名前を決めよう
「というわけで、呼び名を決めようと思う」
手負いの黒豹がエミナにやって来て数日。
さすがに『黒豹』と呼ぶのもおかしな話だということで、呼び名を決めようという事になった。
なんでも個体名は特に決まっていないらしく、好きに呼んでくれていいとのこと。
「はい!」
アリサが元気に手を上げる。
「クロがいいよ!」
「言うと思ったよ」
あまりに無難過ぎる回答に、黒豹も毛づくろいを始める。
ケガも割と目立たなくなってきて、体調も良さそうだ。
すると今度はエリーナが――。
「威厳と気品があるから、この子はアンデロード・グランベルシャンがいいわ」
「長すぎだろ」
「クロだよね? クロがいいよね?」
「アンデロード・グランベルシャンよね?」
そう言いながらアリサとエリーナが、ここぞとばかりに黒豹の背を撫でにいく。
せっかくだし、俺も撫でまわそう……。
「……なあ。キミたちはワタシを愛玩動物か何かだと思っていないか?」
すると突然、黒豹がそんなことを言い出した。
「「「「…………」」」」
「何か言ってくれないか」
痛いところを突かれて、無言になる俺たち。
「まったく。エリーナに至っては、ワタシに話しかける時に赤子をあやすような話し方になるのだぞ」
「わーわー!」
思わぬ暴露に顔を赤くしたエリーナが黒豹に飛び掛かるも、なんなくかわされる。
マジか。エリーナは猫相手だと「ごはんでちゅよー」とか言うのか……。
「うーん、そういうことならクローデッドとかはどうでちゅか?」
「やめなさいよ!」
即座にツッコミを入れるエリーナ。この子は本来こういう感じなんだろう。
対して黒豹は、興味深そうにしている。
「クローデッド?」
「黒豹のクロに首領って意味のロードを足して、少し威厳も持たせた改変をしてさ」
「ほう……」
「呼ぶ時は、それを略してクロウって呼べばいい。響きが男っぽいけど、それが風格っぽくも聞こえるだろ?」
「なるほど。いいだろう」
満更でもなさそうだ。よし、名前はこれで決まりだな。
「だが一ついいか? 言っておくが、ワタシはこれでも王都付近では気高き魔獣として崇拝すらされている」
するとクロウはそう言って、わざとらしいため息をついて見せた。
先日見たあの巨大な黒豹の姿を思い出す。
気高さと誇りを思わせる、狼のように立った長い毛。
「兎の親子を守るため、騎士たち相手に戦い抜いた姿勢はさぞ勇猛果敢だったはずだ」
クロウは自らそんなことを言い始める。
「よってこれからは気高きものとして、もう少し節度のある対応を――」
するとアリサが、後ろ手に持っていた猫じゃらしを取り出した。
ビクッと、クロウが身体を震わせる。
右に左に猫じゃらしを揺らし出すアリサ。
「そして……節度ある……対応を」
右に左に、揺れる猫じゃらし。
「その、節度の……なぁぁぁぁ!!」
しばらくチラチラと猫じゃらしを盗み見ていたクロは、もう我慢できないとばかりに駆け出した。
走り出すアリサを追いかけて、フローリングの上を爆走。
高く掲げられた猫じゃらしに向かって、そのまま跳び上がる!
「ニャーン!」
クロウは奪い取った猫じゃらしを口にして、夢中になって両足でガシガシ蹴りまくる。
「「「…………」」」
やがて、ゆっくりと身体を起こすと。
「こ、このように、時に皆のためにあえて愛らしい姿を見せることもあるが――」
いやもう無理だろ。
今ので威厳とやらは、丸ごと消し飛んだぞ。
それでも態度を変えないクロウに、アリサは猫じゃらしを放り投げてみせた。
「ッ!!」
即座に飛び掛かり、ゴロンゴロン転がって大立ち回り。
それから不意に、我に返ったかのように体を起こす。
「このように、時に――」
「アリサ、もう一回猫じゃらし投げてみろ」
「やめて。と、とにかく! 世話になっておいて生意気かもしれぬが、あまり軽々にこのような戯れをするのはやめてくれ。我が威厳のためにも!」
「なるほど、分かったよ」
「理解してもらえたなら、それで十分だ」
「さて、名前も決まったし、そろそろ誰が今夜クロウと一緒に寝るのか会議を始めるか」
「ちょっと待て! そんなことをやっていたのか!? というかまるでさっきの話が分かっていないではないか!」
そう。ここ数日俺たちは、誰がクロウの様子を見るかを持ち回りで決めていた。
それはもちろん容体を慮ってのことだ。
でもそれと同時に「この美形の黒猫を愛でたい」っていう確かな思いがあった。
「……負けないよ」
アリサが、その目に闘志をみなぎらせる。
「私だって負けないわ」
エリーナが不敵な笑みを浮かばせる。
「私も参戦させていただきます!」
そこ入って来たのはマリアンヌ。
剣士ならではの、刃の様な気迫で名乗りを上げる。
「――――負けぬぞ。年の功を見せてやろうではないか」
ばあ様まで!?
こ、これは予想外のライバルの登場だ……っ。
白熱し始める、クロウの看護権争い。
「……もう、好きにしてくれ」
そんな俺たちの激しいにらみ合いを前に、クロウはそう言って丸くなった。
◆
差し込む太陽の光に目を覚ます。
かすかな違和感に辺りを見回してみると、クロウが俺のベッドの上で丸くなっていた。
その毛並みを、そーっと撫でてみる。
あ、ああ……。
暖かい、そしてやわらかい。
なんて、なんて圧倒的な癒し効果なんだ。
「……ここは、いいところだな」
するとクロウが目を開き、外を見ながらそうつぶやいた。
天気は快晴。
今日もエミナのエメラルドブルーの海を、燦々と降り注ぐ陽光が輝かせるんだろう。
そのままボンヤリと、クロウと一緒に海を眺める。
……今日はもう少し、起きるの遅くしてもいいか。
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