交易都市へ買い出しに!
「見えたぞ、ユーキ」
親父さんに呼ばれて、舳先へと足を進める。
「おおっ、あれがラフテリアか」
輝くエメラルドの海。その先に、並ぶ石造りの建物群が見える。
親父さんが操舵する船で、俺は街に買い出しにやって来た。
ラフテリアは、この異世界アルテンシアの南洋にある一番の交易都市らしい。
「アリサ、街に出る時はちゃんと着替えてからな」
「はーい!」
アリサは白の水着が気に入ったらしく、もう普段着代わりにしてる。
このまま街に出られたら大変だ……スタイルいいし。
「いいなぁ」
そんなアリサを見て、つぶやく親父さん。
「親父さんのも作りましょうか?」
「いいのか!?」
「もちろん。アリサと同じやつでいいですか?」
「なんでだよ。いいわけねえだろ」
「ははは、冗談ですよ、俺みたいなやつでいいですか?」
「ああ、頼むぜ」
笑う親父さん。
やがて大きな港に船をつけると、すぐにそのにぎやかさを目の当たりにする。
「すげえ。これ完全に異世界だ……」
並ぶ露店の間を行きかう人々は、剣士もいれば魔術師っぽい人もいる。
装備品をガチャガチャ鳴らしながら歩く彼らの姿を、誰も気に留めない。
ここでは、これが当たり前なんだ。
「王都の騎士団が、輸送中の魔獣に逃げられたらしい」
活気にあふれた大都市。
聞こえてくる噂話も、まさにファンタジーだ。
「ってあの耳は……エルフか?」
思わず足を止める。金色の髪をした美女は、商人と思しき人と何やら商談中。
「おいユーキ。俺たちは魚の搬入に行くけど、お前さんはどうすんだ?」
「色々と買い出し行って来ようと思ってます」
「そんなら迷子にならねえよう、アリサを連れていきな」
「ユーキは何を探してるの?」
「まずは魔石だな」
そう。魔石こそがこの世界の特性の一つだと思う。
エミナの人たちは火を起こす時、火精石と呼ばれるアイテムを使っていた。
水回りも完全に魔石でやり繰りしてる。
それがあれば指先で触るだけで真水を自由に使えるってんだから、必須だろう。
「それならこっちだよ」
アリサに手を引かれて向かった先は、魔法道具店。
ドアを開くと、そこには何に使うのかまるで分からない様々なアイテムが置かれている。
なんかちょっと、ワクワクするなぁ。
「……何を探してんだ?」
きょろきょろしていると、不機嫌そうな店主が声をかけてきた。
怖っ……四十歳くらいか、ごつめのヒゲ店主は俺を値踏みするような目で見てくる。
「ええと、火精石と水精石を探してるんだけど……」
「ふーん。等級は?」
「等級?」
「そんなことも知らねーのか。魔石には善し悪しがあんだよ。いい魔石は長く使えて、効果の強弱の幅も広くなる」
なるほど、そういうことか。
「んなことも知らねーんじゃ知れてんな。お前、ちゃんと金は持ってんのか? 魔石は等級が低いもんでもそれなりにするからな」
店主が凄みをきかせてくる。
俺はポケットから取り出した布袋を、カウンターに乗せた。
「ええと、これじゃ……ダメですかね?」
「なっ!?」
布袋を開けた店主が、驚きの声を上げる。
中には、ビー玉サイズの『黄金』が三十個ほど。
店主はそのうちの一つを取り出すと、マジマジと見つめた後。
店の奥から何やら持ち出して来た。
「一級の火精石と水精石だ。ウチでは最高のものになる。効果の強弱も自由自在。十年以上は軽くもつはずだ。それと……」
「これは?」
「氷精石だ。狭い空間なら置いとくだけで温度を下げられるし、物を凍らせることもできるんだが……どうだ?」
「買います」
「残りの金は硬貨に換えてやろう。そんなもの手にフラフラしてたんじゃ目を付けられちまうからな」
「……ずいぶんとサービス良いですね」
あまりの豹変ぶりに、思わず口を突いて出た言葉。
すると店主は――。
「上客には手厚くする。当然だろ?」
今後ともよろしくな。と言ってニヤリと笑う。
さすが大きな街の商人だ、たくましい。
