始動・エミナリゾート
「エリーナ、マリアンヌ。夕食の準備ができたぞ」
夜になれば、ここエミナリゾートは雰囲気が一変する。
下級の火精石で作った照明が放つ炎。
その橙色の光や揺れる影がなんだか原始的で、不思議とワクワクする。
「言っておくけど、私は食べ物にはうるさいから。中途半端なものを出すくらいなら早く謝った方がいいわよ」
相も変わらず高飛車な、エリーナの態度。
マリアンヌもクールなたたずまいで後に続く。
そんな二人はリビングにやって来て――。
「「…………」」
言葉を失った。
ここリビングにはアリサや親父さんを始め、エミナの人たちが集まっている。
そして大きなテーブルに並んだ料理の数々は、豪華の一言。
「食は良い休養の基本の一つだからな」
「ま、まあ見た目は悪くないけど、肝心の味の方はどうかしらね」
たかが知れているわ。そんな態度で、エリーナは目の前に置かれた料理に手を伸ばす。
エビのマカロニグラタン。
白身魚のサラダ。
アサリやイカを中心に、パプリカで彩りを添えたパエリア。
ハマグリと、エミナの名産である鯛みたいなやつをトマトとオリーブオイルなんかで煮込んだアクアパッツァを大鍋で。
そしてこの辺のフルーツの味を覚えるために、果実の盛り合わせなんかも用意した。
エリーナは、その一つ一つを口に運んでいく。
……さあ、どうだ?
親父さんの獲って来てくれた、最高の魚介たち。
それを俺の世界の知識とアリサの腕で完成させた、エミナのフルコース。
この世界の貴族に……ハマってくれるか?
エリーナはあくまで高飛車な態度を崩さず、息をつく。
「ま、まあまあね。悪くはないわ。でも私たちのように普段からいいものを食べなれている人間にはこのくらい……ちょっとマリアンヌ! 恥ずかしいからあんまりがっつかないで!」
「うぐっ」
エリーナに背中を叩かれて、マリアンヌがむせ返る。
いいぞ、いい流れだ。
食べたことのないものばかりなんだろう、目を白黒させる二人。
俺はさらにここで……追い打ちをかけていく。
「これは、なに?」
俺が冷凍庫から持ち出してきたのは、ラズベリーのシャーベット。
「常夏のエミナにはよく合うんだよ、こういうのが」
言われるままエリーナはシャーベットをスプーンに乗せ、そっと口に運ぶ。
目を見開く。
そして無言のまま二口目、三口目。
よーし、こいつも好感触だ。
「マリアンヌには……これなんかどう?」
そんなエリーナを、横目でチラチラと眺めるマリアンヌ。
勧めるのは、錬金術師アルルに作ってもらったココナッツリキュールをパイナップル果汁で割ったもの。
そう、カクテルだ。
「おいしい……っ」
たった一口で、マリアンヌは早くも相貌を崩し出す。
二人のそんな姿に、アリサとうなずき合う。
いいぞ! ここからさらに畳みかける!
食事が終われば、次はもちろんあいつの出番だ!
「エリーナ、風呂の準備ができてるぞ」
「え、ここにはお風呂もあるの?」
残さずシャーベットを食べ終えたエリーナは、意外そうな顔をする。
おそらくこの世界では家に風呂があるのは一部の貴族だけ、庶民は水浴びか良くて大衆浴場なんだろう。
風呂文化のレベルは、おそらく高くない。
思わず笑みがこぼれる。
「もちろん。風呂にゆっくりボーッとつかるのも、気持ちの療養になるだろ? ――――クラフト」
買っておいた布切れを、ふわふわのバスタオルに変換。
「身体はこれで拭いてくれ」
「…………っ」
その感触を確かめるように、エリーナは無言のまま何度もタオルをなでる。
タオル自体は、俺の世界でも近代にならないと出てこないような発明品だったはず。
この世界にも、このレベルのものはないだろう。
さらに変換と加工で作った、パイル地のパジャマも一緒だ。
こういう身体に触れる物の『優しさ』も、結構大事なんだよな。
「……そ、そういうことなら入らせてもらうわ。うちのお風呂とどちらがいいか、見ものね」
エリーナはそう言い放つと、「ふん」と顔を背けて風呂へと向かった。
「…………」
計画通り。
風呂から出て来たエリーナは、見ればすぐ分かるほど肩の力が抜けた状態だった。
木製の大きなバスタブには、水精石と火精石で作られた湯が流れ続けるようにしてある。
炎、そして月明り。聞こえるのは湯の流れ続ける音。
そんな風呂にゆっくりとつかるのは……最高だったろう。
「エリーナ! ゲームしよう!」
そんな風呂上がりのエリーナに、アリサが声を掛けた。
おっと、これは意外な展開だな。
「ゲーム?」
「ユーキが作ったんだけど、すっごく面白いんだよ」
「……私は……遊びに来たんじゃないわ」
エリーナはすげなく言い放つ。
「なんだ、ラフテリアの時と違ってずいぶん消極的だなぁ。勝つ自信がないのか?」
だからこうやってちょっと挑発してやったら――。
「……上等よ。ルールを教えなさい」
すぐに乗って来た。
「それならマリアンヌも一緒にやろう」
「ふぁい?」
いつもの凛々しさはどこへやら、呼ばれたマリアンヌは内股でやって来る。
……うわ、この人酒に弱いのか。
そんな酔っ払いを入れて、四人輪になって腰を下ろす。
まあ俺が作ったって言っても、ただのトランプだ。
四人で盛り上がるなら、あれしかない。
少し時間をかけて説明するのは、大富豪。
予想通り、始まってしまえばすぐに楽しくなる。
「……さっきまでの勢いはどうしたのかしら?」
「くっ」
俺の強カードを二枚取って、得意げな顔で挑発してくるエリーナ。
「今なら、できるっ!」
「だからそれやめろって」
ここぞとばかりに俺の恥ずかしいやつを決め台詞にして革命を起こすアリサ。
「あがり!」
「さっきからおかしいわ。こんなに適当にカードを出して勝てるってどういうことなの!?」
謎の強さを誇るアリサに、エリーナが怒り出す。
「マリアンヌ! あなたどうしてそこでそれを出すのよ! このままじゃ二人で下位独占よ、少しは考えて!」
「……ふぁい?」
ずっとほわほわ状態のマリアンヌに、ついにエリーナが吠えた。
そんな俺たちを見て、笑いながら賭けトランプを始める親父さんたち。
気が付けばここ、エミナリゾートのリビングは笑いであふれていた。
するとやがて、エリーナが思い立ったかのように立ちあがる。そして。
「…………そろそろ、寝るわ」
そう言い残して、そのまま部屋に戻って行く。
そのあまりの唐突さに俺たちは、ただその背を見送ることしかできなかった。
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