突然の闖入者
「……出来たぞ。ココナッツリキュールだ」
「お、早いな」
「当然だ。我にかかればこの程度なんてことはない」
黒のローブを羽織り、肩までの銀髪を揺らす闇の錬金術師アルルは、不敵な笑みを浮かべる。
「また次も頼むよ」
「フフ、あまり錬金の魔力に取りつかれない方がいい……警告はしておくぞ」
そう言ってアルルは、ニヒルに俺たちを見送った。
もちろん俺は、店を出たところで足を止める。
「フフ、フフフ、フフフフフ。今宵はまた肉だー! 肉だ肉だフハハハハーッ!」
よし。
おそらく小躍りしてるんだろうアルルの様子を、想像しながら港へ戻る。
「それにしても……なんか冒険者みたいな人が多くないか?」
「そうだね。どうしたんだろう」
どこか慌ただしい街並みに、アリサが首をかしげる。
今回のラフテリアでの買い出しも、これにて終了。
なんだか前より物々しい雰囲気の街を出て、親父さんの操舵する船でエミナへ帰る。
「今回も色々見つけられたし、またリゾートライフがはかどるぞ」
「おかえり」
「…………」
「何? その顔は」
「いや、あのエリーナが出迎えに来てくれるなんて、変われば変わるものだなぁ」
「やめなさいよ。なんかまた面白いものを見つけてきたのかと思って気になっただけ。それより頼んだものは?」
「ちゃんと見つけてきたよ」
恥ずかしそうに顔を背けてつつ「それならいいけど」と息をつくエリーナ。
一方マリアンヌは、食料品の中身をいちいち確認しながら荷物の積み下ろしを手伝う。
そして最後の荷物を降ろした後――。
「あれ、この子……どうしたの?」
アリサが船の端で何かを見つけて、そんなことを言った。
そこには、一匹の黒猫が倒れこんでいた。
「ケガしてるな」
身体や脚に、浅くはない傷がいくつか。
アリサはそっと抱きかかえて船から降りる。
「わっ」
すると突然、猫が身体を翻した。
一回転して砂の上に着地した黒猫は、こっちを威嚇するように牙をのぞかせると――。
「なっ!?」
身体が発光し、巨大な一頭の黒豹になった!?
いや、こんな大きな豹はいない。おそらくこの世界特有のヤツだ!
「下がってください!」
人間一人くらいなら飲み込んでしまいそうなその体躯を前に、マリアンヌが剣を抜く。
「ここ最近、王都から来た騎士たちが魔獣を探していたらしいが、おそらく……」
そういうことか。
騎士たちに追われて、とっさに船に隠れ込んだんだ。
ラフテリアが慌ただしかったのは、こういうことだったのか。
黒豹は身体を低くして戦闘態勢に入った。
低くうなるその姿は、満身創痍ゆえに鬼気迫る。
どうする……?
考えてみれば、異世界に来たってのに魔物と向き合うのはこれが初めてだ。
ましてやこんな大物が、いきなり出てくるなんて……っ。
武器を持つのはマリアンヌのみ。最悪の事態に動きが取れずにいると――。
「「アリサ……!?」」
マリアンヌと声が重なる。
アリサがなんと、黒豹に向かって歩き出した――。
「大丈夫。何もしないよ」
アリサは語り掛ける。
しかし黒豹は、威嚇をやめようとはしない。
「アリサ!」
黒豹はさらに牙をむき、荒々しく吠え掛かる。
「アリサ止まるんだ!」
マリアンヌも、敵意しかないその吠え方に制止の声を上げる。
どう見ても、アリサの言葉が届いているようには思えない。
そしてあの黒豹が攻撃に出れば、ケガで済まないのは明白だ。
浮かぶ場違いな雲が、エミナの海岸線に陰を作り始める。
止まらない。
アリサはいつものように、笑みを浮かべながら歩を進めていく。
そしてついに、アリサの手が黒豹に届こうとしたその瞬間――。
マズいッ!
黒豹はその牙を突き立てんと、アリサに飛び掛かる!
「ッ!!」
マリアンヌと共に、思わず走り出す。
「「アリサ!」」
黒豹がアリサを押し倒す。
そしてそのまま頭部が、アリサの首元に――!!
「アリサぁぁぁぁ――――ッ!!」
黒豹を引き離そうと、マリアンヌと共に駆けつける!
