新しい朝
少し遅めの朝。
得意のスープとパンのセットに、目玉焼きを乗せたサラダも付けたちょっとだけ豪華な朝食を終えると、マリアンヌが率先して帰り支度を始めた。
昨夜のことを考えれば、もうエリーナが「ここを出て行け」なんて言い出すことはないように思う。
ちゃんと、この場所の意味は伝わったはず。
そしてエリーナは学校に通う身だ。
そうなれば、ここに長居することもできないんだろう。
「さあ、行きましょう」
マリアンヌの言葉に、歩き出すエリーナ。
「……エリーナ様?」
その足が、突然止まった。
どうしたんだ……?
急なことに、マリアンヌも首をかしげる。
するとエリーナは、うつむいたまま――。
「……帰りたくない」
そうつぶやいた。
「……ですが、そういうわけにもいきません。ユーキさんにはご迷惑をお掛けしましたし、これ以上お邪魔するわけにも」
立ち止まったままでいるエリーナを、マリアンヌが促す。
それでもエリーナは動かない。ただ、静かに首を振る。
ここに乗り込んできた時は別人のような、儚い立ち姿で。
そっか、それなら――。
「――――ここにいればいい」
「ユーキさん、ですが……」
「学校とか、今住んでる家の人に説明できるのならだけど。マリアンヌ、そこら辺はどうなんだ?」
「どちらも、定期的な連絡や言い様一つでどうにかできるとは思いますが……」
「不可能ではないんだな」
「はい。不可能というわけではありません」
「いいの……?」
うかがうように、視線を向けて来るエリーナ。
「ああ。前にも言ったように、ここはそういうための場所なんだ。それに俺は、つらい思いをしてきたヤツの味方だよ」
そう口にすると、かすかに不思議そうな顔をした。
「ただ、一つ条件がある」
「条件?」
「ああ。昨夜、マリアンヌからエリーナの状況を聞いたことを許してほしい」
「……っ」
エリーナはすぐさま、その目をマリアンヌに向ける。
「特にマリアンヌだ。俺に聞かせたのはエリーナのことを心配してのこと。昨夜のエリーナを見て、ちゃんと気持ちの変化に気付いてたんだ」
だから正直なところ、こういう展開も少し予想してた。
そう告げると、エリーナは少し逡巡する。そして。
「…………分かった」
そう言って、小さくうなずいた。
良かった。とにもかくにも、これでエリーナの件は一件落着だ。
……さて。
それはそれとして……どうしよう。
なんだか借りて来た猫みたいに静かなエリーナ。
申し訳なさそうにするマリアンヌ。そして、何をどうすればいいか困る俺。
三人、どうするでもなくエントランスに立ち尽くす。
どうしよう……この空気どうしよう……っ。
そ、そうだ!
「悪いエリーナ、もう一つ条件がある」
「もう一つ?」
そう言って俺は、両手でエリーナの肩をつかむ。
そしてすぐさまスキルのパネルから、それを選んで――。
「――――クラフト」
スキルを発動。
エリーナが着ていた制服のような服が消えて、一瞬で黒のビキニに換わる。
「ッ!?」
均整の取れた体つき。
こんな暑い地方に住んでいながら、白くなめらかな肌。
華奢でありながら、程よく付くものの付いた身体は、手で触れたら吸いつきそう。
そんなエリーナが、一瞬でその顔を赤くする。
「……な、なにこれっ!?」
身体を隠すようにして、慌ててその場に座り込む。
「こ、こんな格好を男性に見られるなんて……っ。も、もう一つの条件ってまさか……い、いやらしい事なのっ!?」
「違げーわ!」
「それならこの格好はなんなの!?」
「ここではそれが正装なんだ! さあ行くぞ!」
「行く!? 行くってどこに!?」
分かってる、俺が言ってることはめちゃくちゃだ。
それでも俺は、困惑したままのエリーナの手を引いて走り出す。
もちろん行く先は一つだけ!
「エリーナ、泳げるよな?」
「そ、それなりには……でもそれがなんだっていうの?」
よしこれで問題はなくなった。もう遠慮はいらない。
あとは野となれ山となれだっ!
「え? え? 何? 何をするの!?」
俺は困惑するエリーナと共にウッドデッキに駆け出すと、そのまま――――跳んだ。
「……って、きゃああああ!」
バシャーン!
高々と、水しぶきが跳ね上がる。
やがてゆっくりと、海面に顔を上げたエリーナは。
「うわ、新種の化け物みてえ……」
金色の髪を顔全体に張り付かせた、酷い顔をしていた。
「い、いきなり何するのよっ!」
同じく水面に顔を出す俺に、つかみかかって来るエリーナ。
「こ、これがここの歓迎の挨拶なんだよ。なぁエリーナ、好きなだけここにいてくれていい。ただ――」
そう、これがもう一つの条件。
「普段のエリーナで頼むよ」
そう言うとエリーナは、あっけに取られるような顔をした。そして。
「……ありがとう、ユーキ」
そう言って、笑った。
燦々と輝く太陽にキラキラ光るエミナの青い海で。
それは初めて見る、咲き誇る花の様な満面の笑顔だった。
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