プロローグ
第2章はじまりです(*'▽')✨
よろしくお願いいたします!
「まだあの二人は見つからないのか!?」
ドレイク王国の若き竜王、カインの魔力の混じった一喝に、執務室の大窓が揺れる。
以前カインの魔力によって粉砕されたこの大窓は、その後より堅固に補修がなされていたが、そのかいもなく、いまにも砕け散りそうだった。
そんな怒り心頭の彼に、叔父であり宰相を努めるゼルギスがため息混じりに答える。
「そう簡単には捜し出せぬかと。行方をくらませることにかけて、兄上の右に出るものはおりません」
旅行中の前竜王と、皇太后の消息不明の一報が届いたのは数日前のことだった。
竜族の婚儀は一年に一度、夏至の日にしか執り行えない。だというのに、よりにもよって一人息子の婚儀前に、両親そろって行方を眩ましてしまったのだ。
「何を考えているんだ、父上たちは……!」
カインは額に手をあて、苦々しく呻く。
初恋の君である齧歯族の姫、グリレス国の第一王女、ミレーユ・グリレスとの再会を果たし、紆余曲折のあとやっと真に心を通わせることに成功したカインにとって、この知らせはまさに青天の霹靂。
「このままでは、本当に婚儀は延期だ……!」
「カイン様にとって一年延期は一日千秋の思いでしょうが、あの二人にとっては誤差程度。とくに兄上からすれば一年など昼寝にも満たない時間ですから」
カインの父、前竜王は一度寝ると数十年は起きない。
魔力の高い者に無理やりにでも起こされない限り、けっして目を覚まさないのだ。
「このさい父上は不参加でも構わない! 婚姻の儀式に必要なのは、花嫁の《追想の儀》のみ。母上さえいれば事足りる。母上だけでも捜し出せ!」
しかしその命令に、ゼルギスは首を横に振った。
「義姉上はご自分の用事ですら、兄上の首根っこを引きずって連れていく方ですよ。兄上と義姉上を切り離して考えるのは得策ではありません。……歴代の花嫁の中でも稀にみるあの気の強さは、虎族の血筋ですかね」
しみじみと呟くゼルギスに、カインは頭を抱えた。
母親の性格を思い出すと、暗澹たる気持ちに陥る。
婚儀のためには帰ってきて欲しいが、そうでなければあまり帰ってきてほしくない――というのが正直な気持ちだった。
「父上も相当だが、母上のあの自分本意な性格もどうにかならないのか……」
「その点に関しましては貴方も人のことは言えませんよ。最近、ミレーユ様のお部屋に入り浸りすぎです」
ここぞとばかりに、釘を刺される。母親の話から、思わぬところに話が飛んでしまった。
「本来婚儀までは花嫁との接近は禁止だというのに、好き勝手ミレーユ様とお会いになられて……。当初の約束をなかったことにしていませんか?」
「竜約の力に屈しなければ灰にならないんだ。もはや禁止する必要性を感じない」
幼いとき出会った少女、ミレーユに一目惚れしたカインは、《竜約》という竜族特有の婚約を交わした。
初代竜王が生み出した古代魔術の一つである竜約は、成立すれば花婿には右手の甲に、花嫁には胸元に印が刻まれる。
竜印は花嫁に対し外的攻撃をなそうとする者、欲をもって手を出そうとする者から花嫁を守る最強の盾となる。
しかし、これは竜約を交わしたカインにも有効で、婚儀前にほんの少しでも欲を持って触れようとすれば、たちまち竜約が発動し竜王ですら炭と化してしまうのだ。
本来なら、カインも婚儀前のミレーユには指一本触れられない。
だというのに、恐るべき下心なのか、はたまた才能か。
けっして越えることができないといわれる初代竜王の施した竜約の力を超越し、カインは回復特化することで、これをしのいでいた。
「確かにカイン様の魔力は驚嘆に値しますが、その力がどこまで通用するかは不確定。危ない橋を渡らせないことも、宰相たる私の義務です」
「危ない橋だろうがなんだろうが、ミレーユに触れることの方が最優先だ!」
憮然とした抗弁を吐くカインに、ゼルギスはこれ見よがしにため息をついた。
「少しは懲りてください。昨日も竜印から攻撃を受けられていたでしょう」
「あれはミレーユがよろけそうになったのを助けようとしただけだぞ! 竜印はもっと空気を読むべきだ!」
「貴方の欲が全開だったのでしょう。自重してください」
サラリと窘められ、カインは納得がいかぬ顔で口を曲げた。
そんな若き王の態度に、思わず本音が零れる。
「接近禁止も接触禁止もないも同然なら、この際、婚儀が一年延びたところで支障ないのでは?」
とんでもないことを言い出したゼルギスに、カインは声を荒らげた。
「支障ないわけあるか! ミレーユに気づかれぬように触れるのに、どれだけ私が苦労していると思っているんだ!」
回復特化で傷を癒しているとはいえ、竜印がカインに対して攻撃していることをミレーユに知られれば、彼女は必ず自分と距離を取ろうとするだろう。
そうならぬよう、しかしささやかな接触は甘受したいカインは必死にこの事実をミレーユに隠していた。
「とにかく、数カ月を待つだけでも長いというのに、これ以上婚儀が延びようものなら、私は竜印の制止すら振り切る自信がある!」
そうなった場合、果たして初代竜王の古代魔術が彼を灰とするのか。それともカインの魔力がそれを上回るのか。
「関心がないと言えば嘘になりますが、そんな運を天に任せるようなまねを貴方にさせるわけにはいきません」
諌言を口にしつつ、ゼルギスはおもむろに世界地図を広げた。
「手の空いている竜兵は、すべて捜索隊に回し。現在、東西南北の全域に配備しております。各諸国にも見つけ次第報告するよう通達済みです」
ゼルギスとて本気で一年延期を検討しているわけではない。打つ手はすべて打っていた。
「とはいえ、相手は兄上ですから」
いまできる最善策を口にしながらも、その表情は暗い。いくら投入したところで、竜兵では埒が明かないのが実情だった。
普段の前竜王は、彼の周りだけ時が止まっているのかと思うほど緩慢だが、逃げ出すことに関しては竜王の力を遺憾なく発揮し、異様に俊敏。本気をだした前竜王に追いつける竜兵は皆無だ。
「…………こうなったら、私が捜しに行く方が早いな」
カインは苦肉の策を呟く。
ミレーユの傍から片時も離れたくないのが本音だが、そうも言っていられない。
このまま婚儀延期となる方が問題は大きい。
すぐにでも飛び出さんばかりのカインに、ゼルギスが告げる。
「ならば、私が参りましょう」
「……お前が?」
「カイン様が不在となれば、ミレーユ様も不審に思われます。婚儀を前に、以前のようなすれ違いが起こっては元も子もありません」
カインたち竜族は、自国のルールに従った結果、ここに至るまで数多くの不都合を起こしていた。
これ以上、面倒事につながることは避けたい。
「なにより、兄上を捜すことに関して私ほど適任はおりません。年季が違いますから」
幼いときから幾度となく失踪する兄を捜す役目は、弟である彼の仕事だった。
ゼルギスは命令への完遂を約束するように一礼すると、すぐにでも発とうと身を翻した。
しかしある重要事項を思い出したカインが、素早く声で制する。




