希求Ⅱ
事前に聞いていたカインの説明が、どれだけ表現をおさえてくれていたのか推し量られる。
エミリアがこのままミレーユに対する言動を改めなければ、竜王の怒りは膨れ上がるばかり。
そうなる前に、ロベルトは口を開いた。
「どうして嫁ぎ先に帰らなかった? 竜王陛下からの命を無視するなど、許される行いじゃない」
「……か……、帰れるわけがないでしょう!」
エミリアはドレイク国に出立するさい、スネーク国の女官たちに一部始終を話していた。
自分が竜王の花嫁になるのだと嘯いて、嫁ぎ先を出たのだ。
いまさら戻ったところで、なにを言われるか分かったものではない。
それに、夫の王子とて立場が危うくなっているはずだ。
長年ミレーユを蔑んでいた王子は、カインにとってはエミリアと同じく憎悪の対象。
ドレイク国からの抗議文一つで、王位継承権は簡単に剥奪される。
「そんなところに、帰れるわけがないじゃない!」
「いっそ清々しいほどに身勝手な理由だな。お前の不服従のせいで、国がその咎をおうことになるとは考えなかったのか?」
「それは……」
「自分がよければ、民のことはどうでもいいのか? 竜族を敵に回せば、齧歯族など一瞬で屍の山だ」
「……そんなこと……そんなこと、どうせできないわよ!」
「なぜそう思う?」
「だって……」
見るつもりなどなくとも、つい視線がミレーユを追っていた。
エミリアとて、竜王の命に逆らうことへの恐怖はあった。
一度は恐ろしいほどの魔力に中てられ、気絶した身だ。
あれをまた食らえば、精神が持たない。
けれど、それ以上に確信があった。
大丈夫だという、強い確信が――。
「どうせ、ミレーユが守ってくれると。どうにかしてくれると高を括っていたんだろう?」
「…………っ」
ロベルトに図星を突かれたエミリアは、ドレスを強く握りしめ唇を噛む。
「呆れるほどに、父上にそっくりに育ったな」
「ふ、普段役に立たない姉様なんだからっ、それくらいするべきでしょう!」
「ドクウツギまで食わせておいて、よく言えたな」
盛大な怒りを滲ませたロベルトの言葉に、エミリアは愕然とした。
ハッとしてミレーユを見るも、その表情に驚きや戸惑いはない。
エミリアのした行いを、もう知っているのだと悟る。
「姉様には伝えないって……おっしゃったじゃない……」
恐怖で逸らしていたカインの顔を見つめ、エミリアが呟く。声には非難がこもっていた。
これは、カインにとって意外だった。
カインは、妹の罪を必ず許してしまうであろうミレーユを危惧し、毒のことを明らかにしないよう命じたが、エミリアからすればこの展開は都合がよかったはずだ。
この場ですぐに手のひらを返し、ミレーユに慈悲をこえば、例えそれがカインの本意でなかったとしてもエミリアの罪は流される。
けれど、彼女はそうはしなかった。
視線を落とし、けっしてミレーユを見ようとはしない。
カインに睨まれる以上に怯え、脅えるように身体を震わせていた。
そんな妹の姿を気の毒に思ったのか、ミレーユが優しく話しかける。
「ドクウツギのことは、ちゃんと伝えきれていなかった私の咎よ。だから、そのことは気にしなくても……」
「――――やめてよ!」
エミリアは、絹を裂くような声で叫び。聞きたくないとばかりに耳をふさいだ。
「わたくしのことを憎んでいるくせにっ、いまさら姉様面しないで!」
「え……?」
「なにを言っているんだ? なぜミレーユがお前を憎む?」
驚いたミレーユとロベルトが、同時に声をあげる。
「そんなこと聞かなくても明らかじゃない! 母様は、わたくしを産んだから死んだのよ!」
大きく目を開く兄姉に構うことなく、エミリアは叫び続けた。
「父様も臣下たちも、皆言っていたわ! 姉様は母様が大好きだったから、わたくしのことを憎んでいるって。その証拠に、幼いころからずっと無視されていた。下賤な侍女には優しくするくせに、わたくしには話しかけもしなかった!」
そう言って、血走った憎悪の瞳を、今度はルルに向けた。
❁❁❁
「話しかけなかったんじゃない、話かけられなかったんだ。お前、気づいていなかったのか? 父上が、俺やミレーユをお前から排除していたことを」
「だからなによ! それでも声くらいかけられるでしょう!」
憎んでいないなら、それくらいできるはずだと当然のように言い放つ。
やたら勢いづいたエミリアの言葉は止まらなかった。
「姉様なんて、いなければよかったのよ! 姉様さえいなければっ、わたくしは自分に持ち合わせていないものの数を数えることも、持ち合わせていない自分をみじめに思うことだってなかったわ!」
「エミリア……?」
完全に我を失っていることが、瞳の虚ろさからも見て取れた。
ミレーユは思わず手を伸ばすが、エミリアはその瞳のまま、禁句を放った。
「姉様なんてっ、――――ドクウツギの毒で死んでしまえばよかったのよ!」
「――いい加減にッ」
我慢しきれなくなったカインが前に進み出る。
抑制の衣ですら抑えきれない怒りの竜気が、いまにも爆ぜる寸前。
窓から入ってきた沈み行く太陽の最後の光が、エミリアの身体を差した。
ほんの微かな光。
しかし、それはエミリアの手の甲を真っ赤に腫れ上がらせるには十分な威力だった。
「――ッ!」
「エミリア!?」
不意を衝かれた確認すれば、左手の甲は赤く腫れあがっていた。
このまま放置すれば、より悪化し、水ぶくれになってしまう。
「ほっといて! 自分の力で治せるわ!」
ミレーユの手を払いのけ、癒しの力を出そうとした。
「え……? なんで?」
なぜかそれは叶わず。
何度回復させようとしても、痛みは強くなるだけで、赤い肌は治らない。
「魔力が枯渇したんだ。部屋に閉じこもり、ろくに食事も水も取らず、癒しの力だけでまかなおうとすれば、そうなって当たり前だ」
「そんな……嘘よ……!」
ロベルトの指摘に、エミリアがうろたえる。
ずっと自分を守ってきた癒しの力。
その源である魔力が枯渇したことなど、生まれてはじめての経験だった。




