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花嫁の不安Ⅴ


「あの子、本気なの?」

「お姉様、ろくに織機に触れたこともないのに……」


 駆け出すドリスの後姿に、レベッカとモニカも唖然とするが、すぐに我に返る。


「ちょっと待ちなさい! 貴女は未熟どころか、織った端から摩訶不思議な文様を作ってしまうでしょう!」

「お姉様が織機を動かしたら、力任せに壊してしまうわ! 早く止めましょう!」


 どうやら二人は好き勝手に生きているドリスに物申したかっただけで、本当に機織りをさせたかったわけではないようだ。ミレーユたちが呆気に取られる中、鶴の一族は広間から飛び出していった。


「嵐のように去っていきましたね」


 ナイルの言葉にミレーユも苦笑いを浮かべる。


 だが、おかげで上位種族の強い魔力に当てられ、緊張に固まっていた身体が少し解れた。


 気持ちに余裕をもたらせてくれたドリスたちに感謝していると、カツカツと大理石の床を叩く音が近づき、すぐ目の前に妙齢の美女が立ち塞がった。


(どなたかしら。とてもお美しい方だけど……)


 茶色に黒が混じった髪、吊り上がった亜麻色の目。上半身の細さが際立つハイウエストのドレスに、何層もの柄の違うスカートが重ねられている衣装をまとった美女の登場に、ミレーユは瞬く。


 彼女は小さく尖った鼻先を上に向け、早口に言い放った。


「我が一族にあいさつもせず、さきに鶴の一族などに声をかけるなんて、礼儀というものを知らないのかしら。これだから下位種族の田舎者は」


 あからさまな敵意を向けられ戸惑うミレーユの前に、ナイルがスッとかばうように立つ。


「不躾になんですか。そもそも、そのような決まりはございませんが」


 冷徹な声が、見知らぬ美女の言い分を切って捨てた。


 その切れ味の鋭い言葉の剣に、美女は怒りをむき出しにしてナイルを睨みつけた。


「決まりなど無くとも考えれば普通分かるものでしょう! 麗しの至宝の君たる我が 伯母様は、この国の皇太后であり、カイン様の母君なのよ。その一族に対して礼儀を欠くなど無礼でしょう!」

「えっ?!」


(ということは、この方はカイン様の従姉妹君?)


 それを裏付けるように、後ろに控えていたセナがそっとミレーユに耳打ちした。


「あの方はティーガー国のイライザ王女です。クラウス様のすぐ下の妹君になります」


 与えられた情報に、ゴクリと息を呑む。


 髪や瞳の色は違うが、確かによく見れば顔立ちはクラウスに似ている。


「さようですか。ですが、あの方はそのような細事は気にされないのでは?」


 ナイルの淡々とした口調は変わらないどころか、どこか棘があった。それはナイルだけでなく、付き添っていたセナたち他の女官の視線も同じだ。


 皇太后の姪を相手に、この辛辣な対応はさすがにまずいのではないだろうかと、ミレーユは慌てた。


(もしもナイルさんたちが私を過度に守ろうとして、このような態度を示されているのであれば止めなければ)


「申し訳ございません、イライザ様。私の配慮が不足しておりました。どうかお許しください」


 イライザへ対し謝罪を口にするが、彼女はミレーユの言葉には耳を貸さず。

 ただ勝ち気な瞳を向け、値踏みするように視線を上下に動かした。


「……本当にこれが、カイン様がお選びになった花嫁だと言うの? 伯母様と違って魔力も微量、容姿だって貧相じゃない。伯母様は我が国随一の魔力と美貌を持ち、惰眠ばかりの黒竜王に代わり、国策を練るほど才智に長けた方なのよ」


 皇太后が黒竜王と共治を取っていたという事実を聞かされ、一瞬息が詰まる。


 これほどの大国の政を取り仕切るとなれば、相当の度量と知性が必要となる。


 いまだにドレイク国のことを十分には理解していないミレーユには、雲をつかむような話だ。


(薄々気づいてはいたけれど、やはりすごい方だったんだわ)


 下位種族のミレーユと上位種族の皇太后とでは、もっている魔力も才覚も、あまりに違いすぎる。


 皆が口を噤み、ミレーユに伝えようとしなかったこともいまなら頷けた。


(ずっと皇太后様のことを教えてもらえなかったのも、私を気遣って、あえて情報を伏せていたのね……)


 唇を噛み、狼狽える姿を見せまいとするが、動揺は隠せない。


 その姿に気をよくしたのか、イライザは鼻で笑った。


「貴女は、カイン様のためになにができるのかしら?」


(私が……、できること?)


 答えられずにいると、呆れたような声がふりかかる。


「まったく、なぜカイン様はこんなちんくしゃをお選びになったのか、甚だ疑問だわ」

「いい加減に――」

「姫さまはちんくしゃなんかじゃありません!」


 静かにブチ切れようとしていたナイルが冷徹な一声を放つ前に、大きな声をあげたのは ルルだった。


 齧歯族といえど、本能的な恐れを猫以外に持たないルルに、虎族の威圧は通用しない。


 脅えなど一切持たず、純粋な怒りを表しながら詰め寄るルルに、イライザもぎょっとして怯む。


「さっきからいじわるばっかり! 姫さまはちんくしゃなんかじゃありません、撤回してください!」

「ルルっ」


 庇おうとしてくれる気持ちは嬉しいが、この場でイライザに言い返せば虎族と不和が生じてしまう。

 それだけは避けたいミレーユは、ルルを止めようと腕を伸ばした。


 そのとき――――


「なんの騒ぎだ?」


 朗々とした声が、広間に響き渡った。

 現れたのはゼルギスを連れたカインだった。

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勘違い結婚
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