すると――。
「……大丈夫だよ」
ポンと、黒豹の頭に手を乗せて、アリサがそう言った。
黒豹は、アリサの肩に頭を預けるようにして気を失っていた。
あまりに急な、そして予想外の状況に言葉を失う俺たち。
「……お湯を用意してもらえるかい? あとあの……タオル、だったか?」
静寂を打ち砕いたのは、俺がエミナに来た時にマッサージをしてくれた、ばあ様だった。
「わ、分かったわ」
火精石と水精石で作ったお湯をエリーナが用意する。
「――――クラフト」
俺はその間にタオルと包帯を用意。
ばあ様は黒豹の血を流し、タオルで拭くと、そのまま包帯で患部を巻いていく。
「手慣れたもんだな……」。
「礼は、その水着とやらでいいぞ」
笑いながら言うばあ様。
「……アリサとかと同じやつでいいですか?」
だから俺はそんな冗談を――。
「頼んだぞ」
「いいんかい!?」
ビキニだぞ!? 肌面積ガッツリのビキニなんだぞ!?
「ふふ、冗談じゃよ」
な、なんてキレのある冗談なんだ……。
ばあ様が満足そう息をつく。
すると黒豹が目を覚ました。わずかに緊張感が走り出す。
「君は、どこから来たの?」
そんな中、アリサが優しく問いかけた。
黒豹は、しばらく黙り込んだ後。
「……最初は王都から南下したところにある山に、貴族が狩りに来たところから始まった」
しゃ、しゃべった……。
しかしエリーナを始め、俺以外は誰も驚いた様子がない。
この世界では獣が話すのは、そうおかしなことでもないのか……。
驚く俺に反してその声色は、どこか涼しげだ。
「狙いは一角兎のツノだったようだが……その時兎は子育ての最中だった。ワタシが身代わりになってヤツらの前に躍り出た。すぐに貴族は騎士を動員して私を追い駆け始めた。幾度の戦いを経てここまで逃げ続けて来たが……街の近くで取り囲まれて、船に逃げ込んだ」
それがここに来るまでの流れか。
「でも、どうしてその貴族はそんなムキになって追い回して来るんだ?」
「ユーキさん。このものたちの毛皮は、王都では権力の象徴なんです」
なるほど……そういうことか。
マリアンヌの説明に、得心する。
「…………世話になった」
すると黒豹はそう言って、ふらりと身体を起こす。
その足取りは、とても無事とは言い難い。
「……ユーキ」
アリサがそっと、俺のシャツの裾をつかんだ。
ああ、俺も同じことを考えてたよ。
「そのケガを抱えたまま帰るのはつらくないか?」
傷だらけの黒豹は応えない。
果たしてどれだけの間、権力の誇示のためだけに襲いかかってくる者たちから逃げ続けてきたんだろう。
これだけ理知的な話し方をするこの黒豹が、なりふり構わず牙をむいた。
ただただ、攻撃的に。
それだけ追い詰められていたんだ。
このまま「はいさようなら」なんて……言えねえよなぁ。
「しばらく、ここで休んでいけばいい」
「……だが」
「ここは孤島になってるから、そうそう見つかったりはしないと思う。さっきみたいに猫のサイズになればさらに見つからないと思うけど、できそうか?」
「それは、問題ないが」
「ここはそもそも、休息のために作った場所なんだ。それが誰であれ、俺は歓迎する」
そう言うと、エリーナが小さくうなずいた。
ていうかエリーナ、お前ちょっと泣いてるだろ。
追い詰められて攻撃的になる。そんな状況が、他人事ではなかったんだろうか。
「……分かった。世話になる」
そう言って黒豹は、一匹の黒猫に変身した。
どこか少し気品を感じる、スラリとした美しい猫の姿に。
「ありがとう、君のおかげだ」
そう言って、黒猫はアリサに頭を一度こすり付けると。
「そして、ユーキと言ったか」
その視線を俺に向けてきた。
「キミと、キミの仲間たちを信じよう。キミは、ワタシたちのような存在に優しそうに見えるよ」
そう言い残して、そのまま丸くなった。
よほど長い間気を張り続けていたのか、すぐに眠りにつく。
……そういえば。
前の世界で最後に見たあの黒猫は、今も元気にしてるだろうか。
そうだったらいいなぁ。
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