女の子とエミナと
異世界転生して、スキルを確認する前に死ぬ。
そんなアホみたいな展開から俺を助けてくれたのは、一人の女の子だった。
「あたしはアリサ。よろしくねっ」
そう言ってニッと笑うと、その白い歯が彼女の小麦色の肌に映える。
茶色くて短い髪。年齢は15、6歳くらいだろうか、ボタンのない白シャツみたいな上着と、ホットパンツから出た太ももが何とも健康的。
天真爛漫を絵にかいたような、元気で可愛い女の子だ。
「ありがとう、俺は志田……悠貴。助かったよ」
「困った時はお互い様だよ」
そういって「あはは」と屈託なく笑う。
ああ……なんていい子なんだ。
そんなアリサに連れて行かれたのは、離島の森の裏手だった。
そこには、それこそ中世の民家のような木製の家がいくつも建っていた。
漁民なのか、船着き場には木製の小さな船が一艘だけ停泊している。
時は夜。
キャンプファイヤーみたいに大きなたき火が、浜を橙色に照らし出す。
「はいユーキ、どうぞ」
アリサがよそってくれたスープは、黄金色に輝いて見えた。
受け取るや否や、俺はそいつを一気にかき込んでいく。
「うまぁぁぁーい!」
最高だ! 最高だよこのブイヤベース!
魚介で取ったダシに、貝のプリプリ感がたまんねえ!
「うまい! これもうまい! これもまたうまいっ!」
並んだ海鮮料理に、ハズレはたった一つもなし。
ああ、新鮮な魚介が本当にうまい! 手が止まらねえよ!
「にいちゃん、よく食うなぁ」
アリサの親父さんが笑う。
「こんなうまい飯は初めてかもしれない……っ」
「そりゃ大げさだ」
……いや、これは大げさなんかじゃない!
味がいいってだけじゃないんだ。
誰かが作って勧めてくれる。出来たてを皆で一緒に食べて笑う。
それが、最高なんだ。
何年も、一人でインスタントばっかり食べてた俺にはこれが……たまらない。
「はい、これもどうぞ」
続けてアリサが、さばいたばかりの魚を持ってくる。
「おお、これもうまいな! これはなんて魚だ?」
「ええと、いい魚だよ」
「これもいいな。これはなんて魚だ?」
「おいしい魚かな」
「……これは?」
「ええと、すごくおいしい魚だね」
「こら漁師の娘」
いくらなんでも雑過ぎでしょうよ。
「おーい、そこのすごく旨いやつ俺にも一つくれ」
「あいよ」
……いや、親父さんたちもそれで成立するんかい。
「この魚はここ、エミナの近海でしかとれねえんだ」
アリサの親父さんが、そう言って得意げに笑う。
「これ、マジでうまいですよ」
転生前に食べたものだと、鯛に近い味なのかな。
シンプルに塩をふって焼いたものが本当にうまい。パリッとした皮までうまいんだから、もう間違いない。
「そういやお前さんは、どうしてここの浜に倒れてたんだ?」
「ええと……迷子、ですかね」
「そりゃまた豪快な迷子だなぁ。迷子のまま離島に来るって相当だぞ。海越えてんじゃねえか」
「ま、まあその、色々ありまして」
さすがに、一度死んで能面女神に送り込まれた先がここだった。とは言えないもんな。
「でも最高ですねこの島は。不審者でしかない俺なんかを助けてもらって、ありがとうございました」
そう言うとおじさんはうれしそうに笑って――。
「いいんだ。ここもいつまでもつか分からねえしな」
ポツリとそう口にした。
それを聞いて、さっきまで笑顔だったアリサも寂しそうな顔をする。
「どういうことですか?」
「ここ、エミナはもともと小さな村だったんだがな。十年くらい前に海面が上がって離島になっちまった。陸路での交易が一気に減って、稼げなくなって、そんで若いやつらには街に出てもらうことになったんだ。だからここに残ってんのはもう、ジジババとアリサだけだ」
今ここにいるのが住人の全てなんだとしたら、十人に届かないくらいってことになる。
「ここは街からも遠いから輸送には船がいるんだが……あの通り小さな船しかねえし、ボロが来てる。前はデカい船があって、そっちなら広い範囲での漁もできるし、街にも行けたんだがなぁ……」
言われて視線を向ける。
確かに、あの船はお世辞にも綺麗とは言えないな。
その向こうには、半分朽ちた船が浜にそのまま放置されている。
おそらくあれが、交易の時に使っていた船なんだろう。
「そうなっちまえば、もう船を直すような金は作れねえのさ。あとは終わっていくだけだ」
そう言って親父さんは、ため息をついた。
アリサの笑みにも、どこか影がある。
「おっと、しんみりしちまったな。とにかく今夜はゆっくりしていきな。おーい、ばあ様。せっかくだしマッサージしてやってくれよ」
「マッサージ?」
「ああ、ばあ様のは絶品だぞ」
俺はうながされるまま、砂浜に敷いたゴザの上にうつぶせになる。
マッサージを受けるのなんて初めてだ。
「おやおや、身体中がずいぶんと固くなっとるなぁ。お前さん、どんな仕事をしてたんだい?」
「ええと机に向かって……ひたすら四角いボタンを指で打ち続けたり、それを偉い人に見せたり、偉いだけで理解できない人に説明したりですかねぇ」
「そりゃまた変わった仕事だねぇ」
……あ、これ、確かに気持ちいい。
絶妙な力加減で、肩に背中に掛かる重さ。
なんだろう。この身体がじんわり温かくなる不思議な感じ。
不意に目線をあげてみる。
たき火のたかれたビーチは、なんだか幻想的だ。
見上げれば、夜空には数えきれないほどの星たちが瞬いている。
手作りの温かい料理。
それを食え食えと、遠慮なく言ってくる漁師のおじさんたち。
心地よい波の音が、少しずつ遠ざかっていく。
「おやすみなさい」
そして目が合えば笑ってくれる、元気な女の子。
ああ、こんなに満ち足りた気持ちで眠りにつくのは、何年振りだろう……。
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