でも私の周りだと……目につく範囲だと、君ぐらいだよ。そりゃあ気になるよね。あれ?しなくていいのかな、って思っちゃうくらい」


「そっか」


「ねえ、今してみてもいい?」


「ダメー」


「え、あはは。なんで?」


「乳首を触るのは、本来、こんな真っ昼間の人前じゃないからだよ」

 乳首を触るなら、二人きりで、もっと暗がりじゃないといけない。僕はもしかしたら最初の最初から清水が好きだったんだろうか?と勘違いしたくなってしまうくらい、こんな休み時間なんかに遊び半分で触られたくないし、清水にも触ってほしくないとずっと感じていた。だから参加しなかった。なんなら乳首当てパフォーマンス自体やらないでほしかったくらいだ。


 上手いこと言えたかなと少し得意になっていると、「私は」と返される。「乳首を触りすぎて、もう乳首を触ることに対する価値観が崩壊してるから、君と二人きりになってもたぶん乳首は触らないよ」


 僕は面白すぎて笑ってしまう。たしかにそうだ。乳首当ての神なら、そうなる。

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[良い点] すっごいエモい [一言] とても好きです いい小説をありがとうございます
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