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消えた竜印Ⅱ

 

「……頑張れ?」


 兄にしては端的なエールに、ミレーユは首を傾げた。


 いつもの兄なら、もっと細かい金言をくれるのに。


 不思議に思っていると、ふと遠くに見える外庭に、誰かが立っているのが目の端に映った。


 太陽の陽を浴びて輝く金髪。遠くからでも分かるほどに神々しい光を放っているその姿は、カインにも酷似していたが、違う。あれは、エリアスだ。


(帰っていらっしゃるんだわ!)


 いまなら少しだけでも話ができるかもしれない。


 空の庭園内に設置されている時計をガラス越しに見れば、ナイルが迎えとして指定していた時間はすでに過ぎていた。時間を厳守するナイルにしては珍しい。


(どうしよう……。ナイルさんを待つべき? でも、いまを逃したらお話しできる時間がもてるかどうか……)


 居ても立っても居られなくなったミレーユは、すぐに戻ってくるつもりで駆け出した。






「どちらに行かれたのかしら?」


 上から見た位置では、確かこの辺りだったはずと辺りを見渡せど、エリアスの姿は見当たらない。


 ミレーユが空の庭園から外庭に降りるまでの時間で、彼女はもうどこかに移動してしまったようだ。


 それでも近くにはいるかもしれないと、視線を遠くに向けながら探し回るも、外庭は広大。しばらく走り回りまわったが、エリアスの姿は見つからない。


 広大な庭を走り、背の高い常緑樹が立ち並ぶ区画まで来たとき、ミレーユはキョロキョロと視線を動かすあまり、横から歩いてきた人物に気づくのが遅れた。


 あわや衝突する寸前、しかし相手が先にこちらに気づき、足を止めてくれた。


「っ……これは、失礼。花嫁殿でしたか」

「ルトガー様」


 散歩中だったのか、彼の肩にはフェイルが乗っていた。


「た、大変申し訳ありません、急いでいたもので!」


 ミレーユはすぐさま謝罪を口にした。


 続けて衝突を避けてくれた感謝を伝えると、彼はミレーユの様子がおかしいことに気づいたようで。


「なにかお探しでしたか?」

「えっと……」


 この場合、自分はエリアスのことを義母上様と呼んでも差し支えないものだろうか。

 しばし考えた末、名で呼ぶことにした。


「エリアス様を見られませんでしたか?」

「至宝の君をですか。いいえ、お会いしておりませんね」

「そうですか……、ありがとうございます」


 礼を言って後にしようとして、そういえば以前出会ったとき、彼の言葉が途中だったことを思い出した。


『もちろん赤竜王陛下が無慈悲な方とは思いませんが、貴女様への想いは計り知れないものがございます。なにせ――』


 その続きは何だったのだろう。


 気になったミレーユはあのときの言葉の続きを問いかけた。ルトガーは「ああ、あれですか」と軽く頷き、公然の事実を口にする体で言った。


「あれは『幼竜の身で竜王の儀式を行った方ですから。一刻でも早く、婚儀を執り行いたいと無理をなさったその行動力には感嘆致します』とお伝えしたかっただけですよ」


 竜王の儀式という単語にハッとする。


 ゼルギスが口を滑らせたとばかりに発していた言葉。カインはたいしたことのない儀式だと言っていたが……。


(幼竜の身で……。無理をなさった……?)


 彼の言葉を拾い上げれば、とてもたいしたことのない儀式だとは思えない。


「竜王の儀式とは、それほど大変なものなのですか?」

「ご存じありませんでしたか? 竜王の力を受け継ぐ儀式は、器量によっては生か死か。とても幼い身で行うようなものではございません。莫大な魔力を身体に取り込み、自分のものとするのですから。私から見ても、赤竜王陛下が引き継いだお力の大きさには怖気が走ります。たとえ竜族でも、並みの者ならば一瞬で自我を失い、身体を粉砕するほどの量です」

「ッ!?」


 思わず零れそうになった悲鳴を、なんとか口元を押さえることで呑み込む。


「幼い身で竜王の儀式を行ったことも常軌を逸していますが、それを許す黒竜王陛下も黒竜王陛下です。いくらカイン竜王陛下が赤竜の生まれとはいえ、よくお許しになったものだと驚きます。よほど貴女様との婚儀を急ぎたかったのでしょうが」


 彼の話をミレーユは黙って聞いた。


 ほとんどが初めて聞く情報ばかり。


 のみこむまでしばらくかかり、すぐには言葉を発することができなかった。


 狼狽の色を濃くするミレーユに、ルトガーは少し焦ったようだ。


「弱ったな……。貴女様がまったく知らなかったということは、赤竜王陛下はこのことを秘密にしたかったということになります。失礼を承知の上で申し上げますが、私が口を滑らせたことはどうかご内密に」

「いいえ、こちらこそ教えてくださりありがとうございます。けっしてルトガー様のお名前はお出ししないと誓いましょう」


 言葉を紡ぎながらも、頭の中は竜王の儀式の話でいっぱいだった。


(カイン様は、ヴルムは、死すら覚悟しなければならない儀式に挑まれていたというの? 私との約束を果たすために……)


 もしもその儀式で命を落としていたら――想像するだけで、心臓がバクバクと嫌な音を立てる。


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勘違い結婚
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