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竜王の怒りⅢ

 

「わ、私はこちらの生まれですから、この程度の気温には慣れております。ですから、そんなことよりも衣を捜しに……」


 必死に食い下がるも、彼の関心はまったくと言っていいほど抑制の衣にはなく。


「だが、指先がこんなに冷たい」


 かじかむ指を取られ、心配げに言われる。


「それはさきほど土を触ったからで……。いけません、汚れが移ってしまいます!」


 土で汚れた指を隠すように手を引くも、カインはそれを許してはくれなかった。

 包み込むように両手を重ねられ、同時に水風船のようなものがミレーユの指を覆った。


「これは……?」


 気づけば、あっというまに土で汚れた指が、白く戻っていた。


 彼の力は、それだけではなかった――――。


 カインは、まだ手の中に残る、宙に浮く水を焼け野原となった地へ放つ。


 放物線を描いて雫が散ると、瞬時に黒く焦げた草や木が元の姿を取り戻した。

 焼け落ちた木々は以前よりも力強く大地に根付き、青々とした草木が風に揺れる。


 目を疑うような光景に、ミレーユは絶句した。


(ば、万能すぎます……)


 竜王という存在が持つ能力の多才さと威力に、畏怖の念からふるりと身体に震えが走る。


 それが悪かったのだろう。


 いよいよカインの頭の中は、ミレーユの冷えた身体をどうにかしなければならないという謎の使命感に占められてしまったのだ。


「! そうだ。抱きしめて温めるというのはどうだろう?」

「はい……?」


 至極真面目な顔だった。


 ミレーユがその意味を理解する前に、長い両腕が伸び、ふわりと風が舞う。


 気づけばギュッと均整の取れた胸筋の中に閉じ込められ、服から伝わるカインの体温。


(◇♌×♅◆♊☆♏△♃▲♈!!!?????)


 ミレーユは、声なき悲鳴をあげた。温まるどころか瞬間沸騰だ。


 動揺のあまり失神しそうになるも、さきほどの山火事の残り香だろうか。


 一瞬漂った焼けこげた臭いに、ハッと我に返ることができた。


 母国ではどんくさいと言われるミレーユだが、それでも齧歯族の娘だ。

 正気に戻ると同時に、俊敏な動きでカインの腕からすり抜け、彼と距離を取った。


 バクバクとうるさい心臓を押さえつけ、必死に叫ぶ。


「本当に大丈夫ですので! 私のことはお気になさらないでください!」


 ほとんど喚くようなものだったが、カインにはまったく効果がなく。


「それは無理な話だ。私にとっては、ミレーユ以外のことはどうでもいい!」


 言い切られ、絶句するしかない。


 一刻も早く抑制の衣を捜しに行きたいミレーユと、ミレーユのことしか眼中にないカインの噛み合わない会話を中断させたのはヨルムだった。


「あ、貴方様は、いったい……」


 恐々とした彼の声に、ミレーユはすっかりその存在を忘れていたことを思い出す。


 大勢の兵にも、カインに抱きしめられる姿を見られてしまった。

 居たたまれなさに、ミレーユは全身を赤く染め、俯くしかない。


 一方、ヨルムに会話を邪魔されたカインは、不機嫌に大軍を見つめた。


「彼らは?」


 カインの問いに、ミレーユは言いにくそうに答えた。


「スネーク国の方で……あの……」

「ああ、エミリアの夫か」


 嫌悪がにじみ出る、吐き捨てるような言い方だった。


「それで、なぜここにいる? スネーク国には、グリレス国への一切の干渉と立入を禁止したはずだが」

「ほ、本当に本物だったのか? ……そんな、まさか……」


 うわ言のように、ヨルムが呟く。


「だっ、だが、お前が僕の好意を欲するあまり、エミリアを監禁したのは事実だろう!?」

「――は?」


 低いカインの声に、ミレーユは縮み上がった。


(なぜよりにもよってその質問を、カイン様のいらっしゃるところで投げかけてくるんですか!?)


