第35話 尊敬する人
別に後悔はしていない。
私が稼いだ時間のおかげで、彼らが助かったのなら良かったと思う。
でも。
「死にたくは……ないなぁ」
突然の出来事だった。
今回のボス戦はかなり慎重に進められた。エスケープオーブのある限り何度も事前調査を行い、ボスのステータスや攻撃パターン等の情報が集められていた。
だからこそ、情報にない変化に対応が遅れた。
とはいつつも、私たちは曲がりなりにも一流の冒険者集団だ。総隊長の指揮のもと、作戦失敗による撤退は随時行われた。
五人ずつの編成で、十回ずつ。エスケープオーブを何個も使って脱出を試みた。
予想よりも多く使ってしまったため、最後である私の順番では、念のため渡されていた予備を使っての脱出だった。
それは、殿役である私のためのオーブ。――それを使ってしまった。
「あとちょっとだったのになぁ……」
ボス部屋には私一人残っていた。
ボスの突進攻撃を防ぐために魔法で足止めをしたのだが、その一瞬の行動が結果を分けた。
ギリギリ、エスケープオーブの効果時間に間に合わなかったのだ。
殿としての役目はしっかりと果たせたと思う。ただ、まさかボス部屋に取り残されるとはね……。
「もう無理……なのかなぁ……」
諦めの声を漏らしつつ、私は自分のステータスを呼び出した。
如月 真奈 Lv80
HP 5500/14500
MP 80/1050
攻撃力 2180
防御力 1895
知力 2930
抵抗力 1660
素早さ 1922
運 347
【スキル】
剛Lv19 縮地Lv19 物理耐性Lv8 魔法耐性Lv7 MP消費減少Lv10 危機察知Lv10 HP自動回復Lv2 MP自動回復Lv2 風魔法Lv20 水魔法Lv20 探索Lv8
無名さんの教育のおかげで、知力や魔法スキルは周りと比べてかなり良いと思う。
ボス相手に一人で対抗できたのはこれのおかげだ。
でも、そんな魔法もMPが無ければ使う事が出来ない。私はステータスに表示されたMP残量を見ずとも、なんとなくMPが無いのは感覚的に分かっていた。
ボスの攻撃は私一人に向けられている。正面からぶつかったところでステータス的に勝ち目はないので、躱すか受け流すことでなんとか生き延びている。
「はは……」
渇いた笑みが零れる。勝てないと分かっているのに、無様にも生きようとしている私。
こんな桁違いのボスを、一人で倒しちゃうもんなぁ……
思い出すのは初めて無名さんと会った時の事。ダンジョン一つ全てを一人で攻略したなんて誰も信じてくれないだろうけど、私はこの目で見てきた。
正直、彼の事を尊敬している。
魔法技術もさることながら、戦闘全般において足元にも及ばなかった。
ダンジョンが出来てからおよそ一年半年。その間に得た経験が圧倒的に違うのだろう。
「Grwoooo!!!」
ボスの攻撃が迫っていた。もう動く気力がなかった。
生きるのを諦めたからだろうか。
こんな時に、どうでもいいことを考えてしまっている。
思い出したのは、とあるダンジョン研究者の論文発表だ。
……あれ? おかしいな
いつまでたっても衝撃がやってこない
『ステータスの伸び率は人それぞれだ』
『だが、私の研究ではそこに努力値があると考えられる』
ゆっくりと目を開ける。
そこにボスの姿は無かった。
代わりに……
『魔物相手にどんな戦いをするか』
『質の良い戦闘は、質の良いステータスを生むのだ』
いるはずのない、ある人の姿が目に入った。
これは、幻覚……なの? それとも走馬灯?
『例えば、同じ魔物相手にいくつかチームが挑むとする』
『人数の多いチームは簡単に倒せるが、一人一人の経験値が薄くなってしまう』
『逆に、人数が少ないチームは激戦を強いられるが、その分一人一人の経験値は濃い』
違う、確かにここにいる
『ここでいう経験値とは即ち、個人がどれだけ成長したかという意味だ』
『つまり、激しい戦闘をすればするほど、ステータスは上昇する』
『結果から言えば、少人数なチーム程、ステータスの伸びが良いことが分かった』
そこにいたのは――無名さんだった。
「大丈夫か? 後は任せろ」
私の記憶はそこで中断され、思考が戻る。
人数が少ないチームでの攻略の方が、個人のステータス上昇幅は大きくなる。
とすれば、一番効率が良いのはソロ攻略だ。勿論、とてつもないリスクを伴う。
丁度私の目の前に、心当たりのある人がいるなぁ……。
私の中でゼロだったはずの生存確率が、一気に上昇していく。
はは、もう死ぬ気がしないや。
「選手交代だ。 弟子の尻拭いは師匠の務めってな」