永遠の誓いⅡ
(私、いまなにを……?)
自分の中にはなかった記憶が、そっと開く感覚。
訝しみながらも、口元に運ばれた七色の球を飲み込む。味などしないものだと想像していたが、口の中に広がるのは、砂糖菓子に涙が一滴落とされたような甘さ。
瞬間、膨大な量の記憶が頭の中を駆け巡る。
それは、オリヴェルからはじまった。
(これは、竜王様たちの……記憶?)
次々と時代を逆行し、数百年、数千年と時間が遡っていく。
竜王たちが花嫁と出会い、愛し、命を紡ぐ。
ミレーユは静かな時の流れを、まるで物語を読むような気持ちで見守った。
――――そして、最後に見えたのは、優しい紅蓮の瞳だった。
『君の望む世界を創ろう。また君が生まれ落ち、私と出会えるように』
赤々と燃える優しい眼差しが寂し気に細められ、慈愛の声が耳に届く。
(この声は……)
それまでの記憶は、彼らを近くから見つめ、見守ることができた。
けれど、いまはまるで誰かの身体の中に入り込んでしまったかのように、自分の意思では身体を動かすことはできなかった。
『どれだけ時間を刻もうとも、私の記憶が失われようとも、会いにいくよ』
視界がゆっくりと閉じられていく。
もっと、もっと貴方を見ていたのに、終わってしまう。
それを残念に想いながらも、心の内に広がるのは幸福感。
『必ず見つける。――今度は私が』
だって、きっと、また出会えるから――――。
「ミレーユ!?」
耳に親しんだ声に名を呼ばれ、しゃぼん玉が弾けるような感覚と共に、意識が引き戻された。
慈しむような瞳は、いましがた頭の中で自分を見つめていたものと同じだった。
不意に、すべてを知った。いや、思い出したのだ。
この世界の終わりと、はじまりの日を――――。
(ああ、そうだったんですね。貴方は……)
自然と涙が零れ落ちた。
記憶すら引き継げないほどに、全ての力を失ってでも貴方が残してくれた世界。
十年前の出会いは、偶然ではなくて。
彼は記憶を失っても、見つけてくれたのだ。
「大丈夫か?」
心配そうに顔を覗き込むカインを前に、ミレーユはほほ笑んだ。
「この世に生を受け、カイン様の花嫁になれたこと。この幸福を、私は一生忘れません」
目を涙で濡らし告げるミレーユに、カインもほほ笑み。
「私もだ。きっと君と出会うために、私は生まれてきたんだ」
顔が近づき、誓いのキスが下りてくるのを、ミレーユは顔を上げて待った。
星の煌めきがより一層光を帯び、流星が光芒を放ちながら走り去る。
唇が重なると同時に、遠くで花火が上がり、空を覆うほどの熱気球が飛ぶ。
光の渦は、まるで夜が明けたかのようで。
夫婦となった二人は、いつまでも唇を重ねていた。




