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灼熱の丘

 

「なんて熱い地表なの……」


 案内されて訪れたのは、傾斜のなだらかな丘が連なった場所だった。


 果てがないのではと感じるほどの広大な土地には、固く引き締まった砂が一面を覆い、植物の姿は見当たらない。


 ミレーユは思わず屈みこみ、地に手を置いた。


「地中から湯気が立ち昇っているわ」

「温泉みたいですね! すっごく熱いです!」


 寒地で育ったルルは、暖かいというだけでテンションがあがるのか、砂で山を作り始めた。ロベルトも初めて見る地表に目を凝らしている。


 楽しそうな一行に、ドリスは一人狼狽えていた。


「なぜ灼熱の丘なのですか……」


 もっと他に適した土地はなかったのかとばかりに不満を口にするドリスに、カインが返す。


「ここ以外の土地は、すべて初代竜王の魔力が行使されている。一つのものに対し、術が重なった場合、劣弱なものがかき消されることはドリスも知っているだろう」


 国庫でも、すでに建物内に保持の術がかけられているため冷却の術が使えず。


 ドリスたち職員は、食料に冷却の術を使用するという手段を講じていた。


 カインのもっともな説明に、ナイルも加勢する。


「長い歴史の中でも、初代竜王陛下の施した術を上回った方は、歴代の竜王ですら存在しておりません。我が領土で干渉を受けていないのは、この灼熱の丘のみです」

「それは、分かりますけど……」


 この土地以外、適した場所がないことは、ドリスとて十分理解している。


 だが、雑草一本生えぬ地表は、植物だけでなく生き物の命すら奪う。


 灼熱の丘に魔石が使われていないのは、それだけ厄介だからだ。


 なにせ、大人一人が寝転がるサイズに対し数百の魔石を使用し、かける魔術もドリスが得意とする《冷却の術》ではまだ足りない。

 この大地を冷やすには、その上の《氷塊の術》が必要だった。


 カインもナイルも、ミレーユに対し過剰なほど過保護だというのに、こういった場所を選ぶあたり根本的に発想がおかしい。


 ミレーユが手にしているのは、術を施した虹石一つ。


 魔石ですら膨大な数を必要とする土地で、ミレーユの術が成功する確率は計算するべくもない。


「失敗することによって、ミレーユ様が落ち込まれるなんて発想に至らないのが、竜族ですよね」


 生まれた時から生き物の上位として育った彼らには、壁に突き当たる苦悩や、苦い経験というものがない。経験がないゆえに、失敗に対する恐れもない。


 まさに強者の発想、竜族的思考だ。


「なにか言ったか?」

「いいえ、なんでもありませんわ。カイン竜王陛下」


 試験の場として適切かどうか反論したいところではある。


 が、それよりも――。


 自国ではみたことのない景色に感動している齧歯族三人を怖がらせまいと、ドリスはあえて声を低くした。


「ミレーユ様は竜印に守られていらっしゃいますから、この地に足を踏み入れてもお体に異常はないでしょうが、お二人は大丈夫なのですか?」


 鳥綱族の中でも上位種族であり、能力の高いドリスは己の魔術で身を守ることができるが、齧歯族の体では近づいただけで体の水分が奪われる。


「当然です。抜かりはありま――」

「うにゃぁ!」


 ナイルが言い終わる前に、けだまの怒りの発声が響く。


 どうやら熱すぎる地表が気に入らないようだ。地面を嫌がるようにルルの胸に飛び込み、爪を服に立ててぶら下がる姿は、まるで猫のブローチ。


「こらぁあああ! ルルのお洋服に爪立てないでくださいぃぃ!」

「――けだま。お前は守り石があるのだから、普通に歩けるでしょう」


 ナイルはルルにぶら下がるけだまを抱き上げると、「こら」とばかりに人差し指で鼻をぽんと叩いた。


「守り石……、ってなんですか?」


 ルルは服に穴が空いていないか確認しながら、首を傾げる。


「この子の首輪についている石です。こちらはルビーと魔石をかけ合わせ作られたもので、猫にとって心地よい温度に保てるよう、術がかけられています」

「まぁ。よかったわね、けだま。素晴らしいものをいただいて」


 ミレーユは、ナイルの腕の中で大人しくなったけだまの顎の下をさする。


 その横でルルがふふんと鼻を鳴らした。


「お前は贅沢なネコですね!」


 どうやら魔石に頼らなければならないことを、虚弱だと勝ち誇っているようだ。


 これに、さらりとナイルが告げる。


「ルル様のご衣装にも魔石は使用されておりますよ」

「ふぇ?!」


 ルルのお仕着せは、ナイルが用意したもの。


 身一つでやってきたルルは、もとは装飾のない灰色のスカートに、白いエプロン姿だった。


 ドレイク国までの道中は馭者の魔力で守られ、領土内は初代竜王の魔術で守られているが、それ以外の土地では心もとない。そのため、魔石で守護の術を用い作らせたのがいまの衣装だった。