火精石は等級の低いものも、照明用にいくつか購入。
店を出ると、中身を金貨と銀貨に換えた布袋を見て、アリサが首を傾げた。
「ユーキ、それどうしたの?」
「もちろんスキルで作ったんだよ」
壊れスキル【変換】はなんと、石を金に換えてしまう。
だからここ数日は、せっせと【加工】と【変換】を繰り返してたんだ。
……もう、当分やりたくないけど。
変換比率が悪すぎて、一個作るのに掛かる手間が尋常じゃない。
そもそも俺は宮殿に住んで豪遊したいわけでもないから、金はそんなに必要ないんだよな。
「さて次は……」
生活用品と、クラフト用の生地なんかを買っておきたいんだけど……。
アリサに手を引かれながら、少し狭い路地に入ると――。
「うわっ、なんだこのにおい」
変なにおいが突然、鼻に突き刺さった。
その発生源と思われる小屋をのぞいてみると――そこにいた十四、五歳くらいの女の子と目が合った。
「……何者だ」
「俺はエミナから来た志田悠貴。こっちはアリサだ。君は?」
「我は闇の錬金術師。アルル・ヴィルヌーブだ」
羽織った黒のローブ。肩までの銀色の髪を揺らしながら、アルルは不敵な笑みを浮かべる。
「錬金術師……すごいにおいだけど、何やってんだ?」
「やがて世界を席巻する、恐るべき薬物を生産中だ」
そう言ってアルルは「ククク」と笑う。
見ればその手元には、薬草らしき草とビンがたくさん並んでる。
これたぶん、薬草を使った蒸留酒を作ってるんだな。要は薬酒作りだ。
変なにおいは、色々と混ぜ込んだ薬草のせいだろう。
「アリサ、ここでは酒といったら何がある?」
「お酒? エールとワイン以外にないと思うけど」
やっぱり、この世界ではまだ蒸留酒はメジャーではないんだな。
半端な年の功から、浮かぶ思い付き。
「……なあアルル、これって果実なんかを使ったものも作れたりするか?」
「果実? もちろんだ。我に不可能はない」
「ちょっと待っててくれ」
そう言い残して俺は、近くの露店に走る。
「これで作ってみて欲しい」
急ぎで買ってきたココナッツそっくりの果実を手渡すと、アルルはどこか不思議そうに小首をかしげる。そして。
「――――錬金」
スキルを発動した。
すると途端にあの、『海』を感じさせる甘い匂いが漂い始める。
おそらく【蒸留】は、錬金スキルのツリー内にあるスキルなんだろうな。
「出来たぞ。だがこんな甘いだけのものどうするというんだ?」
「もちろん、売ってもらいたい」
そう言うとアルルはなぜか、ごくりとノドを鳴らした。
「し、しかし錬金の秘術を、安易に民衆に与えるようなことはできない。まだどんな効果があるかも分からないからな……」
なるほど、錬金術師としての責任があるのか。
「だから安全性を確認するまでは――」
「……そっか、それなら仕方ない」
次来た時にでもあらためてもらおう。諦めて俺が踵を返すと――。
「すいませんごめんなさい! お願いします買ってください! 街じゃエールとワイン以外は見向きもされないし、そのせいでお金もないし、変なにおいのする錬金術師って言われて困ってたところなんです!」
闇の錬金術師が、全力で脚にしがみついてきた。
す、すごい。ものすごく力が強い。足が一歩も動かない……っ!
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ココナッツの蒸留酒を購入し、ブンブンと頭を下げるアルルの工房を出る。
「あはは、面白い子だったね。でもそんな強いお酒、どうするの?」
「ちょっとやりたいことがあってさ」
そんなことをアリサと工房の前で話していると――。
「フフフ、今宵は久しぶりに肉が食卓にあがることになろう、フハハハハーッ」
闇の錬金術師の、はしゃいだ笑い声が聞こえて来た。
大きな街は、錬金術師もたくましいなぁ。
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