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お嬢様と突然の襲来

「氷精石、あんな使い方があったんだね!」


 ウッドデッキでの昼食を終えると、水着姿のアリサが笑う。

 我が家のキッチンは、鍋やら包丁やらを完備したことで一気に便利になった。

 一級の火精石は、もはや前の世界のコンロと変わらない。

 いや、火力をかなり強力にできる分、それ以上と言ってもいいだろう。

 そして氷精石はもちろん、冷蔵・冷凍庫を作るのに使用した。

 家財道具も基本的なものをあれこれ設置して、このコテージも多少は見栄えがするようになってくれた。

 その方向性はもちろん、南国リゾートだ。


「食材も結構そろったし、これは食の方も一気にグレードアップが見込めるぞ」


 今日も快晴のエミナ。

 大きく伸びをすると、視界に一層の小船が見えた。


「お、親父さんたち帰って来たのか…………いや、違う」


 そんなはずない。時間はもう昼過ぎだ。

 漁からはとっくに戻ってきてるはずだし、よく見れば船の作りも少し違う。

 だとしたらあれは……。


「ちょっと見てくる」


 アリサを残して、浜辺に乗り付けてきた船へと向かう。

 するとちょうど船から降りてきたのは、背の高い黒髪の女性。

 そして、先日ラフテリアの街でポットを取り合った、貴族っぽい金髪碧眼の娘だった。


「私はエリーナ・ルーテンシア」


 俺を確認するなり、貴族っぽい娘が居丈高な態度で名乗る。


「侍女のマリアンヌです」


 二十代前半くらいか、結んだ長い黒髪と凛々しい目の女性がそれに続く。

 腰に提げた剣。この人は綺麗なんだけど、どこか刃物のような鋭さを感じさせる。


「私は今、訳あってここ一帯を治める領主のもとで暮らしているのだけど……その風変わりな家は、あなたのものよね」

「……そうだけど」

「やっぱり。あなたは何者なの? 勝手にこんな大きな家を建てて、ここで何をしているかしら?」


 俺が何者で、ここで何をしているか……?

 そんなの考えたこともなかった。

 とはいえ、この世界に来る前の話なんて何をしても世迷言にしか聞こえないだろう。


「答えられないの?」


 俺が答えに困っていると、エリーナは薄く笑みを浮かべた。


「それなら進言しないといけないわね。不審者は――――早急に追い出した方がいいって」

「っ!?」


 ……そうか、そういうことか。

 ラフテリアでの買い出しの後、おそらくこの子は俺の帰る方向を確認しておいた。

 そして仕返しをするために、わざわざ乗り込んで来たんだ。

 でも、エミナを出て行くなんてありえないぞ。

 何か、何か考えないと。俺がここにいるまっとうな理由を考えるんだ。


「違う。このコテージはその…………休養のための施設なんだ」

「……休養? 宿ということ?」

「あ、ああ、それに近い」

「こんな何もない場所で?」

「いや、そんなところだから意味があるんだ」

「……どんな意味があるっていうの?」

「冒険者なんかのためのというより、休暇、休養のための宿なんだよ。要は、意味のある事なんて何もしない時間を過ごすための場所。だから普段の生活を思い出させるような物はないんだ」

「何もしないため? 休暇は貴族が巡礼や狩猟、観劇や読書をして過ごすためのものでしょう? 仮に療養のためのものだとしても、こんな交通に不便な、暑いだけの場所でそれができるとは思えないわ」


 なるほど、この世界では海とリゾートはつながっていないのか。


「苦し紛れにしたって、もう少しまともな言い訳があるんじゃないかしら?」

「いや、今までの休暇はそういうものだったかもしれない。俺はここに新しい価値を作ろうとしているんだ」


 一応、筋は通ってるはずだ。

 真新しい商売を始めようとする人間なんて、ラフテリアにだっていくらでもいるはず。

 それを聞いてエリーナは、考えるようにしながら口を結ぶ。

 どうだ? この論理ならいけるか……?

 見えてきた希望の光。


「ユーキ、どうしたの?」


 するとそこに、アリサが遅れてやって来た。

 エリーナが、その碧い目を見開いて硬直する。


「あ、あなた、なんて格好をしているの!?」


 エリーナは水着姿を見て驚きの声を上げる。

 それからキッ、と音が鳴りそうなほどの勢いで俺をにらんだ。


「あなた、ここでいかがわしい商売をしているのね!?」

「違う!」


 しまった! この時代、しかも貴族にはこんな裸に近いような格好はありえないのか!

 で、でもこれはそう思われてもおかしくない……っ。

 ていうかマリアンヌの手が、剣に触れてるぞ……!?


「…………わ、分かった!」


 これ以上下手な言い訳をしても、状況を悪くするだけだ。

 そういうことなら、俺に出来そうなことはもう一つしかない。

 ここエミナの海で、ようやく見つけた俺の居場所を守るためだ。


「それだったら、今から証明してみせよう」

「へえ、どうやって?」

「ここに泊っていけばいい。そうすれば俺の言うことがウソじゃないと分かるはずだ」

「……ふーん、いいわ。それなら一日だけあげる。そんな証明どうせできるわけないもの。マリアンヌ、構わないわね」

「はい、問題ありません」


 よ、良かった。

 貴族の娘が勝手に外泊なんて許されないかと思ったけど、とにかく助かった。


「では、こっちにどうぞ」


 ハイビスカスの置かれたエントランスを通り、二人を連れてリビングへ。

 するとパラソルの置かれたウッドデッキに、エリーナがわずかに目を取られたのが分かった。

 これは好都合だ。

 俺はさっそく二人をパラソルの下に招待する。

 そのままイスに座らせて……先制攻撃だ。

 一度キッチンに戻った俺は、すぐさまそいつの制作に取り掛かる。


「どうぞ」


 二人の前に、大口のワイングラスを置く。

 グラスの下部にたまるよう、シロップとオレンジ果汁を混ぜたものを先に注ぎ、その上にグレープフルーツの果汁だけを層になるように注ぎ足していく。

 カットしたパイナップルの果実をフチに差してから、たき火の着火用に積んであった藁を二本だけ手に取って――。


「変換。そして……加工」


 藁をプラスチックに変換して作った、真っ赤なストローを差して完成。

 出来あがったのは、青い空と輝く海に映える鮮やかなトロピカルドリンクだ。


「「…………」」


 エリーナとマリアンヌの視線が、その美しさに釘付けになる。

 かかった。興味津々だぞ。


「エ、エリーナ様、まずは私が……」


 毒見のつもりなんだろう、付き人のマリアンヌがグラスを手に取る。


「冷たい……」


 そりゃ、氷も入ってるからな。

 水精石と氷精石のコンビネーションは、これが武器になる。

 マリアンヌは警戒しながら、ストローに口を付ける。そして。


「お、おいしいです……こんなの、初めて口にしました」


 驚愕に、その凛々しい相貌が崩れる。

 するとエリーナも、我慢できないとばかりにトロピカルドリンクに手を伸ばす。


「…………っ」


 二人の間に流れる、困惑の空気。


「ごゆっくりどうぞ」


 先制攻撃は見事成功。

 俺は驚く二人を残してパラソルを離れる。

 でも、まだまだ見せ場はここからだ。


「いくぞアリサ。準備を手伝ってくれ!」

「りょーかいっ!」

お読みいただきありがとうございました!

もしよろしければ、ご評価いただければ幸いです。

何卒よろしくお願いいたします!

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