プロローグ
第3章はじまりです(*'▽')✨
よろしくお願いいたします!
気が遠くなるほどの遥か昔、マグマの海におおわれた星に、神と言われる存在がいた。
神はこの地を水の惑星へと変えると、いくつかの生物を住まわせた。
動物と人間、そして竜を。
神はマグマから成り立ったこの星に相応しいと、火から生まれた赤竜を世界の守護神として命じると、星を去った。
神から力を委ねられた赤竜は、火、水、風、大地を司り、この地に安寧をもたらした。
無知だった人間たちに知識と火を与えたのも赤竜だった。
火は炎となり、人間たちを他の動物から守る。
しかし時が経つにつれ、人間たちは無知だった過去を忘れ、傲慢に世界を支配しようとした。
数を増やし、群れをなし、他の動物たちの居場所すら奪う。
生き物の頂点になったと驕る人間たちは、今度は人間同士で争うようになった。
そして愚かにも自分たちの利益のために、守護神たる赤竜をも利用しようとした。
ある国はわざと赤竜を怒らせ、他国を滅ぼそうと画策し、
ある国は赤竜に取り入ろうと、大勢の奴隷たちを生け贄にし、
ある国は赤竜こそ人間世界の均衡を崩す存在だと、討伐しようと目論んだ。
醜く、浅ましい人間たち。
どれだけ赤竜が姿を隠しても、すぐに居場所を見つけ出し、醜い諍いをはじめてしまう。
もともと、竜は怠惰で傲慢な生き物。赤竜とて、それは同じ。
創造主たる神に任された身であったため、その力を駆使し、均衡を保とうと努力していただけ。
赤竜は次第に嫌気がさした。すべてが馬鹿らしくなったのだ。
己の力でどれだけこの星を守ったところで、その端から人間たちが壊していく。
憤る赤竜は、いつしか星を守ることを放棄するようになった。
世界は、守護神たる赤竜に見捨てられたのだ――――。
❁❁❁
静かな夜、ミレーユは一冊の本からゆっくりと目を離す。
「これは、初代竜王様のお話なのかしら……?」
本は花嫁専用の図書館で見つけたものだった。
数ある膨大な蔵書の中から、この本を手に取ったのは偶然だ。
革表紙にタイトルはなく、本棚の中で忘れられたようにひっそりと置かれていたそれは、誰の手にも取られたことがないのではないかと思われるほどに真新しかった。
中を開ければ紙は上質なもので劣化はなく、それどころか小口には金の装飾までなされた美しい本だった。
「なんとなく惹かれて手に取ってしまったけれど、まさかこんな内容だったなんて……。とても興味深いわ」
これが世界のはじまり、初代竜王の話かと想像するだけで惹きつけられる。
しかしこの本は史籍というよりは、まるで子供に聞かせるための絵本のような文体だった。
「絵本と言えば、『勇者エリアスの物語』も有名だけど」
幼いときに読んだ一冊の絵本のことを思い出す。この本も史実ではなく、ただの物語なのだろうか。
「明日にでもカイン様に尋ねて……いえ、あの本は題材が題材だけに、この地で安易に口にするのはやめた方がいいわよね。こちらでは焚書扱いにされてもおかしくない内容だもの」
そうと考え直したそのとき、
「にゃん!」
と、非難が混じった鳴き声があがり、驚きに身体がビクリと飛び上がった。
「ど、どうしたの、けだま?」
いまのいままで横で熟睡していた愛猫の不機嫌な声に問えば、けだまは、小さな右手をミレーユの手に重ねるように置いた。
いつもは手や腕に頭をこすりつけ、その愛らしい瞳で見上げてくれるのに、いまはなぜかミレーユを見ず、視線は壁の方に向けている。
不思議に思い、つられて同じ方向を向くと、壁に掛けられていた時計が目に入る。時針は明け方をさしていた。
「――えっ?!」
まさかこんな時間になっていたとは、集中し過ぎて気づかなかった。
恐る恐るけだまに視線を戻せば、ミレーユを見上げる大きな瞳が「もう!」と怒っているように見え、いつも以上に膨らんだ尻尾からも呆れている様子が窺えた。
以前は、けだまからの「もう寝ようよぉ」の催促には素直に従っていたミレーユだったが、最近は花嫁衣装を仕上げるのに夢中になりすぎて「もう少しだけ」とだんだん長引くようになっていた。
今日もその作業のあとに、つい読書をしてしまったのだ。
ミレーユは慌ててけだまに謝りつつ本を片付けると、天蓋付きベッドへと身体を滑り込ませた。
けだまはルルが怒っているときとよく似たむくれ顔をしつつも、ミレーユと共に寝具の中に入ると、すぐにスヤスヤと眠りについた。
愛猫を起こさぬよう、ミレーユは小さく身じろぐ。
なめらかな絹の寝具はそれだけで質の良い眠りへと誘ってくれる肌触りだが、それだけではいまのミレーユの少ない睡眠時間をカバーすることは難しいだろう。ましてや寝不足は今日だけでなく、連日連夜続いていた。
思わず自分の頬に手をやると、ドレイク国に来てしっとりとしてきた肌に、若干の乾燥が感じられた。
(これは……絶対にダメだわ!)
婚儀前ということもあり、ミレーユの肌はナイルの手によってとくに念入りなケアが施されていた。それを寝不足で肌に負担をかけるなど、ナイルと女官たちの努力を無にする所業だ。
こうなれば、自力でできる手段は一つ。
ミレーユは両指を絡め重ね合わせると、全身に魔力を行き渡らせるよう集中した。
(この術を使うのは、こちらに来て初めてね)
母国では針仕事が佳境に入るとよく使用していた術だったが、衣食住が完璧なドレイク国ではその必要はなく、術を施すのはしばらくぶりだった。
(……やっぱり、この術も以前とは比べ物にならないほど術の密度が上がっている)
指先から足先、頭頂部まで伝わる魔力の渦は、最後に術を施したときとはまったく異なっていた。
期間が空いていたからこそ、その違いがよく分かる。
魔石に触れて以来、ミレーユの魔力は日に日にその質を変化させていた。
あたかも最初から備わっていた力のように――――。
そのせいか、術の仕様も前とは少々勝手が違う。
戸惑いつつも、ミレーユは慎重に己の身体に術を行き渡らせると、同時にスッと深い眠りへと落ちた。
《ご報告》
勘違い結婚3巻 5月25日発売予定!
ご興味がございましたら、どうぞよろしくお願い致します(*'▽')