エリーナと憧れのアレ
「ちくしょう……今度こそ……っ」
俺は身体に着いた砂を払い、もう一度そいつに飛び掛かる。
「お、おおおおっ! でもまだ、まだあきらめねえぞっ!」
ここをしっかりつかんで、このままバランスを……ダ、ダメだ! これ以上体勢を保てないッ!!
「お、おおおおお――――ッ! ぐふっ!」
「何やってるの?」
再び砂に顔を押し付けている俺。
そこにいぶかしげな顔をしながらやって来た水着姿の少女は、エリーナ・ルーテンシア。
先日からここエミナリゾートのコテージに住み始めた、貴族のお嬢様だ。
マリアンヌの見事な手際によって、自主的に勉強をすることを条件に学校側は自由登校を許してくれた。
また世話になっていた貴族も二人を離れに住まわせていただけあって、定期的な連絡と要時の帰宅さえ守れば外泊しても良いと約束を取り付けて来た。
「いや、南国と言えばこいつだなと思ってさ」
「これ、何をするものなの?」
「寝るんだよ、ここで」
コテージ近くにあった二本の木に引っ掛けてあるのはそう、ハンモック。
南国での昼寝は絶対にこれでするんだと意気込んで【クラフト】で作ってみたんだけど……。
「それならどうして砂に顔を突っ込んでるの?」
「バランスを取るのが難しいんだよ」
「そうかしら。私には簡単そうに見えるけど……」
「ほう……言ったな。それならやってみるといい」
「いいわよ」
エリーナは得意げな顔で、ハンモックに跳び乗る。そして。
「ふぐっ」
そのまま見事に一回転して顔から砂に突っ込んだ。
「ほーら見ろ。俺以下だぞ」
「……い、いいわ。それなら勝負しましょう? どっちが長く乗っていられるか」
「上等じゃねえか」
トランプやった時もそうだったけど、エリーナって基本負けず嫌いだよな。
ただ、ハンモックで優雅な昼寝をするという野望。それを生意気お嬢にみすみす譲るような真似はしない。
俺は集中し、ゆっくりとハンモックに乗る。
「行くわよ。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」
「うわっ!」
「ふふ、十秒ね。はい替わって」
余裕の笑みを見せつけてから、慎重にハンモックに乗るエリーナ。
そのままゆっくりと、バランスを取りながら横になる。
「行くぞ。一、二、三、四、五」
「ほらどう? ちょっとコツをつかめばこれくらいなんてこと――」
……マズいな。ちょっとうまくなってやがる。
「六……七……八…………」
「ちょ、ちょっと! 六あたりから急にカウントが遅くなってる!」
思わず入れるツッコミ。
かかったな。俺の狙いはそこにある!
「ぎゅふ」
思わず顔を上げたことでバランスを崩し、エリーナはそのまま砂の上に落っこちた。
「八秒。どうやら俺の勝ちのようだな」
「ズルいわ! 明らかにカウントが遅かったもの! もう一回、もう一回勝負よ!」
「いいぞ? 何度やっても結果は同じだと思うけどな」
今度はしっかり網をつかんでハンモックに上がり、ゆっくりと横になった。
それを確認して、エリーナがカウント始める。
「一、二、三、四、五」
……いける。今回はなんか体勢が安定してる! 勝てるぞ!
勝利の予感。
するとエリーナは俺のところにやって来て、その細い指先を一本立てて見せた。
ん? なんだ、なにをする気だ?
「六、七――」
そしてそのまま俺の脇腹を、その指先で突っついた。
「うひゃはあっ! ぐべっ」
バランスを崩した俺はそのまま砂へ……。
「ふふふふふ、何よその声は。今回は七秒。これは勝負がつきそうね」
そう言うと、余裕の表情を残してハンモックに登るエリーナ。
……なるほど、そう来るか。
いいだろう。ならば『攻守』交代だ。
「一、二、三、四、五……」
カウント開始。
俺もエリーナ同様、人差し指を立てる。
「さっきはよくもやってくれたなぁ。やっていいのは、やられる覚悟のあるやつだけなんだよォ!」
「ふふん、残念だったわね。私の体勢を見れば分かるでしょ? 両腕でしっかりと守りを固めさせてもらったわ」
そう言ってエリーナは強気に笑う。
なるほどね。確かにこれじゃ脇を突くことは出来そうにない。
……仕方ない。
だから俺は伸ばした指先をそのまま――――へそに入れた。
「あひゃうっん!! はぶっ」
見事にバランスを崩し、ハンモックから落っこちるエリーナ。
「どうやら今回も、俺の勝ちのようだ――」
「ま、まだよ!」
「なっ!?」
思わず目を見開く。
なんとエリーナは、その全身で網にしがみついていた。まだその身体はどこも地面についてない!
な、なんて負けず嫌いだ!
「ほら、カウントを続けてよ!」
「……な、なぁエリーナ」
「待ったはなしよ! それにまだあと少しは耐えられる! 今回はこのまま勝たせてもらうわ――」
「――――いや、その体勢はいいのか?」
「……え?」
ハンモックにしがみつくような姿勢をしていたエリーナは、水着を着用してる。
それがそんなに足を開いて、しかも胸が……網に押し付けられて……。
なんていうか……エロいです。
「きゃああああっ! うぶふ!」
悲鳴と共に、エリーナが頭から砂に落ちた。
そしてすぐさま赤くなった顔で抗議の目を向けてくる。
「そ、そういうのは反則よ……っ!」
「いや、指摘しないとジロジロあの格好を眺めるヤバいやつになるから仕方なかったんだよ……あ、あと」
「あと、なに?」
「肩ひも外れかけてますけど……」
「ッ!?」
なんかこぼれ出しそうになってる胸の上部を押さえて、エリーナはさらに顔を真っ赤にする。
「……ねえユーキ。これ、仮に乗れたとしても……眠れるの?」
「…………確かに」
絶対無理だ。横になるだけでもこのザマなのに、ここで寝るなんて無理だろ……。
寝てる最中にいきなり落っこちるとか、めちゃくちゃ怖えぞ。
「「…………」」
途方に暮れる俺たち。
「何やってるのー?」
するとそこに、白いビキニのアリサのやって来た。
初めて見るのであろうハンモックに首をかしげる。
「ああ、これはハンモックって言ってな。ここで寝ると気持ちいいはずなんだよ」
「そうなんだ、寝てみてもいい?」
「ああいいぞ。出来るならだけど」
「よっと」
アリサはハンモックに乗ると、そのまま横になり、目を閉じた。
「……マジかよ」
「こんなにあっさりと……」
微動だにしない。
アリサはなんてことなくハンモックの浮遊感を楽しんでいる。
「な、なあアリサ、それどうやってやってんだ? コツを教えてくれ」
「…………」
「アリサ?」
「すーすー」
「寝てるわ……」
立ち尽くす俺とエリーナ。
「これは……わき腹突いても効かなそうだな」
「ふふ、そうね」
こうして俺の野望は、アリサによってあっさりと実現されてしまったのだった。
でもまあ、エリーナも楽しそうだし今回は良しとしておくか。
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