お嬢様と水差しと
「店主、これも売ってるの?」
「ああ、頼まれて出してるんだ。あんまり売れないけどな」
果物の露店のわきに置かれていたのは、花の鉢植え。
その中でもひときわ目立っているのが、南洋の街の青い空によく映える、大きな花弁を持つ真っ赤な花だ。
これって、ハイビスカスだよな。
……いいな。ビーチリゾートの象徴になってくれそうだ。
「一つもらいます」
いくつかある鉢から一つを選んで、花のまとまってしまっているところを一箇所だけ剪定してもらう。
「アリサ」
「うん?」
その耳元に、ハイビスカスを差す。
「やっぱり、めちゃくちゃ似合う」
「本当?」
「ああ、可愛い」
ちょっとだけ恥ずかしそうにしながら「へへー」と、笑うアリサ。
本当に、アリサは素直で可愛いなぁ。
これはぜひ、帰ったら水着に着替えてもらわないと。
あの白い水着に赤い花は、間違いなく映えるはずだ。
「よし、買い出しはこんなもんかな」
「いっぱい買ったねー」
「そこは考えあってのことだよ」
今回、生活品はもちろん食材を多めに買ってきた。
それというのも、氷精石があれば冷蔵庫が作れそうだからだ。
これも帰ったらクラフトでなんとかしよう。
「にしても、胡椒の値段には驚いたなぁ」
「高級品だったね」
やっぱり同じように人間が住む世界。多少見た目に違いはあれ、動植物や味の方向性は同じ。
この世界にも、完全に胡椒でしかない香辛料を見つけて思わず手に取ったんだけど……。
金銭的には余裕なのに手が出なかった。
ああ。世界が変わっても変わらない、悲しき貧乏性よ。
でも、そのうち何とかして自分で胡椒を作れたりしないかな。
なんだったら他にもスパイスを集めてカレーとか作りたい。
異世界カレー。うん、悪くない。
「よし、親父さんたちのところに戻ろうか」
「うんっ」
買った鉢植えをどうにかこうにか抱えて港へ戻る。
荷物を船に乗せてもらっている間にもう一度露店を眺めていると――。
「これ、いいですね」
雑貨店におかれた陶磁器のポットが目についた。
「なかなかめずらしい品だろ? つい先日手に入れたばっかりでな」
東洋の雰囲気を感じさせる、リンゴのような形をしたポットは綺麗な碧色。
すぐに話がついて、代金を支払おうとすると――。
「――――それ、私がもらうわ」
十六、七歳くらいか、長い金髪に切れ長の碧眼。
スラリとした体系に白のブラウス、青のスカートを履いた、見るからに生意気な貴族の娘らしき子が割って入って来た。
その一歩後ろには、帯剣した背の高い女性が控えてる。
「なんだよ急に。今話が付いたところなんだけど」
後から来て、ずいぶん勝手なこと言うなぁ。
すると貴族の娘は、威嚇するような目つきで俺を見た。
「あなたと私。この美麗な水差しにどちらがふさわしいかは、見ればすぐに分かると思うけど?」
綺麗な長い金髪を払って、「ふん」と鼻で息をつく。
さらに人を値踏みするように上から下まで眺めた後。
「こういった工芸品なんかにはまるで造詣がなさそうな感じね。どこの誰だか知らないけど、あなたにはもったいないわ」
一方的にそう言い放った。
「もういいでしょ? これは私がもらって行くから」
そう言い放つと、貴族の娘は店主に「いくらなの?」とたずねる。
なんだよ、もう完全に俺は蚊帳の外って感じだ。
「いや、そもそもこれって水差しじゃないと思うんだけど」
「……え?」
俺の言葉に、貴族の娘は意外そうな顔をする。
「これは茶器だよ。店主、これって遠い国から持って来たものでしょう? 他にも同じ作りの小さなカップがいくつかあると思うんだけど」
「あ、ああ」
そう言うと店主は、ポットと同じ陶磁器のカップをいくつか取り出した。
見るからに東洋の雰囲気を醸し出しているこの陶磁器は、やっぱり水差しじゃない。茶器だ。
なるほど、まだこの辺りにはあまり茶の文化が伝わってないんだな。
「こいつはこの辺で作られたものじゃない。もっと全然文化の違う遠い国のものなんじゃないか? 例えば……東の方とか」
めずらしい、異文化の商品。
こういうのは極東が発祥っていうのが定番だからな。
「……その通りだ」
店主がうなずく。
まあ、そうだよな。
――――どちらがふさわしいか。
そんな話の流れのせいもあって、起きた意外な逆転劇に辺りがにわかにざわつき出す。
まさかこんなラフな格好の、見知らぬ男にこんな指摘を受けるとは思わなかったんだろう。
貴族の娘は、見る見る顔を赤くして――。
「よくも……恥をかかせてくれたわね……っ」
怒りに満ちた表情で俺をにらんで、そのまま踵を返した。
しまった。そんなつもりじゃなかったんだけど、怒らせちゃったか。
貴族の娘は、人波を割るようにして去っていく。
こうして俺のラフテリアでの買い出しは、意外な形で幕を閉じた。
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