チョコはもう作らない
渡さなかった。
そうだ、渡せなかったんじゃない。
渡さなかったのだ。
先輩のあの笑顔見ちゃったら、渡せるものも渡せない。
だから、このチョコは家に帰って私が食べる。
それが一番じゃない。
先輩は私の3つ上で職場で知り合った。
元々違う部署だった私にいつも優しく接してくれていた。
今日もいつもと同じように優しい先輩はみんなからのチョコを、一人一人にありがとう、と丁寧に伝えながら渡していた。
そのノリで私も渡せばよかったのに。渡せなかった。
義理じゃないから。
義理に紛れて渡したくなんかない。
そう思った私は個別に渡そうと先輩にお昼休み話しかけたのだった。
「先輩、今日お昼一緒にどうです?」
「あぁいいよ」
そういった先輩は持ってきた何かを出そうとして、そっとしまっていた。
「あ、すみません。今日お弁当の日でしたか?」
「バレンタインだからとか言って、張り切ってお弁当作ったんだとさ」
「それなら、私とお昼行ってる場合じゃないです。それ、食べてあげてください」
「今日、残業だからその時にでも食べようと思ってね。君からお昼誘うなんて珍しいからさ。なんか話したいことでもあるんだろ?」
そこで、ある、と言い切れるほど私は強くない。
「また、今度でいいですよ」
なんて嘘笑いで誤魔化した。
「そうか。うちの嫁は家事もあんまりしないし、お弁当なんて久々だからな」
と言って、少し嬉しそうに先輩は食べ始めた。
その嬉しそうな顔を見ていたら、自分がなんてバカな行為をしようとしていたのか、呆れてしまった。
奥さんにちゃんと会ったことはまだない。
まだ結婚したばかりで冬に結婚式を挙げるらしい。
その時に見たら、この気持ちにも踏ん切りがつくのだろうか。
この想いにも終わりが来るのだろうか。
チョコを渡したいなんて、そんな気持ち、来年には起こらないくらい打ちのめされるのだろうか。
私なら毎日お弁当作ってあげられるのに。
家事もやってあげられるのに。
でも、先輩が選んだのは私じゃない。
それが悔しくてどうしようもなくて、ちゃんと振られたくて。
でも、それも、きっとただの迷惑。
だから、もうチョコを作るのはやめにすることにした。
幸せを願うのはきっとそれから。