コミカライズ1巻発売記念SS
こちらはコミカライズ1巻の時間軸なので、ミレーユとカインのすれ違いは継続中でございます(*'ω'*)
ミレーユがドレイク国でルルと再会した次の日。
自国とは違う豪華絢爛さが珍しいのか、ルルは部屋の探検をし始めた。
「わ、姫さまのベッドふわふわです! ルルのお部屋のベッドもふわふわで、シーツもすべすべだったんですよ!」
ミレーユの寝具周りを確認すると、今度は天井を見上げシャンデリヤを指さす。
「あの照明、なんであんなにきらきらしてるんですか?」
「とてもたくさんのガラスが使われているからよ。灯火に反射して輝きを放っているの」
「ふぇ~」
ひとつひとつを眺め見て。あらかた見終わった後、虹石の砂時計の前でくると、ルルは呆けた顔で立ち止まった。
「うわぁ……、すごい。これがいちばんきらきらです!」
棚の天板に顎をおき、砂時計をうっとりと見上げながら、
「すごく甘くておいしそうですぅ」
ゴクリと喉を鳴らした。
虹石の美しさに心を奪われているのかと思えば、やはりルルはルル。色気より食い気に勝るものはない。
刺繍をしながらルルの探検を見守っていたミレーユは苦笑しつつ、やんわりと告げた。
「ルル、虹石はとても高価で貴重な宝石だから、触れないように気をつけてね」
「こうかで、きちょう……って、どれくらい高いんですか?」
天板に両手を置いたまま、振り返って問う。ミレーユは少し考え込み。
「そうね……。齧歯族の国民全員の食糧百年分くらいかしら」
金額に換算すれば実際はもっと値がはるだろうが、できるだけルルに分かりやすい例で伝える。
瞬間、ルルがいままで聞いたことのない悲鳴をあげ、部屋の反対側にまで飛びすさった。
運動神経があまりよくないミレーユでは、絶対にできないすばやい反射だ。
朝の支度にきていたナイルまでが「まぁ、お早い」と感心の声をあげた。
生き物の頂点である竜族が感嘆するほどの身体能力を見せつけたルルだが、誇る余裕はなく。部屋の片隅で小さく丸まって震える。
「それ、こわいですっ。そんなたかいの傷つけたりしたら、一生はたらいてもルルにはべんしょうできません!」
ルルは何もない所でも転んでしまうことが多い。転んだ拍子に運んでいたティーセットをシルバープレートごと砂時計にぶちまけてしまう自分を想像したのか、涙目で訴えてくる。
「ご安心ください。この砂時計はわたくしたちでも破壊できないほど頑強な作りですし、虹石もとても硬度の高い石です。そう簡単に傷つけることはできませんわ」
「……本当に、こわれません?」
「はい」
「きょうこって、どれくらいつよいんですか?」
「そうですね。竜王陛下がうっかりしなければ、大抵の衝撃には耐えられるかと」
「ふぇ? 竜王さまのうっかりって、どれくらいなんですか?」
「街が半壊します」
「はんかい……。じゃあ、ルルはだいじょうぶですね! よかった~」
さらりと答えたナイルの言葉にルルはホッとして胸をなでおろしているが、傍で聞いていたミレーユは気が気でなかった。
ドレイク国の街並みは広大だ。あの規模の街が半壊するなど、どれほどの威力なのか……。
しかも本気の攻撃でなく、うっかりでそんなことに?