 せめてもう少し違う角度から話をしてほしかった。


 しかし、ミレーユの相手が竜王だとは思っていなかったヨルムの動揺は大きかった。


 ここにきて、やっと書簡が本物であり、ミレーユの言葉が真実であることに気づいたのだ。


 ――――竜族の命令に従わなかった罪は重い。


 ゾッとしたヨルムは、自己保身に走るあまり、支離滅裂なことを言い出した。


「本気で貴方様はそこの娘を妻とするおつもりですか? ミレーユは幼いときから私を好くあまり、ずっと実の妹をないがしろにしてきた女ですよ!」


 ミレーユは口を開いたまま固まった。そんな風に思われていたなんて知らなかった。


 唖然としていると、


「ミレーユ、一つ聞きたいんだが――」


 怒りを抑えようとするような、冷え冷えとした声だった。


 カインが彼の言葉を信じてしまったのかと焦り、すぐさま否定しようとしたが、


「彼らも、竜印を視認できない種族なのか?」

「え?」


 そんな質問が飛ぶとは思わず、ミレーユは目を瞬く。


「竜印が見えているなら、あんな戯言は冗談でも口にできないはずだが……」


 紅蓮の瞳が、怒りで燃えたぎっていた。

 ミレーユは火柱を噴き上げるさまを、火山口の下から見つめるような心地でカインを見つめた。


 恐ろしくもそれ以上に圧倒され、引き付けられる美しさだった。


(って、いまそこに気を囚われてはダメでしょう!)


 怒りすら美しいカインの姿に己を律していると、彼は淡々と言った。


「竜印が視認できないゆえの暴言は許してやる。だが、そうなると貴国は書簡一つでは納得しなかったということか。竜王の地位も、随分見くびられたものだな」

「――――ッ!」


 ヨルムの額に、びっしょりと大玉の汗が浮かぶ。


 腕輪などの小物で魔力封じはされているとはいえ、抑制の衣はない状態だ。


 カインの魔力に慣れているミレーユでさえ圧倒される威圧に、案の定、圧倒された兵たちが次々と倒れていく。


 彼は竜気を纏っているだけで、指一本触れてもいないというのに。


「か、カイン様……っ!」


 森を失う危機からは脱却できたが、今度は別の危機が発生してしまった。


 それも、竜王の憤怒という、超ド級の危難が――――!


 カインに睨まれただけで泡を吹いているヨルムの姿からも、これ以上の威圧は危険だ。

 このままでは最悪、ショック死してしまうかもしれない。


(でも、どうやってお止めしたら……)


 右往左往していると、不意にルルの明るい言葉が頭をよぎった。


『姫さま、ライナス商会のお仕事を竜王さまにお願いするときに、上目遣いのお願いできていましたよ! 竜王さまも姫さまにお願いされて、なんだか嬉しそうだったし。やっぱり、メリーとジョンが言っていたことは正しかったんですよ!』


(上目遣い? お願い?)


 そんなことで、彼の怒りが落ち着くのだろうか。

 いや、落ち着くどころか、逆効果になるかもしれない。


(でも……、迷っている時間は……!)


 偽の花嫁として出立し、ドレイク国を訪れたとき、ミレーユは死の覚悟をした。


 さきほどの森でのボヤも無我夢中だった。


 けれど、――――いまは、それ以上に必死だった。


「カイン様っ、私、やはりこの格好では風邪をひきそうで……、早く城にお連れいただきたいです!」

「!!」


 寒さが原因ではまったくないが、ミレーユは震える身体を両腕で掻き抱き、出来る限り哀れな声で訴えた。すると、カインはすぐさま怒りを消し、ミレーユへと向き直る。


「すぐに城に戻ろう!」


 効果は抜群だった。


 一瞬でヨルムたちのことを忘れ去ったカインは、半ば引きずるようにミレーユの手を取る。


 成功したことにはホッとしたが、すでにヨルムたちは全員が土の上に倒れた後だった。


(ヨルム様たち、このままで大丈夫かしら……)


 できればヨルムたちの無事を確かめたかったが、そちらに意識をやると、せっかくそらしたカインの威嚇まで戻ってしまいそうで。


 ミレーユは仕方なく、気絶したままの彼らを捨て置くしかなかった。


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勘違い結婚
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