クラフトとエミナの夜明け
「う……ん」
ゴザの上で目を覚ます。
目の前には変わらず、どこまでも続く海がある。
すごいな……エミナはこの時間も綺麗だ。
ふと空を見上げる。赤紫から紺色へ続くグラデーションはもう、幻想的だ。
「そっか。ここ、異世界なんだよな……」
見知らぬ世界、初めて出会う人たち。
そんな状況だってのに、身体も心も驚くくらい元気で。
転生前の朝は、身体を起こすのもつらかったのになぁ。
それに、目覚ましをかけずに寝たのなんてどれくらいぶりだろう。
「あ……身体が楽だ」
ばあ様のマッサージ効果、すごい。
雑魚寝状態の皆を起こさないようそっと立ち上がって、そのまま村を少し歩いてみる。
すると視界に、一艘の小船が入って来た。
こうして見ると、確かにかなりボロが来てるな。
木製の船体の一部に入ったひび割れ。そこを樹脂みたいなものでどうにか繋ぎ留めてる感じだけど、いつ壊れてもおかしくない。
そして、いつ終わってしまってもおかしくない。
寂しそうにしていたアリサの顔がよぎる。
昨夜は本当に楽しかったし、何よりうれしかった。
突然現れた不審な男に、笑いかけてくれた少女。
そして、ご馳走してくれた親父さんたち。
「なんとか……できないかな」
転生前の俺だったら、きっとこんなことを考える余裕もなかった。
エミナの人たちに、恩返しがしたい。
「……ッ」
そう思った瞬間、胸に熱い何かが広がっていく。
かすかに煌めき出した水平線に、昂ぶり出す思い。
大きく息を吸う。
澄んだ、新鮮な空気が胸を満たしていく。
身体も精神も、もう万全だ。
脚が濡れるのも気にせず、俺は船のもとに歩み寄り、その船体に手を触れる。
間違いない。
「今なら……できる……!」
身体に充満する気力を、手に集中。
そして女神から授かった至高のスキルを、ここに発動する!
「――――クラフト」
変化、なし。
「できねえのかいっ!」
なんでだよ。今のは完全にクラフトが発動する流れだっただろ!
ここで発動しないで、どこで発動するっていうんだよ。
フラフラと後ずさり、そのまま倒れ込む。
バシャっと、水しぶきが跳ね上がった。
クラフト > 999
何が999なんだよ。意味わかんねえよ。
これどう見てもカンストのやつだろ。それなのにどうして発動しないんだ?
そのままボンヤリと、スキル欄を見つめる。
…………あれ? ちょっと待てよ。
不意に浮かぶ思い付き。これって、もしかして。
「……オープン?」
その言葉に > が開く。
そして視界の中に、一斉にスキルツリーが展開された。
なるほどね、そういうことだったのかぁ。
999はステータス値じゃない、ポイントだ。要はここから振り分けろと。
そりゃ1ポイントも振ってなけりゃ、スキルも発動しねえよな。
「先に言えよ不愛想女神――ッ!!」
今なら……できる! じゃねえよ。
しっかり雰囲気作ってから、クールに「クラフト」とか言っちゃって、やだもう恥ずかしい!
「……と、とにかく一度試してみよう」
まずはスキル【修復】からだ。
ポイントは10までしか振れない。要はこれが最大値なんだろう。
再び手を伸ばし、小船の船体に触れる。
今度こそ間違いないはずだ。あらためて俺はスキルを発動する。
「――――修復」
すると手からあふれた光が、船体を包んでいく。
やがてその光が落ち着くと――。
傷やヒビなんかが消え去った、まるで新品の様な小船がそこにあった。
「……できた。できたぞ! それなら次は……っ!」
思わず走り出す。
次はこの朽ちた大船だ。
こっちはそれこそ、船体の半分が崩れ落ちてしまってる。
【修復】は使えそうにないな。
でもこの大きさだ。『こいつ』が使えれば街への輸送だって可能になるはずだ。
「――――測定」
ポイントは1で最大。そんな【測定】のスキルを発動すると、この船本来の形状や建造に必要な素材、その必要量なんかが表示される。
なるほど、この感じならたぶん……。
近くに放置されている木片や木材を集めてまとめる。
すると狙い通り、必要量に達してくれた。
あとは視界に浮かぶスキルウィンドウの中から同型船のアイコンを選んで、大きさを元の船に合わせて――。
「――――クラフト」
スキルの発動と同時に、広がる光。
朽ちた船と、そこにまとめた木材が消える。
続いて3Dモデルのようなワイヤーフレームが中空に現れて、まるで船底部分から塗りつぶしていくような形で木造船が現界していく。
あっという間だった。
赤紫色の空の下に、堂々とした新造船が完成する。
「……と、とんでもないスキルだぞ。これ」
感覚としては、ほとんどクラフト系のゲームだ。
これが女神に調整されたS級のギフトか……半端じゃない。
「…………すごい」
聞こえた声に振り返る。
アリサが、その大きな目を見開いていた。
「すっごい!」
続けて起き出して来た親父さんたちも、様変わりした二つの船を前に驚愕の表情を浮かべている。
「お、おい、なんだよこれ?」
「船が……直ってやがる!?」
「どうなってんだこれは。お前さん、これはどういう……?」
「これが、俺の能力みたいです」
「ユーキすごかったんだよ! こうやって船に手を当ててね、今なら……できる……」
「お前あの失敗見てたんか!」
やだもう恥ずかしい! ちょっとクールに言ったのが我ながらマジでダサい。
どうしよう、顔が熱くて仕方ない。
「な、なあ。これ、使ってもいいのか?」
「もちろんですよ。俺……皆さんの役に……立てましたかね?」
余計なことをしてしまっていないか、少し心配しながらたずねると――。
「決まってんじゃねえか!」
親父さんたちはバンバンとうれしそうに俺の肩を叩き、さっそく二つの船に乗り込んでいく。
「おいおい! 新品同然だぞ!」
「これならもっと漁ができる! 街にだって行けるぞ!」
「……よし。待ってろよユーキ! 今すぐ船を出す。そんで今夜はユーキ感謝祭だッ!!」
もう我慢できないとばかりに、親父さんたちはうっすら太陽が昇り始めた海へとこぎ出していく。
……良かった。
初めて使うスキルだったけど、よろこんでもらえたみたいだ。
「ユーキ!」
「うわっ!」
飛びついてきたアリサに、そのまま砂の上に押し倒される。
アリサはそのままギュッと俺に抱き着いて、胸もとに顔を押し付けてくる。
「ありがとう! ありがとうユーキ! こんなに元気な皆を見るの……久しぶりだよ!」
ああ……俺も、誰かに感謝してもらったのなんて久しぶりだ。
笑うアリサと、昇り始める太陽。
今日もきっとまた、暑くなる。
真っ青な空と、ウソみたいな透き通った海がキラキラと輝いて、真っ白な砂浜に目を細めるんだ。
「なあアリサ」
「なに?」
「俺、ここにいてもいいかな?」
「もちろんだよ!」
「……そっか」
その笑顔を見て、俺は決めた。
エミナの村が好きだ。だから……ここに住もう。
そうと決まれば、まずは家だな。
クラフトスキルの使い方もようやく分かってきた。
こいつをフル活用すれば、俺好みの家を建てることだって……。
「今なら……できる!」
「それはやめてくれ! 恥ずかしいから!」
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