竜王と小ネズミⅦ
(こういうやり取りは、こちらのお国では驚くほどのことではないのかしら?)
ミレーユにとっては驚きの連続だが、横にいるカインはまったく興味のない顔をしていた。
王宮の一室を破壊しようとしたドリスの行動に対しても、まったくの無関心。
「当たり前です。いままでどんな手段を講じても開かなかった扉が、そう簡単に開くわけがないでしょう。貴女のような目的のためなら手段を選ばない不届き者、ミレーユ様にもなにをするかわからないと警戒されて当然です」
「わたくしとてそこまで不調法者ではありませんわ! それに、扉の破壊についてはきちんと前竜王陛下の了承をいただきました。罪人のような言われ方は心外です!」
「木の葉一枚分の重みもない了承ですね」
「皇太后陛下にいたっては魔弾の提供をしてくださいましたわ!」
「あの方は、ただ破壊行動が好きなだけでしょう」
「……え?」
淡々と言い返すナイルのセリフに、ミレーユが小さく声を発する。
カインとの会話の中で、彼の父である前竜王陛下のことは度々聞いているが、皇太后についてはあまり聞かされていない。
知っているのは、高位種族虎族の王女であり、クラウスの叔母だという情報のみだ。
それが、突然破壊行動が好きだと聞かされれば、背筋に汗が伝う。
目の前で現竜王に攻撃を為す女性と、初代竜王の遺産を破壊することで資料を手に入れようとする女性がいるのだ。あまり大差ないのでは? と考えなくもないが……。
「ナイル!」
ミレーユの震撼を感じ取ったのか、カインが叱責するように名を叫ぶ。
ナイルも己の失言に気づき、慌てて口を閉じた。
「これは失礼いたしました。言葉が過ぎましたわ」
「いまのは気にしないでくれ! 母上は虎族の血筋のせいか、齧歯族に比べれば少し手荒な部分もあるが、破壊狂というわけではない!」
そんなカインのフォローに、ドリスが言い添える。
「破壊狂ではありませんが、戦闘狂であることは間違いないのでは?」
「ドリス、君は黙っていてくれ!」
これ以上、余計な火種を広げては困るとばかりに、すかさず制止が入る。
「戦闘狂?……あの、皇太后陛下のお話をされているのですよね?」
これが男性である前竜王陛下のことだと聞けば、まだなんとなく理解できる。
けれど女性である皇太后陛下と考えれば、ミレーユの頭に疑問符が飛んだ。
「いや、その……。虎族は元の先祖が群れを形成せず、単独で生活する生態だったためか、とにかく男女問わず主張が傍迷惑に強い一族で。だが、敵とみなされない限りは牙をむかないから安心してくれ!」
虎族に対する悪意が滲み出た説明を一息でするカインの後ろで、ナイルとドリスがぽつりと呟く。
「「その説明では、とても安心できませんよ……」」
事実ではあるし的を射ている。しかしそれと安心は別物だ。
よけいミレーユの不安を煽るだけの言動に思えたが、カインとて策は弄していた。
おもむろにミレーユとの距離を詰めると、自分の身体で外野の姿を隠す。
そして顔をのぞき込むように接近し視覚を、声に魔力を込め聴覚を、焦りで滲んだ汗は芳香となり嗅覚を奪った。
竜族でも上位の存在しか使用できない《魅了の力》を存分に発揮したのだ。
「え……あ、は……はい」
効果は抜群で。ミレーユの思考は朧となり、脳が正常稼働しなくなった。
目の前には引き締まった体躯、耳に入る低い声、鼻腔をくすぐる香りは眩暈すら起こさせるほど官能的だ。
これがローラの言っていた魅了というものなのだろうかとぼんやりと考えるが、だからといってこれを振り払う力など、下位種族のミレーユにはなく。
「種族間によって思考、行動、秩序が多種多様であることは、さきほどのミレーユの父君の話でも理解したつもりだ。これからも価値観の違いは多々あるかもしれないが、お互い歩み寄ってすり合わせていこう!」
誰が聞いても話の収束を促しているだけの言葉の羅列だと分かる。
それでもカインは、強引に話をまとめ、ミレーユの細い指をギュッと握り締めた。
「ルルの相手も、そういったことを踏まえて探させる。安心してほしい」
長いスラリとした指に両手を包み込まれ、ミレーユはいまだに魅了が解け切っていない虚ろな瞳で、こくこくと頷くことしかできなかった。
「ルルも、それでいいな?」
「――へ?」
頭に張り付いたままのけだまを剥がそうと躍起になっていたため、途中からまったく話を聞いていなかったルルが振り返る。
丸い黒い瞳をキョトンとさせ、自分が話の発端であったことなど完全に忘れ切った顔だ。
「えっとぉ、よく分からないですけど。ルルはなんでもいいです!」
「よし。ナイル、至急ルルに見合う竜族の男を精選してくれ」
「それは、どういうことでしょう?」
途中参加のナイルは不可解そうな顔をするも。経緯を聞くと、察しの早い彼女はすぐさま強く頷いた。
「承りました。ルル様のお相手となれば、素性の確かな者でなければなりませんね」
適当な相手ではなく、十分精査する心づもりのナイルに、ミレーユもほっと胸をなでおろす。
「――――ですが、先んじては婚礼ご衣装のお話を。ミレーユ様、ライナス商会会長が登城いたしました」
「えっ? もう、到着されたのですか?」
ライナス商会の本店があるのはグリレス国と同じ北の大陸だ。海で数週間、陸で数カ月はかかる。
登城にはもっと時間がかかると見込んでいたミレーユにとって、これはあまりに早すぎる来訪だった。
「こちらから迎えを送りましたので」
「あ……」
そうだったと、ミレーユは思い出す。
ここはドレイク国、神の種族が統べる国だ。
有り余る魔力は遠い大陸でさえ簡単に移動距離を縮めてしまう。
自分とて数日でこの国に来たことをすっかり忘れていた。
(完全に気が緩んでいたわ……)
まだどうすれば仕事を請け負うことができるか、最善策を見出していないミレーユは途方に暮れた顔でうなだれた。




