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再会Ⅲ

 

「来て早々、騒がしくて申し訳ない」


 女性陣が慌ただしく部屋を退出すると同時に、カインは謝罪を口にした。


「とんでもないことでございます。逆に安堵いたしました」


 答えるロベルトの顔は、心の底からホッとしたとばかりだった。


「竜族に嫁入りなど、妹にはハードルが高すぎて肩身の狭い思いをするのではと案じておりましたが、楽しくやっているようで、なによりです」


 それが彼の本意であることは、あがる口の端からも伝わってきた。


 しかしすぐに表情を引き締めると恭しく胸に手を当て、カインに敬意を示す。


「私の意向を汲み取ってくださり感謝いたします。できれば貴方様とは、ミレーユ抜きでお話をさせていただきたかったので……」


 それはカインにとっても同じだ。


 正直、会うまではグリレス王やエミリアと同じ系統の者だと厄介だと危ぶんでいたが、取り越し苦労で終わったようだ。


 彼の存在は、グリレス国への打開策に繋がるかもしれない。

 カインは椅子をすすめると、まずは疑問を口にした。


「さっそくだが、ミレーユの代わりに尋ねたい。なぜ一国の長子である君が、北の要塞に送られることになったんだ?」

「それは……」


 北の要塞は、兵の中でも末端が赴く過酷な地だ。齧歯族の王子がいって無事に済むわけがない。これは、どう聞いても悪意のある処刑だった。


「ミレーユが真実を知ったときの顔は、見ていられなかった……」


 ロベルトの生存報告に安堵したのもつかの間、その所在を知ったミレーユは顔面蒼白になり。そんなはずがないと泣き出した。


 その姿が容易に想像でき、ロベルトはバツが悪い思いをする。


「少々……、父の機嫌を損ねる行いをいたしまして……。ですが、こうなることは十分理解した上での行動です。後悔はありません」

「理由を聞いても?」

「申し訳ございません。それは……」


 そう告げたきり、閉ざされた口が開く気配はない。


(ロベルトに大きな問題があったとは思えないが……)


 気にはなるが、彼はきっと話さないだろう。カインは話を変えた。


「右腕のことはあれど、よくいままで無事だったな」

「これは……、少々ごたついた時期がございまして。放置し、悪化させた私の不徳のいたすところです」

「王城ですら燃料代の捻出にミレーユが奔送していたくらいだ。遠く離れた地となれば、まかなうのも大変だっただろう?」

「燃料代? 妹は、そんなことまでしていたのですか?!」


 ロベルトが頭を抱える。どうやら知らなかったようだ。


(十年も僻地にいれば当たり前か)


「その捻出したものが、君たちの命に繋がっていたのなら、きっとミレーユも喜ぶな」

「知らぬところで、ずいぶん助けられていたのですね……」


 もちろん、北の要塞での生活は寒さだけが敵ではない。


 領域侵害しようとする他国の兵と、食料を狙う盗賊たち。


 ロベルトの最も重要な責務は、そういった輩の殲滅だった。


「使者に聞いた。君が赴いてからは一掃されているらしいな」


 敵となるのは皆、齧歯族よりも高位の種族ばかりだ。


 徒党を組む彼らから要塞を守ることは、口で言うより簡単ではない。


 見たところ、ロベルトはミレーユに比べれば魔力総量は高い。


 それは齧歯族の中でも高い水準だと言えるだろう。


 しかし、彼より高い種族は星の数ほどいる。


「どうやって殲滅させていたんだ?」

「私は重力操作を得意としております。とはいっても、テーブル一つを動かす程度のもの。攻撃魔術として有用とは言えません。――――ですが、使いようによっては大軍をも仕留めることができます。父はとくに考えもなく、私を北の要塞に送ったのでしょうが」