考えただけでゾッとする。
竜族が神の種族、竜王は神の末裔と言われる所以を思い知らされた気分だった。
(それほどの方を謀っていたことが知られたとき、私一人の命でまかなえるのかしら……)
罪の大きさに比例するであろう罰を考えると、針を持つ手も止まる。
冷や汗を流していると、ナイルが大理石でできたジュエリートレイを差し出してきた。
「それではご安心いただいたところで。――ミレーユ様、本日の装飾品をお持ちしました」
「え……」
恐る恐るトレイに顔を近づければ、髪飾り、耳飾り、腕輪、指輪が整然と並べられ、眩い光を放っていた。
髪飾り一つにしても、ルビーを赤薔薇に模し、大粒のダイヤモンドと雫型のパールをいくつも連ねた大変豪華なものだ。
この髪飾りだけで、いったいいくつの宝石を使用しているのか。怖くて数えることもできない。
「あ、あの……ナイルさん。用意していただき大変心苦しいのですが、このような高価な装飾品は私には不相応で、身に余ります」
やんわりと辞退を告げるが、ナイルは美しい笑みを浮かべ、頭を振る。
「こちらはミレーユ様の髪質や肌色に合わせて用意したものです。必ずお似合いになります。不相応などとんでもございませんわ」
「ですが……」
「おつけいただければ、きっとご納得いただけるはずです。さぁ」
有無を言わさない圧に、結局ミレーユが折れ、豪華すぎる装飾品を身に着けることになってしまった。
(ああ。傷でもつけてしまったらと想像するだけで胃が痛いわ……)
さきほど虹石の砂時計を壊さないか心配していたルルの気持ちが痛いほど理解できる。
ミレーユはキリキリと痛む胃に手をあて、今日一日、装飾品がどこかに接触して傷付かないよう、最低限の動きだけで過ごすと心に決めた。
***
「ミレーユが装飾品に気兼ねしている?」
「はい。不相応だとおっしゃられるのです」
ナイルからの報告に、カインは首を傾げた。
「どこがだ? よく似合ってたじゃないか」
「はい。とてもよくお似合いでいらっしゃることは、再三お伝えしているのですが……。どうやら用意したものが、ミレーユ様の中では豪奢にうつるようで」
「そうか。まぁ、ミレーユが嫌がるなら」
着飾った姿も美しいと思うが、着飾っていようがいまいがミレーユはミレーユ。装飾品の有無によって、それらが変わるものではない。
「無理に強制するのも可哀想だ。装飾品はなくてもいいだろう」
「よくございません!」
ナイルは納得しかねる顔で眉を寄せ、語気を強めた。
「確かにミレーユ様の優美さは、装飾品一つで損なわれるものではございません。ですが、せっかくお似合いですのに」
それに、色合いの美しいドレスと宝石を合わせることで、一層引き立つミレーユの姿を見ることは、ナイルだけでなく女官たちの楽しみでもある。
「わたくしたちから、それを奪われると?」
「いや、それはミレーユの意思を無視した個人的なエゴだろう……」
「もちろん理由はそれだけではございません。もう一つ、大きな不都合がございます」
「なんだ?」
「このまま二代に渡って皇后が装飾品を好まないとなりますと、宝飾職人や彫金師の者たちが嘆き、腕も衰えてしまいます。これは由々しき問題です!」
「由々しき? そうか? 取って付けたような理由にも聞こえるが……」
やはり一番の理由は、ナイルたちがミレーユを着飾りたいだけにしか聞こえない。
こっちは会いたくても会えないというのに。
なんだか納得がいかず、カインが頬杖をつくと、長椅子で書類の確認をしていたゼルギスが思い出したように言った。
「確かに、姉上もあまり装飾品を好まない方でしたね。接点のないように見えて、お二人とも衣装や装飾品に興味を持たれないという点では共通されていらっしゃいますね」
何気なく言われ、カインは嫌そうに顔をしかめた。
「母上と同列に語るのは止めてくれ。あの人は邪魔くさいから好まないだけだろう。ミレーユの質素倹約という尊い精神とはまったく異な…………そうか」
ふと思いつき、顔を上げる。
「ナイル。なら、こういうのはどうだろう」
そう言って、一つの提案をした。
***
「ミレーユ様、本日はこちらをご用意いたしました」
「あの、装飾品は昨日もお断りさせて……ぁ」
今日こそは断るつもりで長椅子から立ち上がる。
しかし、ナイルが持ってきた装飾品は昨日とは趣きが異なっていた。
髪飾り、耳飾り、腕輪、指輪が並んでいるのは同じだが、今回の装飾品は全体的に細身で、はめられている宝石も小粒ものばかりだった。
「こちらなど、ミレーユ様の指にぴったりかと」
そういって、装飾品の一つである指輪をミレーユの薬指にはめる。
指輪は柔らかな色合いのピンクゴールドの細めの地金、中石は小粒のピンクダイヤ。外側と内側にはアイビーが彫られている。
「可愛らしい……」
宝石のサイズが小さくなっただけで精神的疲労が軽減し、純粋な賛辞がこぼれたが、そこでハッと我に返り、ぶんぶんと頭を振る。
(いいえ。小粒とはいえ、色の輝きはすごいわ。脇石のダイヤも目がチカチカするほどの煌めきを放っているし、地金部分の装飾もすごく緻密……)
きちんと見れば、かなり値のはる逸品だと分かる。
「どうでしょう? こちらでしたら気軽に装っていただけるのではないかと、職人に急遽依頼し、一晩で仕上げさせました」
「え?? 一晩で……、ですか?」
「はい」
「…………」
このクオリティーをたった一晩で?
