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至宝の君Ⅵ


「オリヴェル様の髪質こそ無駄に頑丈なのですから、放っておいてもよかったでしょう!」


 わなわなと怒りを露わにするナイルに、エリアスはシレっと、


「私の物をどう扱おうが私の自由だろう」


 と宣った。


 夫を、しかも先竜王を『自分の物』扱いするエリアスに、ミレーユはあんぐりと口を開けた。


 すごい。これほど傲慢なことを、これほど自信満々に告げてもなお、それでも誰も異を唱えない。カインもゼルギスも、ナイルですら。


「大体、髪を切った程度で、なにをそんなに怒っているんだ。別になんの支障もないだろう」

「大いにございます! 婚儀ではミレーユ様を神殿へとご案内するお役目があることをお忘れですか!」

「それと髪になんの関係がある。儀式に影響するわけでもなし」

「十分影響いたします! これでは――――どちらが花婿か分からぬではありませんか!」


 ナイルの怒声に、それまで母親の髪など微塵も気にしていなかったカインがギョッと反応した。


 腰に右手を当て、堂々たる態度でふんぞり返っているエリアスは、確かにこの場にいる男性陣の誰よりも雄々しく見える。


 ミレーユと並ぶ母親を想像したのか、カインは素早く命じた。


「ナイル、いますぐ髢を手配しろ!」

「義姉上の勇ましさは、いまさら髢一つで隠せるものではないと思いますが……」


 息子と義弟のさんざんな言葉にもエリアスは飄々としていたが、ふと思い出したかのようにナイルに尋ねた。


「そんなことよりナイル、私の荷物はどこだ」

「この話の流れで、よくそこまでご自分のご用事を優先できますね……。お荷物でしたら珠玉の館に移しましたが、母国の方々がすべて持ち帰られてしまいましたよ」


 ナイルの返答に、エリアスが舌を打つ。


「なんだ、また逆戻りか。――仕方ないな。いくぞ、オリヴェル」


 当たり前のように出て行こうとする両親を、カインは慌てて塞ぎ止めた。


「また出かけるつもりですか!?」

「必要なものがあるからな。婚儀前には戻ってくるから安心しろ」

「なら、せめて父上は置いていってください!」

「なぜだ?」

「必ず戻ってきてもらうための保険ですよ!」


 つまり人質だ。これにエリアスは顔を顰めた。


「なにを言っているんだ。私が出かけるならオリヴェルも共に行く。私が留まるならオリヴェルも留まる。決まっているだろう!」

「いや、誰が決めたんですか……」

「私が死ねば、当然オリヴェルも死ぬんだ!」


 ――――重い。夫婦間の定義が重すぎる。 


 これにはさすがのカインもうんざりとした顔で、それ以上は引き留めることを諦めた。


 妻に自分の死まで定められたオリヴェルはと言えば、エリアスに首根っこを掴まれ引きずられていくのをとくに拒むこともなく。


 逆に出かけられることにウキウキしているように見える。

 表情筋が動いているわけでもないのに、そんな風に見えてしまうのだ。


 二人の姿が大広間から見えなくなると、誰よりも先に動いたのはその場にいた竜兵たちだった。


「これ、婚儀までに直せるか?」

「まだ数週間あるから余裕だろう」

「棟梁もオリヴェル様のいらっしゃらない数ヵ月暇すぎて腕が鈍ったって言っていたし、きっと張り切って修繕してくれるって」


 そんな軽口を叩きながら、大きな瓦礫をひょいっと持ち上げ片付けていく。


(皆さん、とても手慣れていらっしゃるわ。この惨状は、それほど日常茶飯事なのかしら?)


 ミレーユは茫然と辺りを見渡す。


 壮麗な大広間はオリヴェルが暴れたせいで等間隔に釣り下がっていたシャンデリアは粉々、色鮮やかな天井画は崩れ落ち、壁は破壊され、華やかな装飾模様が施された列柱は木っ端微塵。


 列柱が飾り柱だったことと、元々頑丈な造りだったおかげで建物倒壊までには至らなかったことだけが救いだが、それにしても被害総額がすごすぎる。


 もう呆然と佇むしかないミレーユの心中を悟ったのか、カインが頭を抱え、「ああぁっ!」と低く呻いた。


 そんな彼とは対照的に、ゼルギスはいつもと変わらぬ軽やかな笑みを浮かべ平然と告げた。


「あのお二人については、私からご説明いたしましょう」



 ❁❁❁



 ミレーユの自室へと場所を移した面々を、部屋で留守番をしていたルルが出迎える。そのさいカインの憔悴しきった顔を見て、


「あれ。竜王さまどうしたんですか? なんかすごく疲れたって顔していますよ」


 と、不思議そうに首を傾げていた。 


 ミレーユもカインがこんなに疲労を露わにしている姿をみるのは初めてだったが、あまり触れない方がよい雰囲気を察し、言葉を噤む。


 テーブルを挟み、ミレーユ、カインが同じ長椅子に座り。向かい側にルルが座ると、ゼルギスとナイルが立ったままの体勢で説明は始まった。


「まず、この度は正式な場をご用意できず、このようなグダグダな初顔合わせとなってしまったことに関しましてお詫びを。兄上のことです、どうせ名も名乗らなかったのでしょう」


 確かに本人からは直接名乗られてはいないが、なぜ分かるのだろう。


 兄のことはすべて把握しているとばかりに、ゼルギスは続けた。


「名はオリヴェル・ドレイク。黒竜王の名を持つ、カイン様の父君であり、私の兄です。一見してお分かりいただけた通り、無類の唐変木です」


 身も蓋もない紹介に、なんと返せばいいのか分からない。

 それでもなんとか頭を回転させ、言葉を絞り出す。


「い、いえ、とんでもない。もっと厳格な方かと緊張しておりましたが、とても気さくに話しかけてくださいましたわ」

「あれは気さくなのではなく、幼稚なだけだぞ」

「兄上に比べれば、まだ子猫の方が賢いでしょうね」


 カインとゼルギスが順に発し、ルルの横で昼寝をしているけだまに視線を向ける。


「けだまですら寝床はちゃんと決めているというのに……」

「兄上は床でも土の上でも、お構いなしに爆睡しますからね」


 彼らがオリヴェルを語るたびに、先竜王の威厳が霧中に消えていき、自由放任という単語が頭の中をすり抜けていく。


(……でも、待って。オリヴェル様の自由さはなんだか……)


 周りを気にすることなく思うままに振る舞い、けれどそこに邪気はなく。


 多少のおっちょこちょいも、何だかんだ許してしまいたくなる雰囲気を持つところが、ルルに似ていると思った。


 ミレーユはつい、


「あ、だからゼルギス様はルルのことも好ましく思ってくださるのですね」


 と口走っていた。


 すぐさまミレーユの言葉の意図を察したゼルギスは、とんでもないとばかりに珍しく声を荒げた。


「まさか! ルルと兄上はまったく違います! ルルはちゃんとこちらの話を聴いてくれますし、意思疎通も滞りなくできます。鈍重な兄上と違って働き者ですし、なにより三歩で忘れる鳥頭の兄上と違って数百倍賢いです!!」

「ルル、賢いってほめられちゃいましたぁ~」


 普段言われ慣れていない賛辞に、ルルがえへっと照れる。


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勘違い結婚
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