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エピローグⅢ

 

 遥か昔。ある小さな村に、小さなネズミがいた。

 それは白い毛並みと赤い瞳を持つ、異色のネズミだった。


 その時代、その村では、特別であることは異端として扱われた。


 同じ仲間のネズミからも阻害され、行き場を無くした小さなネズミは、たまたま見つけた人間の手によって囚われ、供物として捧げられる運命だった。


 しかし、それを村の少女に助けられ、白いネズミは彼女のネズミとなった。


 少女は黒い髪と黒い瞳を持つ、まだ十歳にも満たない子供だったが、膨大な陽力を駆使し、村を守る神子でもあった。


 けれど神子とは名ばかり。

 村のために力を酷使しながらも、その強すぎる陽力に村人たちは畏怖し、決して近づこうとはしない。


 少女の力があるからこそ、山間の小さな村が存続でき、暮らしが成り立っていることは、誰の目にも明らかだったというのに。


 住まう場所は、薄暗い小さな石蔵。中には、一人用の座卓と、薄い布団。採光を取るためだけの円形の小窓が一つあるだけ。


 雪が降り積もる時期は、石の隙間から流れ込んでくる冷気で指はかじかむ。


 それでも少女は自分自身を癒すことはせず、ただただ村のためだけに祈りを捧げ、力を使った。


 そんな少女にとって、ネズミは家族だった。《るる》と名付け、大切にした。


 だがしょせんはネズミだ。短命な小動物は、すぐに死んでしまう。


 大切な家族を失いたくなかった少女は、自分の力を与えることで、その命を長らえさせた。

 それが天命に反することなど分かっていても、どうしても失いたくなかったのだ。


 本来なら天寿を全うしているであろう六年の月日が経っても、ネズミは元気に走り回った。

 少女にいつも寄り添い、頭の上や肩の上を走り回り、頬に身体を擦りつける。


 生まれた時から疎外されて生きてきたネズミにとっても、少女は大切な存在。

 ネズミは、優しい少女のことが大好きだった。


 そんな暮らしの中、また少女の元へ、供物にされるはずだった生き物が放り込まれた。


 ネズミの天敵である――猫だ。


 その猫は雄でも雌でもない性を持ち、異端として処理されるはずだったが、白いネズミ同様村人たちは少女に押し付けたのだ。


 猫はたいへんふてぶてしく、ネズミを面白半分に甘噛みしたり、転がしたりした。

 当然ネズミは猫のことが大っ嫌いになった。


 それでも、猫の存在を少しだけよかったと思えたのは、自分の天命を悟っていたからだ。


 どれほど少女が力を使い、生きながらえさせようとしても限界はある。


 終わりはすぐそこまで来ていた。


 けれど、それよりも一足早く、世界は滅びの日を迎えたのだ――――。




 その日は朝から鳥も獣も、魚たちですらどこか怯えていた。


 なにかが来る。得体のしれない何かが。

 人間の力ではどうすることもできない凶事が。


 嫌な予感を覚えていたのは少女も同じだった。

 祈りを捧げ、なにもないことを願うも、それは起った。


 巨大な流星が、この世界に落ちたのだ。

 爆音と共に燃え上がる大地。

 揺れる海はすべてをのみ込み、世界の形を変えていく。

 太陽は遮られ、降る雨は木々の色を変色させた。


 少女は自身のすべての力を行使して村に結界を張り壊滅を防いだが、それはただの一時しのぎにしかならなかった。


 星が落ちたのは、村よりも遠く離れた地。だというのに、この被害。

 終焉という文字が、少女の頭をよぎる。

 悲しいかな、それは現実となった。




 村の男どもが情報を収集し、話し合う。何度も何度も。けれど、結局結論は一つしかなかった。


 この星は、神に見捨てられたのだと、世界は終わるのだと。


 あの日から止まない雨。かと思えば雪に変わり、極寒の世界をつくりだす。


 異常な状態は、もはや少女の力ではどうすることもできなかったが、それでも昼夜問わず、食事すらできない状況で、少女は祈りを強制された。


 そんな中、一度だけ戻れた自室で少女が見たものは、息絶えたネズミだった。


「……るる?」


 体温が失われた身体は、まるでそこにあったはずの命すら嘘だったかのよう。


 ずっと力を与え、生きながらえさせていた。

 その力が弱っていた?

 否、小さな身体で精一杯生きた。ここが限界だったのだ。


 冷たくなってしまったネズミを抱き上げ、少女は声を殺して泣く。


 ただひたらすに泣いて、涙が枯れたころ、村では少女を生贄として竜神に差し出すことが決まっていた。




 村から三つの山を越えた先に住むとされている竜神。かつては多くの国々の重鎮が竜神を捕らえようと躍起になり、命を落としたと言い伝えられている。


 その竜神の元へ、生贄としての向かえと言われた時も、少女は抵抗しなかった。

 言われるがままに、旅支度をする。


 ただ心残りは、猫のこと。

 一人旅立つ日、少女は猫を抱きしめた。


「最後まで名前を付けてあげられなくて、ごめんなさい」


 少女は猫のことも大切に扱ったが、名前だけは付けることができなかった。


 名を付ければ、強い情が生まれてしまう。


 愛せば愛すだけ、大切なものを失う未来が待っている。


 ネズミも猫も、その生は人間よりもずっと短い。


 少女はネズミを失う日々に怯えるあまり、臆病になっていた。


「お前だけは、できるだけ長生きしてね」


 祈りを込めて、少女は猫に力を与えた。


 こんなバラバラになってしまった世界で生きることは難しいだろうが、それが少女にできる最後の愛情だった。


 別れを終えた少女は、吹雪の中、雪に足を取られながらも歩を進めた。


 本来、人間には通れない竜神の結界が張られた道。進めば進むほどに、少しずつ自身の力が失われていくのが分かった。


 たぶん、自分も限界が近いのだ。


 分かっていた。それでも歩みは止めなかった。

 目の前にそびえ立つ竜神の住まう場所。人間は立ち入れぬ神域。

 いま、自分はそこに向かっているのだと思えば、力を振り絞れる。


「……え――?」


 疲れた身体を少し休ませるつまりで山を見上げていたはずが、ハッと気づけば見知らぬ場所に移動していた。


「熱いっ」


 もうもうと上がる煙。下を見れば、マグマが赤く蠢き。上を見上げれば、ぽっかりと空いた噴火口が遠くに見える。


 自分はいま、火山帯の中にいるのだ。


(でも、どうして?)


 ぐつぐつと炎のように赤く煮えたぎる海から、一匹の巨大な竜が姿を現した。

 大きく口を開き、足が竦むような雄叫びを上げる。

 竜神が怒り狂っていることは、すぐに察せられた。


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勘違い結婚
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