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帰還Ⅳ


 そんなことはつゆ知らず、カインはミレーユの回答に頭を抱えていた。


「この種族性の違いだけは……理解できないっ」


 彼にとっては、どうやら一生分かり合えない事項らしい。


「あの、ここで問題となるのは年齢差だけなのでしょうか? 私は階級差の方が大きいと思うのですが……」


 年齢差においてはタブーの少ない環境下で育ったミレーユからすれば、ゼルギスとルルの間に発生する問題は年の差ではなく、どちらかというと階級差だ。


 ゼルギスは高位種族で、竜王の血族。

 それに対し、ルルの父は貴族ではあるが母は平民であり、認知もされていない。


 そもそも貴族だったとしても、竜族と齧歯族では階級差は明らか。

 王族であるミレーユですら、それは常々感じている。


 公式礼儀作法など一切知らずに育った平民の少女が、竜王家に嫁ぐなど反発が大きいのではないだろうか。


 しかし、そんな懸念にも、カインは、


「いや。そんなことは問題じゃない」


 と、バッサリだった。


 種族間の身分差など、竜族にとっては明日の天気よりも気にならない事項らしい。


(難しいです! 私には、こちらの価値観の方が理解が難しいです!)


 ミレーユはこめかみに手をあて、思わず声が漏れそうになるのをなんとか耐えた。


「このままでは埒が明かない……。ルル、はっきり言ってやれ。こんな年の離れた男が結婚相手なんて嫌だろう!?」


 カインは手っ取り早く、ルル本人から拒絶するように話を持っていこうとした。


 しかし、相手はルルだ。基本的になにも考えていない。


「結婚相手? ああ、この前のお話ですね! ルルは別に、愛人関係でもめない方なら誰でも」

「そんな男はそもそも竜族にいない!」


 皆まで言わせず、カインが遮る。


 ゼルギスに有利になるような情報は、一切与える気がないらしい。


 そんなカインからの一喝に、ルルは首を傾げて考え込む。


「うーん。じゃあ、姫さまがいいって言った方なら、ルルはどなたでもいいですよ!」


 これに驚いたのはミレーユだ。


「え……私?」


 思わず自分を指さす。まさかここで決定権をゆだねられるとは思ってもいなかった。


 うろたえると、なぜかカインも納得気に頷いている。


「そうだな。ミレーユはルルの保護者のようなものだ。二人の祖国では、親が結婚相手を決めるというし、ミレーユに決めてもらおう。――――ミレーユ、ルルにはちゃんと年のあった相手を必ず見つけ出すから、もう少し待って欲しい!」

「ちょ、ちょっとお待ちください。ルルの母親は死去しておりますが、父親は生きております。保護者は私ではございません」


(あ……、でもあの方。お父様の件で従犯として捕らえると、お兄様がおっしゃっていたような)


 ルルの父親は放蕩三昧の男で、なおかつ父の臣下の一人だった。


 ゆえに、ルルは実の父親を心底嫌っていた。


「あの種に決めてもらうの、ルル嫌ですぅ」

「ルル、しー! しー!」


 父親を種扱いするルルに、慌てて止めに入るが時すでに遅し。


 この発言には、愛を囁いていたゼルギスもさすがに鼻白むかと思いきや。


「気に入らぬ相手なら、私が骨一つ残さずに葬りましょう」


 まるで睦言のように囁く男に、ミレーユは驚いた。


(ご、ご親族だわ……。仰っていることが、カイン様とほぼ同じ……)


 ヨルム王子のことを思い出し、思わず竜族の血に恐れを抱きそうになる。


 しかし、いまはそんなことを問題にしている暇はなかった。


 ゼルギスは、まるで親に結婚の承諾をいただくかのような真摯な瞳をミレーユに向けた。


「ミレーユ様。この結婚を認めていただけるなら、後悔させぬことをお約束いたしましょう。ご安心ください、邪魔立てするものがあれば塵にいたします」


(――物騒です!)


 そろそろ心の声だけでは抑えられる気がしない。


「いえ、ですから、私にそのような権限は……」


 ルルの一生を決めるなど、そんな裁量は持ち合わせていない。


 なにより、ルルは言っていたのだ。


 ミレーユを追ってドレイク国を訪れた日、自分のことは自分で決める――と。


 本来、齧歯族の娘に婚姻の自由などありはしない。


 だが、ミレーユはできる限りルルの意思を尊重したかった。


「結婚相手を私が決めるのは、ルルの心情に反します。ルルの相手は、ルル自身が……」

「ルルの結婚相手は、姫さまに選んでもらおうって。ずっと前から決めていました!」

「……え? ええっ!?」


 よもや、そんなことをルルが考えていたとは。初めて知った事実に驚愕する。


 いつのまにか、完全にルルの結婚相手の裁量権はミレーユのものとなっていた。


 全員の視線が集まり、口々に言う。


「ミレーユ、迷うことはない。もっと真面で、年相応の男は腐るほどいる。なにもこんな隠れ幼女趣味だった男に、妹のように可愛がってきたルルをやることはない」

「お言葉ですが、兄上とカイン様以外の男など、力量で言えば私の方が上です。見繕ったところで消してしまえば、最初から存在していなかったも同然ですよ」

「……貴方は。やはり、一度最初から教育し直した方がよろしいようですね」


 カイン、ナイルは絶対に許容できない断固阻止という顔で。


 ゼルギスはぜひお許しをという、懇願の表情だ。


(えっと……これは、私がどうにかしないといけない問題なのでしょうか?)


 額に冷や汗が伝っていく。


 一難去ってまた一難。


 どうやらミレーユの婚約者生活はまだまだ波乱続きのようだった――――。


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勘違い結婚
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