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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

絶望喰い

遠い約束~絶望喰いのルカ

作者: と〜や

 ――腹、減ったな。


 身じろぎすると、寄りかかっていた木からずれ、少年の体はぱったりと地面に伏した。

 昨夜の雨のせいで濡れそぼった下草が服を濡らしていく。じわりじわりと冷たい感覚が背中に広がっていくのがわかっても、少年は目を閉じたまま動かない。


 依頼の帰りにふらっと立ち寄った辺境の小さな村は、とてもこじんまりとした集落だったがいい村だった。

 彼を見るなり村人たちはあっという間に家に引きずり込んだ。何をされるかと警戒していたが、風呂・飯・寝るの三コンボを決められ、気が付けば暖かい部屋で暖かな布団にくるまって眠っていた。

 目が覚めてから改めて聞けば、あまりにも顔色が悪かったから休んでいけ、ということだったらしい。説明が足りない、と思ったが、村人たちの見事な連係プレーを見るに、彼らにとってはごく自然のことなのだろう。

 特に体調不良は感じていなかったが、寝不足だったのは事実だったようで、目の下の隈が消えていた。

 行く当てがないと言えば、いつまでもここにいればいいと空き家の手配までしてくれる。

 決して裕福ではないが、笑いの絶えない村だった。

 彼を自宅に引っ張り込んだのは小柄な老婆で、ハンナと名乗った。一人暮らしだと言っていたが、娘一家が同じ村にいて、孫たちがよく顔を出していた。息子夫婦は王都に出稼ぎに行っているのだという。

 目覚めた時に目の前にいたこまっしゃくれた小娘は、孫たちの中で一番年上の子だった。

 ミリアと言ったか、今年十歳になるのだとない胸を張っていたが、足が震えていたのを知っていた。おそらく、後ろにいた子たちを村の外から来た彼から守っているつもりだったのだろう。

 ミリアは息子夫婦の長女だった。出稼ぎに行った両親は何年も帰って来ていないと言い、娘夫婦――ミリアにとっては叔母の家でほかの子と区別なく愛されている。

 それでも時折遠い目をするのは、遠くにいる両親を思ってなのだろう。

 年を聞かれ答えれば、なぜかミリアになつかれた。老婆の話では、ミリアは兄を欲しがっていたそうだ。この村に近しい年の子供がいないから、兄役に抜擢されたのだろうと笑っていた。

 兄、か。

 そのキーワードに苦々しい思いをかみ砕きつつ、少年は抱き着いてくる子供たちを抱きとめる。

 ここに自分の()()()はない。

 ――ない方がいいに決まっている。

 小ぢんまりとした世界だが、笑いあふれる村。自分が()()()()であることを喜ぶ日が来るとは、と苦笑を浮かべ、暖かくなってきた風に目を閉じる。


 その平穏を破ったのは、一通の封筒だった。

 これまでになく強い絶望を感じ、村はずれの草原でのんびり寝そべっていた少年はがばりと体を起こした。

 遠くからすすり泣く声が風に乗ってくる。

 ――ああ、出番か。

 こんなところで、しかもあんな幼い子の絶望だなんて。

 村に戻れば、老婆の家の前に大人たちが集まっている。彼の顔を見た途端、村人たちはそっと道を空けた。両側に立つ村人の悲しみを湛えた顔に、彼も知らず眉間にしわを寄せる。

 ノックをする前に開かれた扉。目の前には老婆が立っていた。

 いつも柔和な笑みを浮かべていた老婆の顔に、深い悲しみが刻まれている。涙の跡はあるが、子供や孫たちの手前、気丈にふるまっているのだろう。それでも暗い影が彼女を取り巻き、深い穴の蓋の隙間からじわりじわりと闇が広がり始めていた。

「……息子夫婦が死んだそうじゃ」

 ほんのか細い声であったが、部屋の中で嘆く者たちの耳には届いたようで、収まりかけていた慟哭が強くなる。……溢れる絶望の闇もどんどん深くなる。

「こっちに戻ってくる途中で事故に巻き込まれての。……幸い、アルス――ミリアの弟だけは助かったそうじゃ」

「そう、ですか」

 それ以上、何が言えるだろう。

 さんざん世話になった老婆と兄と慕って懐いてくれた子の悲しみに、寄り添うべきは自分じゃない。娘夫婦とその子供たちだ。

 できることは――()()()()()をやるだけだ。

 そのために、ここに来た。だが――。

「……頼めるかのう」

 その言葉に、少年は目を見開いた。

 何のためにここに来たのか、いや、自分が何者なのか、村の誰にも伝えていなかったのに。

 はっと周りを見れば、すがるような眼で皆自分を見ている。疑うような、探るような眼は一つもない。

「皆は何も知らんよ。……前に助けた者の顔は覚えておらんかのう」

 そう言われて、少年はハンナをじっと見た。()()()()()()は無数に降ってくる。一人一人の顔までは覚えていなかった。

 だが、ミリアの顔にどことなく見覚えがあったのは、多分過去ハンナに会っていたからなのだろう。

 重ねて頼まれ、少年は首肯して部屋に足を踏み入れた。扉が閉じたところで老婆を振り返る。

「ハンナさんは」

「儂はええよ。……年なりに悲しみを癒す方法は知っておる」

 だが、と言葉を濁す老婆に、少年はうなずいた。

 ミリアの部屋の前には娘夫婦が立っていた。子供たちがいないのは、ミリアへの配慮だろう。

「お前たち……」

「追い出されて……」

 閉ざされた扉の向こうからすすり泣きが聞こえる。草原で聞いた声だ。

 ハンナが娘夫婦たちを連れて距離を取るのを見送った後、少年は扉を叩いた。

「ミリア、入るよ」

 声をかけると鳴き声が小さくなる。返事はないが、拒絶の声も聞こえないから、と少年はそっと扉を開けて体を滑り込ませた。扉の隙間からも溢れていた深い闇が、あちらこちらで蠢いている。ともすれば少年すら飲み込もうとする闇を片手でいなして、扉を閉じる。

