ここじゃ水着が正装だ!
「くああ、もう朝かぁ」
大漁祝いと、新築祝い。
昨夜もついついエミナの海鮮をたっぷり味わってしまった。
今日も空が青い。
太陽はまだ昇り始めたばかりだってのに、すでに燦々と燃えていた。
親父さんたちはもう漁に出てるんだろう。
夜遅くなっても仕事はしっかり。さすが本職だ。
「ここに来てからすっかり、身体が軽くなったなぁ」
ただ。それでもまだ少し、残っている眠気。
「…………やるか」
思わず笑みがこぼれる。
首を鳴らし、手首を回し、軽く三回ほど小さくジャンプして準備はオーケー。
「さあ、いくぞ!」
走り出す。
フローリングの柔らかさを足の裏で感じながら、そのままリビングからウッドデッキへ。
ここからの数メートルは真っすぐだ。
ここで最後の加速をして……全力ジャーンプ!
「目覚めのダイビングだ――――ッ!!」
わずかな浮遊感。そして直後に全身が海に包まれる。
温くなく、冷たくもない。心地よい水の温度に一気に目が覚める。
「ああ、これ一度やってみたかったんだよなぁ」
ウキウキでウッドデッキによじ登る。
するとそこに、エミナの太陽に負けないくらいのまぶしい笑顔があった。
「おはよう、ユーキ!」
アリサは俺の腕を取ると、跳ねるような足取りでデッキのパラソルの下へ。
クラフトで作ったテーブルの上には、定番となりつつある海鮮スープにパンが用意されていた。
同じくクラフトで作ったイスも二つ置かれている。
「へへー、一緒に食べようと思って」
そう言ってアリサは、いそいそと俺の正面に腰を下ろした。
「「いただきます」」
声が合うと、アリサはうれしそうに微笑む。
「ユーキが来てくれて本当に良かったよ」
うれしそうに足をパタパタさせるアリサ。
「本当に村を出ようかって話もあったんだ。だから、ありがとう、ユーキ」
「アリサはエミナが好きなんだな」
「うんっ」
……本当に、手に取ったのがクラフトのスキルで良かった。
アリサが、鼻歌を口ずさむ。
どこまでも青い。そしてまぶしい。この大きなパラソルの下は気持ちの良い日陰。コントラストが最高だ。
なんとなくそのまま二人、海を眺める。
「……服、替えてえな」
「服?」
そう。会社帰りに異世界化転生した俺の服装は、白シャツにスラックス。
ネクタイを外し、裾を出した白シャツに黒の擦れたスラックスっていう格好は、幸いここでもそんなにおかしくない。
とはいえ……やっぱ暑苦しいし、着心地も決してよくはないんだよな。
まだ全然乾いてないシャツをつまんで、生地の固さにため息をつく。
「いや、待てよ」
クラフトには確か……衣服関係のアイコンもあったような。
スキルツリーを開いて、内容を確認する。
あった。これのポイントを上げていけば……。
システムは建築の時と変わらない。
素材があれば、物ができる。
当然今着てる白シャツは、そのままちょうどシャツ一枚分の素材になる。
それなら仕事用のものから、もっとラフなものに変更しよう。
しわ多めの黒スラックスは、思い切ってトランクス型の水着に換えちゃうか。こうなったら靴もサンダルでいい。
「よーし、いくぞ。クラフト!」
光が広がる。
すると次の瞬間には、少し粗めの生地の白シャツとオリーブ色の水着に早変わり。
足元も革靴からレザーサンダルに。
「おお……なんか南国に住み慣れた人っぽい!」
「カッコいい!」
よーし、ここまで来たらシャツのボタンは三つ目まで開けちゃうぞ!
これくらい浮かれてもいいだろ、南国だし。
「……でもなんか、少し変わった触り心地だね」
俺の水着をつまみながら、アリサがつぶやく。
「これは濡れても乾きが早いし、水をあんまり吸わないから軽いままなんだよ」
「すごい! わたしも着てみたいなぁ」
「できるけど……今着てる服はなくなるぞ」
「これはもう古いから大丈夫だよ」
「分かった。そういうことなら……」
パネルから女性用水着を選ぶ。そしてアリサの方に手を向けて――。
「――――クラフト」
スキルの発動と共に、光が広がっていく。
すると次の瞬間、白いビキニタイプの水着にパレオを巻いたアリサができあがった。
「わー! かわいい!」
くるくるしながら自分の姿を確認して、さっそく飛び跳ねてよろこぶアリサ。
「……どうしたの?」
そんなアリサがグッと顔を寄せてくる。
いえ、思った以上に見栄えのする体つきをされていらっしゃるので……。
程よく日に焼けた身体は、水なんかはじきまくってしまうくらい張りがあって、健康的。
少し大きめの尻に、くびれたウェスト。
むちっとした太ももと、それでいてキュッと締まった足首。
そして、大きめの胸。
屈託のない笑みを向けてくるアリサに、思わず視線をそらしてしまった。
ヤダもう、男って本当にこれだから。
悔しい! でも見ちゃう!
「ねーねーどうしたの?」
「ああ……いえ。わたくし急用を思い出したので、これにて」
無邪気なアリサに隠されていた、まさかの破壊力。
俺はその場を逃げるようにして歩き出して――。
「待てー!」
アリサにしがみつかれた。
直後、背中に覚える感触。
……こ、これ。胸が、背中に当たってる!?
それだっていうのに、アリサは全く気にした様子もない。
俺のシャツをぐいぐい引っ張りながら、完全におふざけでしがみついてくる。
「ほらほらユーキ、どこ行くのさー! わたしにも教えてよー」
こ、これはマズい。こうなったらここは一度退散だ!
逃げ出そうとする俺。
しかしアリサはそれを面白がって追いすがって来る。
「あははは、逃がすかー!」
うわ! そのまま後ろから抱き着いてきた!?
め、めちゃくちゃ、めちゃくちゃ強めに当たってる――――っ!
ムニムニと背中に感じる感触。
逃げようとすればするほど、アリサは楽しそうに抱き着いてくる。
あ、ああ、どうしよう。
このままでいたい俺もいる。
でも、そんな意識全然ないアリサにそれを説明するのは悪い気がする。
かといって、このままじゃ気が気じゃいられない!
どうりゃいいんだよ! こんなのどうすりゃいいんだよーっ!
「えいっ」
「なっ!?」
「ひひー、もう逃がさないぞー!」
いよいよ半端な逃げ方をし始める俺の背に、アリサが飛び乗って来た。
その胸が思いっきり背中に押し付けられる。
しかも両足までしっかり俺の腰に絡ませて。
「おおっと! と、と、と……っ」
フラつく足は、そのまま海の方へ。
「あっ」
そして足が、デッキからはみ出した。
「うおおおおっ!」
俺はアリサを背負ったまま、デッキから海に――!
バッシャーン! と大きく上がるしぶき。
水面に顔を上げる。アリサと目が合った。
「あはははは! やっぱり、ユーキと一緒は楽しいよ」
それでもアリサは、まったく気にした様子がない。
「……なるほど」
そして俺は気がついた。
全身に水をかぶれば、落ち着きも取り戻せる。
「やっぱ、海ってすげえわ」
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