「ルルは……、贅沢なネズミです」


 スカートの裾をつまみ持ち上げながら、ルルがポツリと呟く。


 はじめて知った事実に、ルルだけでなく、ミレーユも驚いて口元に手を置いた。


(もしかして、ナイルさんがさきほどお兄様にお渡ししていた腕輪も?)


 やたら高価そうな飾り石がついた腕輪に、ロベルトは強く拒否していたが、あれも身を守るためのものだったのだろう。


 ロベルトもそのことに気づいたのか、渡された腕輪をまじまじと見つめている。


「じゃあ、姫さまのドレスにも魔石が使われているんですか?」

「ミレーユ様は竜印の力によって守られていますので、魔石は必要ございません。熱さは感じられても、痛みにはつながりませんから」

「あ、言われてみれば……」


 母国でも、皆が痛みを伴う寒気にも平気だったことを思い出す。


(ただ頑丈で、寒さに強いのだとばかり思っていたわ)


 ヴルムと出会う前からそれはあまり変わっていなかったので、いままでとくに不思議に思うこともなかった。けれど自分が気づいていなかっただけで、ずっと守られていたのだと知ると嬉しさに胸が詰まる。


「カイン様から説明は受けたが、本当に竜印というのはすごい力だな」


 ロベルトも感嘆の声をあげ、ミレーユの胸元を見る。


 文様を視認することはできないが、それでも妹を守ってくれていることに安堵を覚える。


「皆様のご体調に障らないということでしたら、さっそく術を披露していただいてもよろしいですか!?」


 一連の会話を聞いたドリスは、これで気がかりはなくなったとばかりに、術の開示を嘆願した。


「はい。では、どれくらいの冷たさにいたしましょう? 温かくもできますが」

「あたたかく……? ミレーユ様の術は、冷却の術では?」


 以前、国庫で交わされた会話で、てっきりミレーユが使う術は、冷却の術だと思っていたドリスは首をひねる。


「私の術は、細かく言えばその、《体感の術》……というのでしょうか。総身で感じた温度や気温を術に反映するものなんです」

「……確かに。冷却の術とは明言されていらっしゃいませんでしたね」


 思い返したのか、ドリスが頷く。


「故国は寒帯の気候なので、いままで暖気を術として表現することが困難でしたが、こちらに来させていただいたおかげでその範囲も広がりました」


 ミレーユは灼熱の丘に降り立ってすぐに砂に触れ、熱を術に覚え込ませていた。


「ですから、一度冷やしてしまった後も、また元に戻すことはできるかと思います」

「お国では役に立たぬ術だと仰っていましたが、暖炉の火を術に反映させ、室内で使用すればかなり重宝されたのでは?」


 質問を重ねるドリスに、ミレーユは曖昧に笑った。


「術の放出時間はとても短いものでしたし、それに……」


 この術を使うことに、父はいい顔をしなかった。見つかれば、咎めを受けてしまう。


「そのことは、いまはいいだろう。それよりも早くミレーユの術が見たい」


 言葉を濁すミレーユを助けるように、カインが促す。これにはすぐさまドリスも賛同した。


「おっしゃる通りですね。では、ミレーユ様の知る、氷点下の酷寒をお願いします!」

「分かりました」


 ミレーユは気負うことなく返事をすると、灼熱の丘に膝を下ろした。


 祈りを捧げるように、両手で虹石を包み込むと、詠唱を紡ぐ。


「我が愛しき源よ。大地に還り、その力で我の望みに応えておくれ――――」


 詠唱は言霊の力を借りることで術を強化する。魔力の低い下級種族ならではの手法だが、ミレーユの声は耳によく馴染み、カインはつかの間その心地よさに浸った。


 と、次の瞬間――――。


 バキバキッという音と共に、勢いよく灼熱の丘に氷が伸び、瞬く間に辺り一面を氷の大地に変えてしまった。


「――――!?」


 生き物のすべての水分を奪う灼熱の丘が結氷していく様に、術が失敗したときの慰めの言葉を用意していたドリスは度肝を抜かれた。


 それはカインとナイルも同じだった。


「これは……、さすがに予想していなかったな」


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