再会Ⅳ
カインの憤りを察したかのように、ロベルトが自嘲気味な笑みを零す。
「妹のことをそんな風に思ったことはありません。ですが、齧歯族を端的にお伝えするならば、数でしか勝負することができない劣等した種族、と言わざるをえません」
祖先の力を引き継いで人へと進化したロベルトたち齧歯族は、他の種族に比べて生命力が低く、力もない。
国土にしてもそうだ。
六割が山、三割が極寒の地、居住が可能なのは残り一割のみ。
下位種族は、そんな不毛な土地に住むしか居場所がなかった。
「我々には、下位種族の劣等感がいつも付きまといます。とくに世界種族会議で他種族を知る王族ほど、その傾向は強くなります。会議に出席すれば、その力の差を歴然と見せつけられますから」
それはけっして変えることのできない現実であり、卑屈へと繋がる。
そして、それらはすべて一つの場所へ帰結した――――同族嫌悪と、軽視だ。
「父にとって、その対象はミレーユでした。ミレーユは、父にとっては異端であり、忌み子でしたから」
「ふざけるな!」
怒りをむき出しにして、カインが詰める。
憤怒の魔力が辺りを包み込むが、ロベルトに恐怖はなかった。
これがミレーユを想うが故だと思えば、恐怖すら心地よかった。
「ミレーユが齧歯族から見て、変わっているのは事実です。なぜ自分は下位種族に生まれたのだろうという劣等感を持つ中、ミレーユだけは違いました。あの子は、自分の能力の低さを卑下しても、だからといって生まれのせいとは考えない。ただ純粋に、己の力不足だと信じて疑わず、それが齧歯族だからという卑屈さには直結しないのです」
ただひたむきに自分を磨き、民に尽くそうとする。
ロベルトが知る十年前のミレーユはそんな女の子だった。
そしていまもそれが変わってないことは、面差しからも分かる。
「混じり気のない、一族への愛情は誰もが持てるものではありません。父は向上心など欠片もない男です。そういう手合いからすれば、ミレーユのような存在はさぞかし目障りだったでしょう。ミレーユを見るたびに、自分の卑屈さや狭量さを思い知るのですから」
「その分エミリアに愛情を注いだのか。――いや、あれは愛情ではないな」
「はい……、おっしゃる通りです。エミリアが特別な存在であればあるだけ、自分もまた特別だと思い込める。エミリアは、父の体のいい逃げ道でした」
グリレス王はエミリアに自分の姿を映し、依存することで己の権威を高めた。
齧歯族にとって、癒しの力は神にも等しい。例えそれが高位種族から見れば取るに足りないものだとしても、下位種族からすれば十分な価値がある。
「正直、私の懸念はミレーユよりもエミリアでした。あれは母の教えを受けず、私たちとも離されて育ちました。もちろん、それを理由に、毒の件についてご容赦願いたいわけではございません。ただ……」
苦々しそうに、ロベルトが言葉を切る。
カインからすれば、エミリアがしたことは到底許せることではないが、ロベルトにとってはどちらも血の繋がった妹。注ぐ愛情に差異はないのだろう。
しかし、そうではないと、ロベルトはまるで懺悔するような口調で言った。
「これは愛情ではなく、罪悪感です」
「罪悪感?」
なぜそんなものを、彼が感じる必要があるのか。
「あのまま父の庇護下で育てば、ろくでもない娘に成長することは目に見えておりました。ミレーユと共にあれば、真面に育つであろうことも……。分かっていながら、私は、北の要塞行きが決まったとき、ミレーユに命じたのです」
『たいした能力もないお前が、エミリアを守ろうとしたところで共倒れするだけだ。いいか、俺が帰るまで、自分の身と民のことだけを優先に考えろ!』
いまでも一言一句忘れることなく覚えている。
ミレーユはひどくショックを受け、何度か拒否の言葉を述べたが、最後には涙を浮かべて頷いた。
「意外だったな……君が切り離したのか?」
不思議には思っていた。ミレーユは自分から実妹と距離を取りたがる性格ではない。
そうでなければ、あれほどエミリアのことを心配し、何度もカインに問うなどしないはずだ。
「ミレーユがエミリアの傍にいれば、父はミレーユを排除しようと動きます」
癒しの力があるエミリアが軽視されることはけっしてないが、父親から厭われているミレーユは別だ。
どういう扱いを受けるか分かったものではない。
ロベルトが城を離れれば、ミレーユを守れる者は皆無。
だからこその選択だった。
「私は一度、エミリアを切り捨てています。その罪悪感が私の中に……そして、ミレーユの中にもあるのでしょう」
(祖国で粗雑に扱われていたミレーユが、厚遇で育ったエミリアに対して罪悪感を持つなど……)
おかしな話だ。
顔を顰め、カインはため息を吐いた。
「どうにかならないのか、それは」
この先もエミリアのことを慮ってミレーユが苦しむなど業腹だ。しかし、事はカインが思っていた以上に根深い問題。妙案を求めロベルトに問えば、彼は少し考え込み、答えた。
「このさい、一連の出来事をミレーユに打ち明けてはどうでしょう」
これにはギョッとした。
「毒のことも話すのか?!」
「はい。私も幼いときの妹しか知りませんが、性格はそう変わるものではありません。だからこそ断言いたします。――――あれもけっこう強情ですよ」
「ミレーユが、強情?」
あまりピンとこない。どちらかというと、反対ではないだろうか。
「今回の経緯がハッキリしない限り、ミレーユはけっして知ることを諦めません。機会をうかがい、タイミングを見計らって何度も問うでしょう。私がミレーユに留学と嘘をついたのも、納得させるためです。見聞を広げるための留学だと必要性を説けば、多少おかしいと思っても押し通せます。ですが曖昧では駄目です」
十年間遠く離れていたとはいえ、ロベルトは妹の性格を熟知していた。
自分よりもミレーユに詳しいことに、多少の嫉妬心を覚えながらも、カインは重要な情報として脳に記憶した。
(強情なミレーユ……それはそれで見たい!)
脳の回路は、安定の欠陥だったが――。
「わだかまりが消えぬ限り、ミレーユのエミリアへの憂慮は続くでしょう。それがお嫌なら、強く命令してください。竜王たる貴方様のご命令ならば妹も従います」
「命令などできるわけがないだろう! 私が欲しいのは、ミレーユから嫌われず、真実を隠していたことも非難されず、なおかつ彼女が心を痛めない解決策だ!」
本心を暴露すると、ロベルトは少し考え込み、冷静に言った。
「真実を話したところで、ミレーユが竜王陛下を嫌うことも、非難することも、心を痛めることもないかと思いますが。そんなことで気に病むような性格なら、あの父の相手はできません」
「…………」
返ってきたのはまさかの説得力だった。
確かにミレーユは普段ナイルやドリス、ルルといると押しが弱く控えめに見えるが、彼女は無理難題を通そうとする父親のもとで育ってきた娘だ。
過酷な環境で、それでもたおやかに育った心の持ちようが弱いとはとても思えない。
「いや、だが……そうなると、ミレーユはエミリアの所業を許すだろう?」
それどころか、毒の知識をきちんと与えなかった自分のせいだと謝罪までしそうだ。
ミレーユの優しさに付け込むことで、エミリアが許されるなど言語道断だと告げれば、ロベルトは少し不思議そうな顔をした。
「カイン様は、ミレーユがただ許すだけだと思っていらっしゃるのですか?」
「違うのか? 大人しいミレーユ相手なら、どうとでも言いくるめられると。エミリアもそう考えているようだったが」
そう告げると、なぜかロベルトは苦笑を漏らした。