短時間でこれだけの装飾品を仕上げるなど、自国では絶対に無理だ。
(いえ、いくらドレイク国の職人さんでも無理難題だったはず……っ)
「あ、あ、あの、そのようなご無理をしていただくのは……。宝石も美しい輝きを放った、とても貴重なものとお見受けいたしますし」
「まぁ、お気に召していただけましたか! こちらの宝石は、ミレーユ様によくお似合いになるだろうと、カイン様がお選びになられたものなのです」
「っ?! カイン様が?!」
思いがけない事を伝えられ、驚きに声がひっくり返った。
「はい。本日お持ちした装飾品は、すべてカイン様がお選びになった宝石を使用しております。ミレーユ様の華美なものを好まれない慎ましいご精神にカイン様も感銘され、小粒の宝石を取り寄せるようにと」
「……っ!?」
まさかカインの名が登場するとは思っていなかったせいで、心臓が不規則な運動をし始めた。
脈と呼吸も乱れ、自分でも驚くほど狼狽しているのが分かる。
「お、お心遣いは大変嬉しいのですが、カイン様の貴重なお時間を、私などのために消費していただくわけには……!」
「楽しげに選ばれていらっしゃいましたわ。色合いも指元を強調しすぎない淡い宝石を厳選し、熟考ののち、こちらに決められたそうです」
思わずひぇっと声が上がりそうになった。
いままで異性に贈り物をもらったことも、ましてや時間をかけて選んでもらった経験など皆無だ。
え? え? え? と、頭がパニックを起こす。
バクバクと高鳴る心臓を右手で押さえ、ミレーユは唇を噛みしめた。
カインの配慮は、自分がエミリアの姉だから。それだけのことだ。
頭では分かっているのに、感情が混乱する。
このままでは身の程知らずな想いがせり上がってきそうで、ミレーユは必死に首を振ってそれを封じた。
この動揺は、竜王であるカインの手を煩わせてしまったことへの恐れ多さだ。そう、動転してもおかしくない事態に震えているだけだ。
(落ち着いて。……そうよ、これが親族に対する歓待のお気持ちで贈って下さったものだとしても、受け取ってはいけないわ。自分の立場を弁えなくては)
あくまで自分は罪人だ。それを忘れてはいけない。
ふっと小さく息を吐き、ミレーユは指輪を外して返そうとした。
「あの、やはり、私には……」
「そうでした。カイン様よりご伝言です。本日の品も華美に映るようでしたら、また別の宝石を選び直し、何度でも職人に製作させるとのことです。ですから、お好みでなければご遠慮なくおっしゃってくださいませ」
「…………え……?」
何度でも?
もしかして、これはエンドレスリピート案件なのだろうか?
上昇していた体温がいっきに下がり、いつもの貧乏性が顔を出す。
自分が拒否すれば拒否しただけ、職人の手間が増え、カインの時間まで無駄に削られる?
それは、一体いくらの損失だろうか?
昔から計算は得意だったはずが、すぐに算出できない。
完全に固まっているミレーユに気づかないのか、ナイルが朗らかに問う。
「どうでしょう、ミレーユ様。こちらの品々、お気に召していただけましたでしょうか?」
「…………は、はい。とても……」
ここまで聞いて、拒否するなど心情的に無理だった。
これがだめ押しとなり、その後ミレーユが装飾品を断ることは少なくなる――――。
カイン→小粒なら大丈夫だろう!
ミレーユ→宝石である時点で怖い!
なので、永遠に交わることのない平行線を走っています。
そんな平行線を走っている二人を、絹莢にえり先生に漫画化していただきました!
コミカライズ①巻も現在発売中ですので、ぜひご覧いただけたら嬉しいです(*'ω'*) https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784824011763&cat=CGB