第25話 方針と旧友
とある会議室に、三人の人物が集まっていた。
深い皺を眉間に寄せ、鋭い眼光を持つ。
現内閣総理大臣、杉本 司。
一見すると頼りない風貌をしているが、部下からの信頼は厚い。
ミリタリー第二部隊隊長、大杉 泰造。
顔は大きいが背が低く、笑い方に少し癖がある。
ダンジョン庁総合対策官 中村 一郎。
国家機関の中でもかなりの立場に就いている彼らは、ある問題に対する議論を交えていた。
「それでですね総理、この……」
「たいちゃん、ここは防音だしプライベートな空間だ。堅苦しいのはやめて、昔のように話さないか?」
泰造の発言を遮り、司はそう言った。
見かねた一郎が注意をする。
「はぁ……つかっちゃん、あんたはもう一国のトップなんだよ? 真面目にやらないと」
「どうにも政治家ってのは息苦しくて仕方がない。メディアのせいでどこに行っても気を張らなくちゃぁいけねえ」
「大変だなお前も……分かった、ここだけだぞ? 昔のように話そう」
「たいちゃんは変わらねえなぁ、ありがとよ」
三人はともに同じ大学に通っていた旧友で、一時は道を違えたが、司の呼びかけで十年ほど前から同じ政治家として仕事をするようになった。
泰造は、今回の話題である新ダンジョンの発見とダンジョンランキング一位の人物についての現状を説明した。
「裏は取れたのか? 未だに信じられねぇ、あの魔境に一年間もいたってのか?」
「あぁ、部下からの報告だとそのようだ」
「部下ってぇとあれか、お前んとこのエースか」
「彼女なら俺も一度会ったことがある。若いのにしっかりしていて、好印象だった覚えがある」
部下を褒められて嬉しいのか、つい顔が緩む泰造。それを見た司と一郎は互いに顔を合わせて笑う。
「今までいろんな奴と会ってきたが、いまだにたいちゃんほどできた奴はいなかったねぇ」
「同感だ。ほんと、どんな教育を受けたらそこまで優しい性格になるのやら」
「なんだよ二人して、にやけながら言われても嬉しくないぞ」
その後も、今後の方針について語り合う三人。話は無名個人のことから、ダンジョンについてへ派生していった。
「どうにか彼をダンジョン攻略に参加させられんか」
「彼の意思はどうなんだ? 協力的なのか?」
「それについては何とも言えない状況だ。彼の事は彼女に一任している……関係は悪くはないといったところらしい」
それを聞いた他二人は安堵する。もしもダンジョンランキング一位の彼が協力的でない、最悪他国にでも流れてしまっていたら、日本の未来は無いに等しい。
「強制は――させたくないんだろ?」
司の問いに、泰造は無言で頷く。
「すまない……我儘なのは十分承知している」
政治家として、国を動かすものとして、時には非情な決断を下さなくてはならない。彼ら三人も何度もそういう事を経験してきた。
泰造のことをよく知っている二人は、そこにあるのが優しさだけでは無いことを理解していた。
「まぁ、対立して他国に行かれる事だけは避けたいしな」
中村もそれに同意する。
やろうと思えば、いくらでも強制させることはできる。それこそ適当に罪をでっち上げて、釈放する代わりに国の犬として働かせることだって。
平和な国である日本にも、そういった影の部分が潜んでいる事を三人は身をもって知っていた。
「彼の望みは自由らしい。彼女がそんな雰囲気を感じると言っていた」
「なるほどね、だからランキングを公開しない。彼には地位も名誉も不必要のようだ」
三人の意見は一致した。
とりあえずは現状維持。彼の機嫌を損ねないようしつつ、日本に協力的になってもらえるようにすることが第一目標である。そして、間違っても彼を他国に取られてはならない。
「そうだ、二人とも良いか? この前の件なんだが……」
話題は別の事柄に移り、彼らの意識はそちらへ向けられていった。
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話し合いを終えた三人は、そのまま飲み会という流れになっていた。
「はははは! そうか、お前もついにおじいちゃんか!」
「もう少し安定してから家庭を持てと、あれほど言ったのに」
話の内容は、泰造に孫が生まれるかもしれない、というものだ。今月の初め頃に、泰造の息子が結婚式を挙げたのだった。
「お前が結婚したのは……たしか今から二十年くらい前だったか?」
「そうえばたいちゃん! あの時なんか子供を保護してなかったかい?」
「あぁ、よく覚えている。 とても悲しそうな顔をしていてな……今でもあの子の表情は忘れられん」
「俺が面倒を見る! つってー珍しく騒いでたもんなぁ!」
「養子にするとか何とかも言ってなかったか?」
「あったなぁ……そんなことも」
三人の昔話は、翌日の朝方まで続いた。