第28話 疑念と本音
「一緒にご飯食べに行きましょう!」
魔法を教えてもらったお礼です! とせかす彼女に根負けし、俺は外出の支度を始める。
本当は俺がお礼をしたいのだが、それよりも彼女の願いを聞く方が良いと判断した。
お礼を有難く受け取ることで、彼女の中の気持ちが収まるのなら、それはそれでいいだろう。
「無名さんは何か食べたい物とかあったりします?」
「いいや、特に好き嫌いはないな」
「じゃー私のおすすめの店に行きますか!」
そういって到着したのは、少しおしゃれお店だった。内装は落ち浮いた感じで、木材をベースとした空間づくりに温かみのある夕暮れ色の照明。席を照らす明かりは少し強めになっているくらいで、眩しいと感じることはなく絶妙な加減だ。
「いい雰囲気のお店だな」
「うわ、それって褒める所がない時にいうやつですよ」
「う、あーその、温かみが感じられてだな……」
「冗談ですよ、私も好きです……この雰囲気」
出会った頃はすこし他人行儀だった彼女とも、最近ではからかってくるくらい打ち解けていた。もうそろそろ知り合って四ヶ月になる。そこそこ長い付き合いになったなぁと、時の流れを早く感じ、感慨にひたる。
お互い頼んだ料理を食べ終えた後、俺はコーヒーを彼女はミルクティーを注文した。
「いつもありがとうな、気にかけてくれて」
「いえいえ、好きでやっているので」
最近はお互いどちらが譲歩するかの水掛け論もなくなり、どちらかがお礼を言ったら言われた方は素直に受け取る、という形になってる。
雰囲気が良くて魔が差した俺は、つい気にしていたことを聞いてしまった。
「なぁ、君が俺を気にかけてくれるのは……やっぱりそういう命令があるからか?」
……しまった。これは聞かない方が良いことだ。どうせ彼女は気をきかして、そんなことは無いですというに違いない。
こんな情けない質問をするとは、やはり俺はどうしようもなく屑だなぁ。
俺が忘れてくれと言い出す前に、彼女は返答をしてくれた。
「まぁそうですね、そういうお願いはされてますよ」
珍しく彼女は真剣な顔をして語り出した。
「でも、全然苦じゃないですし、むしろ有難いです……ほら!、無名さんとお近づきになっておけば? 魔法とか戦い方とか学ばせてもらえますしね!」
……こんなに素直に答えてくれる彼女を、疑うのか、俺は。
「すまない、変なことを聞いたな……ありがとう、本当に」
「またお礼ですか!? ええ、こちらこそ! いつもありがとうございます」
ちょっと気まずい空気にさせてしまったので、会計は俺がしておいた。後から「私が奢ろうと思っていたのに……」と少しショックを受けていたので、帰りに自販機で缶コーヒーを奢ってもらった。
♦ ♦ ♦ ♦
うわーびっくりした。急にあんな真剣に聞かれるものだから、つい「有難い」なんて本音まで口にしてしまった。
無名さんと別れた後、私は自室のベットで横になりながら、今日の出来事を思い出していた。
「優しいな、無名さん」
彼は優しい。
とくにどこがって言われると、なかなかここがとは言えないけれど、雰囲気が温かいのだ。
最初は冷たい人……というか、愛想のない人だと思っていた。あまり人を寄せ付けない雰囲気を纏っていて、私も少し困っていた時期もあった。
でも、実際に話してみると、その性格はむしろ第一印象とは真逆だった。
人の事をよく見ているし、相手を常に思いやっている。それに、彼は結構一人の時はテンションが高いらしく、たまに様子を見に行くとなにやら笑顔で取り組んでいる時があるのだ。
『なぁ、君が俺を気にかけてくれるのは……やっぱりそういう命令があるからか?』
初めて見た彼の不安そうな彼にびっくりして、ついつい何も考えずに答えてしまった。
「うわぁ、なんか急に恥ずかしくなってきた」
面倒を見る、それも年上の男性を気にかけるのが好きってなかなかヤバいことを言ってしまったのでは!?
で、でも、元はと言えば無名さんが悪いと思う。あんなに不安そうな顔をして話しかけてくるのは、なんというか……そう、ギャップがあった。
ダンジョンランキング一位、そしてそれを疑わせない技術をもっている彼の事を、ぶっちゃけ尊敬していた。
だからだろう、あの時の彼にギャップを感じたのは。
うぅ……眠れないぃ
自分の言動の恥ずかしさにやられて一睡もできなかった彼女は、次の日の仕事場で恵美にさんざん問い詰められ、その後、「ほんと可愛いなー」と大笑いされるのだった。




