第26話 夢の魔法と過保護な彼ら
彼女と出会ってから二か月程経つ。
最近は魔法と剣術両方を彼女に教えている。彼女が日頃から忙しいことや、俺の存在から訓練施設が貸し切りの時しか練習が行えないこともあり、教える回数自体はそんなに多くない。だいたい週に一回くらいのペースで行っている。
しかし、彼女の恐ろしい成長速度には毎回毎回驚かされる。再会するたびに強くなっているものだから、いつの間にか立場が交代していそうで怖い。
危機感を感じた俺は、こっそりと魔法の練習を始めるのだった。
カオスソルジャーの使っていた光魔法と闇魔法。俺はこの二つの属性を極めようと日々試行錯誤を重ねていた。
「まだだ……まだ諦めんぞ……」
俺が今挑戦している魔法、それは――
――透明化魔法だ。
♦
魔法の練習を始めて一週間。
ついに俺の努力は報われていた。
「ハリボテやんけ」
光というものは反射する。今見えている光景だって、太陽や照明といった光源から出る光が反射し、目がそれを認識しているに過ぎない。
つまり、目が受け取る光という情報は平面なのだ。実際は少し丸みを帯びた凸状なのだが、まぁそれは今は関係ない。
これが何を意味するかと言うと、俺の完成させた透明魔法は平面なのだ。ある一方向から見れば完璧といってもいい同化を可能とする俺の努力の結晶は、少し見る角度を変えただけでただのモザイクと化す。
「せっかく影までつけたのに……」
この透明魔法、ほとんどは光魔法で構成されている。闇魔法は邪魔な光を消したり、違和感を無くすための影を作るのに使用している。
事象を消すという俺の探し求めていた魔法に近い可能性を秘めているのにもかかわらず、役割まで影な闇魔法君に、俺は少し同情するのだった。
ちなみに、ハリボテ魔法と名付けた。真奈さんの事を悪く言えないね。
翌日、真奈さんが部屋にやってきた。
「今日はどうしたんだ?」
「いきなり押しかけてすみません、どうしてもお礼が言いたくて」
お礼? 俺が彼女にいつもお世話になっていますと言うなら分かるが、彼女が……俺に?
「無名さんのご教授の甲斐あって、私、無詠唱ができるようになりましたっ!」
……。
「へ、へぇ~ な、なかなかやるじゃん?」
す、素直に喜べねぇー
え、なにこの子、もう出来るようになっちゃったの? おじさん結構頑張って習得したんだけどなぁー。若いってすごいねー、上達も早いねー。――はっ!
いかん。これは喜ばしいことのはずだ、醜い嫉妬心など捨てるんだ。
誰しも向き不向きはある。たまたま……そう! たまたま彼女は魔法の才能があって、俺には無かっただけなんだ。
彼女はすごく嬉しそうに今日の活躍を話してくれた。いつもなら間に合わない絶妙なタイミングでの攻撃、警戒が薄くなったところへの不意打ち。
こうして楽しそうに話す彼女は年相応に見え、いつもどこか気を張っている彼女を見ている俺としては少し新鮮だ。
信用……されているのだろうか。
少し複雑な感情が渦巻く。だが、今の俺の表情はきっと緩んでいるのだろう。頭でどう考えようが、体は正直だ。
俺が少し黙っていると、何を感じたのか彼女はふと我に返り、顔を赤くしてうつむくのだった。
「す、すみません……少しばかりテンションが上がりすぎてしまいました」
よほど恥ずかしかったのか、どんどん小さくなっていく真奈さん。今のは俺が黙ったから、呆れられたと思ったのだろう。
俺は彼女に話を振った。
「どうだった? 発動の感覚は掴めたか?」
「は、はい! あと少し練習すれば、問題なくいけると思います!」
「後は細々とした練習だな」
俺は彼女に魔法のさらなる可能性を語った。そして、今までなんとなく黙っていた称号についても教えることにした。
「称号ですか……まだまだ無名さんの領域には届きそうにないですね」
いや、十分追い付いてますよ、あなた……。
♦ ♦ ♦ ♦
真奈が無名に無詠唱習得の報告をしにいった日、その場にいたミリタリーの面々は会議を開いていた。
「今日の帰り際の真奈ちゃんの様子……見たか?」
「今日も可愛かったなぁ」
「いや、美しかったであろう」
「いや、そこではなく!」
ゴホンッ、と咳払いをする男。
「あの顔……あれは、恋する女の子の顔だ」
「「「な、なんだとぉ!?」」」
「一体どこの馬の骨だ! 我らの女神を誑かしたのは!」
「死んでも許さん」
「落ち着けお前ら……彼女の幸せは俺たちの幸せ、そうだろ?」
そういう男の目には、涙がにじんでいた。
「っ……!」
「あぁ、そうだな……」
彼らはミリタリーではそこそこの古参で、タイミング的には真奈と同時期に入った一般応募のメンバーだ。
年齢は三十を少し超えたあたり。入ったときには十八だった真奈を、娘のように見守ってきた。
ちなみに、ミリタリー第二部隊の中では頼れる先輩冒険者で通っている。
勿論、真奈もそう思っていた。
「我々は、そろそろお役御免という訳だ」
「彼女にも、頼れる人ができたんだな……」
彼らは、同年代の同僚がいなかった彼女をずっと気にかけていただけの優しいおじさん達である。
ただ少し、過保護なだけで。