 ミリアはベッドに上体を投げ出して伏せ、肩を震わせていたが、扉が閉じる音に顔を上げた。カーテンも開けていない薄暗い部屋の中で、ぐずぐずに泣いたミリアは少年に飛びついた。

「ルカっ、パパがっ、パパとママがっ」

 細い肩を震わせるミリアを抱き止めると、ふわりと青い光が舞った。深い深い闇の中だというのにくすむこともなく輝く鮮やかな青い光に目を見開き――そしてルカと呼ばれた少年は納得する。

 ――ああ、そう言うことか。

 国境にほど近い辺鄙な村。人々は皆、聖人が如く優しく、懐が深い。自分が知っている彼女は、()()()()()()()()()()()()()()

「ミリア、大丈夫だ」

 膝をつき、彼女に視線を合わせると、濡れた瞳が自分を向いた。

「ご両親は無事だよ。きっと何か行き違いがあったんだ」

「ウソよっ! だって、街からの手紙にちゃんと書いてあったものっ! 子供だと思ってごまかさないでっ!」

「誤魔化してなんかいない。――俺にはわかる。もうじき帰ってくる。君への土産をたくさん抱えてね?」

「うそっ」

「俺が嘘をついたこと、あったか?」

 そう言って目を覗き込むと、目の奥に居座る絶望がほんの少しだけ薄らぐ。

「……ない」

「なら、俺を信じろ」

 そう言い切ったルカの目をじっとミリアは見つめる。

 おばあちゃんもおばさんもおじさんも、パパとママは帰ってこないって言ってた。手紙にもそう書いてあった。

 でも、どっちを信じていいのか――その迷いが少女の瞳を揺らす。

「……ほんとに……?」

 長い沈黙の後に、ミリアがこぼした言葉は、すがるような響きが籠っていた。

 ルカは深々と頷くと、微笑んで見せる。

「ああ。もうじき弟にも会える。そんな顔見せたらビックリされるぞ?」

 抱きついたままのミリアを抱き上げると、ベッドに座らせる。ぐしぐしと目元をこすったミリアは泣き腫らした目で弱々しく口角を上げた。



 二頭の馬が繋がれた荷馬車を村の人たちが囲んでいるのが見える。ミリアの笑い声が高台に立つルカのところまでよく聞こえた。

「いいのかえ?」

 隣に立つ老婆の言葉に、ルカは首を振った。

「あの子にはもう俺は必要ない」

「一言ぐらいかけても良かったじゃろうに」

「あの子の未来に俺はいない。……あんたが俺を呼んだんだな」

 そう言うと、老婆は微笑んだ。

「思い出してくれたんじゃのう」

「忘れていたよ。――あんなことを約束させられたのはあんただけだってのにな」


 ――あんたなんかに救われるなんて絶対いや。あたしは自力で這い上がるの。

 絶望に惹かれて姿を現したルカに反発して、自ら絶望を振り払っただけでなく、役に立たなかったんだから、と自分(絶望喰い)を呼ぶ権利までもぎ取っていった。

 あんなご令嬢、他にいない。


「来てくれてありがとうの」

「別に。――幸せそうでよかった」

 老婆はしみじみと笑い、首を振る。

「長い人生、いろいろあったわ。辛いことも楽しいことものう。じゃが、あの時全てを捨てんで良かったと、今は思うておるよ」

 老婆はミリアたちに目をやり、嬉しそうに目尻に皺を寄せて笑う。絶望に身を投げかけたかつての令嬢の面影はもうなかった。

「今度は儂が送る番じゃな。――息災での」

「あんたもな。……飯、美味かった」

 じっと目を見つめる。この後起こることをルカは知っている。が、彼女が二度と自分を呼ばないことも、よく知っていた。

「ミリアに伝えておいてくれ」

「なんじゃ」

「――必要になったら、(ルカ)を呼べと」

 老婆は目を見開いたのち、笑い出した。

「そうさな。あの子には()()()()があるからのう。伝えておくよ」

 老婆の笑い声を背に、ルカは歩き出した。

 ミリアもまた、ルカの力を借りることなく自身で絶望の闇を払ったのだ。

 きっかけはルカの言葉だったかもしれない。が、ルカが喰らうことなく闇は消え去った。

 ――まあ、聖女(ミリア)に俺の力なんざ必要ないわな。

 ふと後ろを向けば、手を振る老女と、その後ろに見える村の姿が揺らいで消えていき。

 ――後には何も残っていなかった。

 近くの木にもたれかかるようにして座り込む。

「腹、へったな……」

 結局あの村では誰の絶望も食えなかった。幸福の村、なんで呼ばれた村に、絶望喰い()の出番はなく。

 絶望的なまでの空腹感に、パタリと倒れ込む。

 目を閉じたルカの脳裏には、満面の笑みで突撃してくる少女の笑顔がいつまでも残っていた。

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