第22話 挑戦と人気者
俺は今、極限まで集中している。
かつてここまで鋭いまなざしをしたことがあっただろうか。肩、上腕、二の腕、手首、手。全てが完璧な動きをしなければ、達成することは不可能だ。
全神経を右腕に集中させる。刻一刻と迫るタイムリミットは早すぎても遅すぎても駄目。
こいつの動きや状態からタイミングを見計らい、その時を待つ。
カオスソルジャーとの戦い、それに匹敵する緊張が俺の全身に走る。
パチ……パチチッ…………いまだっ!!!
「ウォオオオ!」
たかが半回転! されど半回転んんん!!!
フライパンの中にあるお好み焼きが――動き出す。
俺の目の前には、今日の昼ごはんであるぐちゃぐちゃのお好み焼きが置かれていた。テレビで「自宅でもできる! 簡単お好み焼き!」という番組を見て作りたくなったのでやってみたのだが……。
「簡単とは、いったい誰基準で言っているんだ?」
フライ返しを使えばひっくり返すのも楽ちんですね、と言っていたのでフライ返しも買ってやってみたのだが結果は御覧の通り。とてもお好み焼きとはいえないものが完成した。
「世の主婦の皆様は、全員この技を習得しているというのか……」
フライ返し、恐ろしい技術だ。
いったいどれだけ研鑽を積めば、『主婦』という境地に至れるのだろうか……。
ちなみに味は普通だった。可もなく不可もなく、説明通りに作ったのでそこは失敗しようもない。よく、アニメとかで爆発するような描写があるが、あんなこと現実で起こったらもはやそれは料理ではなくただの事故だ。
とりあえず食べ終わったので、食器を洗いにキッチンへ向かう。
一人暮らしの時は料理なんてコスパが悪く、自分で作ろうと思ったことは無かったので、食器洗いはともかくボールや菜箸といったキッチン道具を洗うのも初めてで慣れていない。
調味料をかき混ぜるのに使っていたお椀から、俺は反撃を食らっていた。
皆さんも洗い物をしていて一度は経験したことがあるのではないだろうか。勢いよく流れ出る水がパラボラアンテナの要領で勢いそのまま跳ね返り、自分へと狙いを定めるアレだ。
俺はあれを「ウォーターカウンター」と呼んでいる。
料理は作るだけでなく、片付けるまでが料理。しみじみそう思うのだった。
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ソファーに寝っ転がりながらネットニュースを見ていた。つい先程、真奈さんが言っていた携帯が俺の元に届いた。
これについても支払いは済ませてあるので気にする必要はないらしい。
「話題にもなるかぁ」
俺が見ているのはダンジョンに関するニュースを記載しているサイトだ。そこには、ダンジョンから発見された新アイテムや、魔物等が取り上げられていた。
他にも、今注目の冒険者!という項目もあり、そこへ飛ぶとまるでアイドルのように各々の冒険者が紹介されていた。実名を上げる者やランキングを公開する者、人気冒険者には実名の代わりに芸名のようにあだ名を決めている者も多くいた。
「スゲーなぁ、ダンジョンの経済効果」
一年居なかっただけでこうも変わるものかと、俺は少し感心すらしていた。
今見ているページは冒険者の人気ランキングだ。
「やっぱり、俺 なんだよなぁ」
人気冒険者ランキング第2位の冒険名「戦場の女神」を抑え、堂々の首位通算40週連続を飾っているのは、誰も名前を知らない――しかし存在は誰もが知っている。
ダンジョンランキング一位、つまり俺だ。
「マフィアやギャングなわけないだろ」
ネットの記事に書かれている俺のことはどれもこれも見当はずれすぎて、つい吹き出してしまった。
ネットでは俺の事で持ち切りだった、それこそ世界中で。
どんな人物でどれくらい強いのか。そもそもどこの国出身なのかも分かっていない。表面上は国が個人を捜索するなんて言えないが、実際は各国が血眼になって探して、自国で確保しようとしていることを、人々は薄々気づいていた。
だからこそ、ネット上では常に盛り上がる。世界中が探しているのに一向に見つからず、しかしダンジョンランキングを見れば必ず存在している。そんな興味を引く要素しかない人物について喋りたくなるのは、まぁなんとなく理解できることだ。
ちなみに、ダンジョンランキングがここまで信用されている理由を知ったのはつい最近だ。
ダンジョン運営がここまで厳しい管理を行っていることに最初は驚いたが、ダンジョンが社会に及ぼしている影響の大きさを考慮すると、納得できる。
「余計なシステムを作りやがって」
この世界では目立ちたくない無名は、少し不機嫌になった。
世界を変えた神的な存在に文句を言う。聞こえるはずもない愚痴が部屋に響いた。
その後もダンジョンランキングに不満を覚えつつ、記事を読む。
ただ、的外れな予想を見るのが楽しいのか、少しニヤニヤする無名であった。