希求
トントン。
少し強めのノック音に、エミリアは扉を睨みつけた。
「うるさいわね! いまは誰にも会いたくないって言っているでしょう!」
どうせ臣下のうちの誰かだ。かん高い声で叫べばすぐに諦める。
案の定静かになったことに満足したエミリアは、ふんと扉から目を離す。
そのまま椅子から立ち上がり、壁にかかる赤色の緞帳を捲ると、太陽の位置を確認した。
もうすぐ、陽が沈む。
これなら日差しが入ることもないだろうと、閉め切っていた緞帳を開く。
――――ガンっ!
その瞬間、扉から衝撃音が響く。
驚いて振り返れば、エミリアが気に入っていた薔薇彫刻の扉が破壊されていた。
「なっ?!」
聖女の君と言われるエミリアの自室に、いままでこんな乱暴な強行突破をする者などいなかった。
呆気に取られていると、入ってきたのは自国の民族衣装に身を包んだ青年だった。
「……兄、様……?」
兄とは十年前に会ったのが最後だ。
それでも兄だとすぐに分かったのは、顔立ちがミレーユに似ていたからだ。
久しぶりにあった兄は、エミリアを見るなり呆れたように顔を顰めた。
「なんだ、そのお粗末な魔力操作は……」
アルビノであるエミリアの身体には、普段から癒しの力が使われている。
しかしロベルトは一目見るなり、魔力の使い方がなっていないと指摘した。
「お前、いったいなにを家庭教師から教わってきたんだ。そんな量を常に放出すれば、いくら齧歯族の中では魔力総量が多かろうとすぐに枯渇するぞ」
数えるほどしか会ったことのない兄からの早々の説教に、エミリアはムッとして言い返す。
「兄様には関係ないでしょう! わたくしの結婚式にも出席しなかったくせに! いまごろのこのこと帰ってきて、なによっ。お説教なんて聞きたくないわ!」
それほど留学先がよかったのなら、もう帰ってこなければよかったのにと吐き捨てると、ロベルトが笑った。その歪な笑みに、ゾクリとエミリアの肌が粟立つ。
「そうだな……。お前はもう嫁に行った身だ。俺には一切関係ない。だが、いまのままでは数年後には、聖女としての居場所はなくなるだろうな。――――アルビノが、どういった体質か知らぬわけではないだろう?」
「っ!」
知っている。分かっている。
アルビノとして生まれたエミリアの身体は免疫力が低い。
とくに太陽の下は天敵だった。
日光が少しあたっただけで、白い肌はすぐに火傷となり、羞明にも苦しむ。
癒しの力がなければ、外を出歩くことすらままならなかっただろう。
けれど癒しの力と言えど万能ではなく、治すことはできても、身体を強化することはできない。
それどころか、年を重ねるごとに症状は悪化し、身体を蝕んでいく。
治すにはより魔力を必要とし、いつか自分のためにしか癒しの力を使用できなくなるだろう。
そうなれば、聖女として権威を誇っていたエミリアの立場は失墜する。
「自分の魔力総量を過信していると、己の首を絞めることになる。分かるだろう?」
容赦のないロベルトの指摘に言葉を詰まらせていると、扉から恐る恐る顔をのぞかせる者がいた。
「あの、アルビノの体質というのは、どういうことですか?」
ミレーユだった。
自国のドレス姿で現れた姉に、エミリアはビクッと身体を震わせた。
ミレーユの帰国は予想外だったのか、唇を噛んで驚愕を押し殺しているエミリアを、ロベルトが冷静に一瞥しながら言った。
「母上に聞いていなかったか。アルビノは貴重種として持てはやされるが、実際はそういいものではない。皮膚はもろく、目には異常をもつ。とくに陽に当たると身体によくない」
「え……」
はじめて知ったアルビノの情報に、ミレーユの瞳が大きく揺れる。
ミレーユの黒曜石の瞳に、妹の身体への憂慮が滲んだ瞬間、エミリアは叫んでいた。
「姉様には関係ないでしょう! なに、もう国に帰されたの!? しょせん姉様なんて、誰も欲しないのよ。ましてや竜王の花嫁になんてなれるわけが……――ひっ!」
勢いよくまくし立てた言葉も、扉の向こうに立つ、怒りのオーラを纏ったカインの姿にピタリと止まる。
言葉だけでなく、呼吸も、心臓すら止まってしまうかと思った。
「――君は、本当に私を怒らせるのがうまいな」
カインの声は不機嫌そのものだった。
慌ててミレーユが取り成す。
「お、お怒りをお鎮めくださいませ! ルルも、怯えておりますから!」
カインの後ろには、頭の上にけだまを乗せた格好のルルがいた。
彼もかわいがってくれているルルが怯えていると聞けば、少しは放たれる怒気の魔力をおさめてくれるかと思って懇願したミレーユだったが、
「え? ルルは別に怖くないですよ。竜王さまに怒られてるの、ルルじゃないですし」
無情にも、本人にあっさり否定されてしまう。
「ルル……」
少し途方に暮れた顔のミレーユが、それでも優しく侍女の名を呼んだ。
その声に、竜王の放つ魔力に震え、気絶一歩手前だったエミリアの表情が変わる。
脅えていた瞳を吊り上げ、苛立たしげに吐き出す。
「なによ……なんなのよ! 全員でわたくしを嘲笑いにきたの!?」
「エミリア、違うわ!」
「わざわざ自国のドレスなんて着て、嫌み?! こんな薄暗いじめついたところでは、華やかなドレイク国のドレスは似合わないものね!」
自国のドレスに着替えたのは、ドレイク国の衣装がこちらの気温に合わないからであり、エミリアが主張するようなことではなかった。
あの胸元の開いた意匠を、自国で着る勇気がなかったのもあるが……。
必死に否定するミレーユと、なにを告げても牙を向くエミリアの姿に、埒が明かないとばかりにロベルトがため息を吐く。
「まさか、ここまで我の強い娘に育っているとは……」