変わらぬ想いⅩ
「……では聞くが、その男と共にどうやって罪を洗うというんだ?」
少しいじわるな問いかけに、ミレーユは口元に手を当てながら、熟考する仕草を見せた。
本気で思考を巡らせている彼女に、カインは嫌な予感を覚える。
僅かな時間、ざっと考えをまとめたのか。ミレーユは、いま答えられる範囲の回答を口にした。
「私は鷹族の国力や種族性についてはほぼ無知ですが、すぐに理解して見せましょう。それをもって、どうやってお返しできるか。ドレイク国の歴史とすり合わせ、十分にルトガー様と話し合って――」
「ぜっったいにダメだっっ!!」
二人で話し合いなど、だれが許せるものか。
しかも、すぐに理解するの『すぐ』が、不眠不休を意味していることは一目瞭然。
ただの時間稼ぎではなく、即日実行するだろうミレーユを容易に想像できる。
カインはしばしの熟考後、やがて諦めたように口を開いた。
「わ、分かった……。今回だけは不問にしよう。――だが、次はない! 次は有無を言わさず焼き払うからな!」
ルトガーを指さし宣言すると、顔も見たくないとばかりに竜兵に鷹族に送り返すように指示を出す。しばらく国から出るなと付け加えることも忘れずに。竜王の花嫁を害そうとした罪としては、かなり軽い采配だった。
「……寛大なご処置、感謝いたします」
ルトガーはもう一度膝をつき深く頭を下げると、そのままの態勢でミレーユに問いかけた。
「花嫁殿、どうしても一つだけお聴きしたい。貴女はなぜシルビオの名を知っていたのですか?」
「……なぜかと問われると、私もうまくお答えすることができません。ただ、床に手をついた瞬間、まるで水晶石が語り掛けるように訴えてきたのです」
それは英雄たちの魂だったのか。
我が王を救ってほしいと願う声が響き、塔に残る記憶のようなものが頭の中を駆け巡っていった。
「自分でも不思議だと思います。私はどうやら石に縁があるようで……」
うまく答えられない申し訳なさから、ミレーユは困ったようにほほ笑む。
すると、彼はミレーユの前でかしずき。
「受けた恩義は必ずお返ししましょう。――我が、新たなる王に祝福と忠誠を」
ルトガーは言葉と共にミレーユの右手を手に取ると、その甲に唇を落とした。彼なりの誠意のあらわれだったのだろうが、もちろんカインが黙っているわけもなく。瞬時に怒号が響き、一筋の火炎がルトガーの目の前を走る。
「ミレーユに触るなっ、近づくなっ、見るなっ!」
なんだか子供のような威嚇だが、持っている力はそんな可愛いものではない。
磨きあげられた白大理石の床には大きな亀裂。
この石は、魔石の力で強化された特殊なもののはずだというのに、見るも無残な傷となってしまった。
「カ、カイン様……」
本気で当てるつもりのない牽制の攻撃だったとしても、被害額が大きすぎる。
しばし呆然とするミレーユとは裏腹に、こういうことには慣れ切った竜兵たちが何事もなかったかのように無言でルトガーを連れていく。
ルトガーを見送ると、ミレーユはカインの方へと振り返り、小さく頭を下げた。
「だまし討ちのような約束を取り付けてしまい、申し訳ありません」
「いや、叶えると言ったのは私だ。……ミレーユの不屈の精神を忘れていた」
言いながらも、やはりルトガーを許すことはよほど嫌だったようで、「あぁああ」と、頭を抱えて呻く。しかし、その声もすぐに止まり。
顔にかかる金色の髪越しにミレーユを見つめ、小さく問いかけてきた。
「……嫌気がさしたか?」
「?」
どういう意味か分からず、ミレーユは首を傾げた。
「私があの男を火の海に沈めたかったのは、ミレーユを連れ去ったことだけが原因ではない。……初代竜王の、花嫁に対する非道な行いを君に話したと聞いて、我を失った」
「それは……。それほど隠しておきたかったということですか?」
「当然だ! 初代竜王は竜族にとって神にも等しい存在だが、彼が犯した蛮行だけは理解できない。口にすることすら、一族の中では禁忌とされている」
南の大陸でも、知っているのは一部の王族のみ。口にすれば、待つのは死。
どれだけ機密であったが窺い知れ、ミレーユは小さく呟いた。
「そう、だったのですか……」
「真実を知り。同じ竜王の血を継ぐ私に対し、ミレーユが恐怖心を抱くのではないかと……ミレーユ?」
「カイン様も、初代竜王様が花嫁様の命を奪ったと思われていらっしゃるのですね」
「思われているというか……、歴史上の事実なのだが……」
「そうでしょうか。私はまったく腑に落ちませんし、信じられません」
あまりに強く否定され、カインの方が戸惑ってしまう。さらに続けてミレーユは問う。
「そのお話は、本当に真実性の高いものなのですか? どのような記述で残されていらっしゃるのでしょう?」
「記述……いや、口伝だが」
伝えた途端、ミレーユの眉間が寄る。
情報の信ぴょう性が曖昧になる口伝。しかも、竜族の性格では伝達にも齟齬が生じている可能性が高い。
「初代竜王様が花嫁様に手をかけたなど、とても信じられません。そんなありもしない事実を前に、私がカイン様に対して恐怖心を持つなどあり得ません」
いつものミレーユとは違う力強い言葉に、なぜかカインの方が気圧されて、幼いころから嫌というほどに教え込まされた禁忌さえ、誤りだっただろうかという気にさえなってくる。