 グリレス王は、ロベルトが盗賊に襲われ、命を落とすと信じて疑っていなかった。


 目先の事しか考えられない、あの男らしい浅慮さです、とロベルトがせせら笑う。


「北の要塞は、酷寒の大地に近い場所です。一年中やむことのない雪が降り積もる山の上にございます」


 そこまで説明されれば、すぐに理解した。


 雪山は、雪崩を引き起こす。ロベルトが重力操作の術を使い、ほんの少し雪を動かせば、いとも簡単に急斜面を滑り落ちていくだろう。


「地形を熟知し、敵の警戒を怠らず、冷静に対処すれば全滅は容易いものです」


 言いながら、ロベルトは薄い唇にいびつな笑みをつくった。


 はじめてロベルトの顔を見たとき、彼はミレーユによく似ていると思った。


 緊張しつつも穏やかな空気をまとい、顔立ちは柔らかく、誠実そうな眼差し。


 だが実際の彼は守るべきもののためなら、敵を雪で圧死させることなど厭わない冷酷な一面を持っていた。


 それは十年で培われた、彼の生き残る術だったのだろう。


「なるほど……。この十年、君がただ要塞の守りに従事していただけとは思えないな」


 目を眇め、問う。ロベルトは深く頷いた。


「……はい。父では国が持たぬと、十年前に悟り。そのために水面下で動いておりました。しかし、たとえどれほどの大義名分があったとしても、父殺しの罪は重いものです。遠方であることもあり、準備にずいぶん時間がかかってしまいました」


 ロベルトに、反旗を翻す心づもりがあったことはカインにとって驚くことではなかった。


 国の頂点に立つ者が腐敗すれば、すぐさまそれは挿げ替えられる。


 元が動物だった名残か、その行為に躊躇はない。

 この考えは、高位種族であるほど顕著だった。


 逆に言えば、下位種族の齧歯族だったからこそ、グリレス王はいまのいままで王座に座っていられたのだ。


「ミレーユに、このことは?」


 カインの問いに、ロベルトはゆっくりと首を振った。


「妹に背負わせるつもりは毛頭ございません。それゆえに、十年も放っておいてしまったことには、贖罪の気持ちがありますが……。どうか、このことはミレーユには内密にお願いします。何があろうとも、貴方様のお手を煩わせるような事態にはけっしていたしませんので」

「いや、この話は私にも無関係じゃない。少し長くなるが、聞いてほしい」

「……はい?」


 訝るロベルトに、カインはミレーユとの出会い。


 グリレス王とエミリアのこと、すべての経緯を話した。


 できるだけ感情を抑え、端的に説明したつもりだったが、ときおり顔色を白や青に変えるロベルトの心境に考慮し、一通りの説明をし終えるには半刻以上の時間を要した。






「――――あの馬鹿どもが……ッ!」


 終始黙ってカインの話を聞いていたロベルトだったが、聞き終わった彼が最初に発した言葉は粗雑なものだった。


 だからこそ、偽りのない本音が零れたともいえる。


 俯き、拳を握りしめてなお怒りで震えている彼の姿からも、どれだけ危険な橋をミレーユに渡らせ、国を危機に陥らせようとしていたのかがありありと伝わってくる。


 虎族という隣人が近くにいるためか、「どこの種族も、実はこんなものなのか?」と首をひねっていたカインも、これには少し安堵した。


 ロベルトはしばし沈痛の面持ちで黙していたが、やっと呼吸を思い出したかのように深い息を吐き、頭を下げた。


「心より謝罪申し上げます。まさか、そのような事態になっていたとは……」

「いや、正式な婚約に至るまでの私の行動が短慮だったことは事実だ。だが、それにしてもミレーユへの扱いは許せない。グリレス王は昔からああなのか?」

「お話を聴いた限りではまったく変わっておりませんね。父は齧歯族の負の面をすべて併せ持ったかのような男ですから。……カイン様は、齧歯族という生き物をどこまでご存じでしょう?」

「どれほどと問われると困るな……。ある程度理解したつもりではいたんだが、どうやらまだ上澄み程度のもののようだ。この前も、番に対する価値観の違いに驚いた」


 そのときのことを話すと、ロベルトは苦笑した。


 カインとしては、番以外の女性を囲う意味が分からなかったが、齧歯族の彼の見解は違うようだ。


「短命な下位種族ほど、子孫を増やすことに意義を見出します。齧歯族はその最たるものでしょう。いわば、繁殖くらいしか勝るものがないのですよ」


 これに、カインはムッとする。

 彼にそのつもりがなくとも、まるでミレーユが子を生すためだけの道具だと言われているようで不快だった。

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勘違い結婚
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