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変わらぬ想いⅢ


(そうとなれば、あとは何としても帰還を目指すだけだわ。明日の婚儀までには、なんとか戻らないと)


 宝石の類は回収されてしまったが、竜印を警戒してか、彼らがミレーユに近づくことはなく、拘束もされていない。


 敵はルトガーをいれても十人に満たないが、正装着を脱ぎ、民族衣装の衣を羽織った彼らの腰には大小の剣がぶら下がっている。兵の数も、今後増えないとは限らない。


(私があと使える術は、遠くの周波数を拾うことと、仮死の術で疲労を少し回復することだけ……)


 こんな砂漠では音を拾っても意味はない。仮死の術など、この場では論外だ。


 焦りで額に汗がにじむが、ここで焦ったところで劣勢は変わらない。


 ならば少しでもこの場を好転するべく、情報をかき集め時間を稼ぐのみ。


「十年前の報復と仰っておられましたが、一体どういうことでしょう。告示が戦の終結へと導いたとお聞きしておりましたが、本当は不服であり、その根源である私へのお怒りが、今回の行動に繋がったのでしょうか」

「――百年」

「え?」

「百年ですよ。熊族との決着のつかぬ戦いは百年続きました」


 想定以上の長い戦争だった。

 瞠目するミレーユに、彼は続けた。


「両国一歩も引かず、休戦状態のときですら諍いは多発し、長きに渡って死者をだしました。鷹族も、寿命はけっして短くありません。それでも百年はあまりに長い」


 領土争いの小競り合いから端を発し、戦は大小数えきれず。

 話し合いの機会すら、血を見ずに終わることはなかったという。


「十年前、あの告示を受けた日は、長年の遺恨の集大成ともいえる大戦がはじまろうとするまさにその時でした――」





 両国の長い戦いに決着がつく、最終決戦の日。


 いままさに開幕の銅鑼が打ち鳴らされようとしたその瞬間、彼は空から現れた。


 竜王の儀式に入ったカインの名代を受けたゼルギスが、濃いアメジストをちりばめたような翼を広げ。悠々と高みから両軍を見下ろし、そして命じたのだ。


「次期竜王になられる若き主君の命令です。どの種族間も例外なく争いごとを禁じろと。仰せの通り、貴方がたには戦を止めていただきます」


 物腰柔らかな声が、至上命令を下す。

 もちろん両国とも唖然とし、当然のように反発した。


 だが相手は竜族。しかも、ゼルギス・ドレイクだ。

 竜族の中でも、翼を持てる者は数少ない実力者のみ。


 本来竜王の座についてもなんらおかしくない俊傑としても知られている男が、異論など許すはずもなかった。


「貴方がたも、今日まで十分争ったでしょう。これ以上弱者同士が戦ったところで、あまり意味はないと思いますよ」


 呆れたような言い方に、兵たちが怒りの声をあげる。


 ゼルギスの翼から放たれる威圧も、戦直前、死を覚悟してでも憎き相手の首を打ち取ってやろうという異様な高揚感を持っていた兵たちの闘争心を煽る。


「仕方ありませんね。我が次期王に逆らうというのならば――」


 彼は何万と揃う大軍をざっと見ると、軽やかな笑みを浮かべ、人差し指に小さな魔力を込めた。


 直後、放たれた魔弾は鷹族と熊族の間にあった境界線に直撃し、大地を二つに割った。


 軍勢を容易に呑み込むほどの長く巨大な裂け目は、底が見えず奥深くまでえぐられた。


「二打、ですね」


 彼は無造作に言い放つ。


「二打あれば、容易に壊滅できます。さて、どちらが先に食らいたいですか?」


 たった一打。それも軽く放たれたものが、大地を割ったのだ。威力は桁違い。


 それは、その場にいた全員の戦意を喪失させるに十分な力だった――。





「百年に渡る怨敵に対し、一切の刃を禁じられた。あの戦に至るまで、いったい何人の戦士が死んでいったと思う? 国のために命を捧げた者たちに、竜族に屈服したために仇が取れなかったなどと、そんな報告できるはずがないだろう!」


 それまで崩れなかった彼の言葉が荒々しく尖る。

 額を押さえ、怒りを抑えようとするも、感情の高ぶりは納まらず。


「せめて戦で勝利すれば、彼らの魂も浮かばれるはずだったんだっ。いままで一切の干渉をせず、この百年仲裁に立つことさえなかったというのに、それを小娘一人のためになら動くのか!」


 憎々し気に吐き出すと、己を律するように肩で息を整え、やがて小さく呟いた。


「あの男も、奪われる苦しみを知ればいいんだ……」


 鋭い眼光を向けながら、ルトガーは腰に差していた剣をゆっくりと引き抜いた。


 長剣の切っ先が、真っすぐにミレーユの喉元を狙う。


 ゆらりと、まるで何かに憑かれているかのような動きは、まるで彼自身が死人のようだ。


(時間の経過と共に、ルトガー様の様子が目に見えておかしくなっている)


 淀んだ黒青の瞳は、一層黒く塗りつぶされているかのように生気を失い、顔は青白く染まっている。兵たちも、そんな彼を気づかわしそうに見守っているのが見て取れた。


 向けられた刃よりも周囲に目をやるミレーユの様子を余裕と受け取ったのか、ルトガーは剣を握ったまま笑った。


「竜印の力が盾となって守ってくれると信じているようだが、君の竜約はすでに解消されている」

「え……?」


 笑いながら胸元を指さされ、思わず下を見るも、そもそも齧歯族のミレーユに竜印を視認できるほどの力はない。


「言っておくが、嘘で混乱を誘っているわけではない。その証拠に、君の連れ去りを決行したのは、胸の竜印が消えたことを確認できたからだ。下手に近づいて、竜約の炎に焼かれては困るからな。だが、いまは違う。たとえ君に悪意を持って触れたとしても、竜印が君を守ることはないだろう」


 竜印を警戒し、近づかぬようにしていたのではなく、竜印が消えたことをミレーユに気取られないために近づかなかったのだというルトガーの言葉も、ミレーユの耳にはうまく入らない。


「竜印がない……どうして……?」


 盾となるものが無くなった不安よりも、なぜという疑問の方が大きかった。


 お互いの気持ちに一切の曇りが生じなければ、竜印が消えることはないはず。


 それが無くなっているということは――。

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勘違い結婚
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