第21話 許容範囲と移住
「それで、無名さんにはある程度生活できる部屋と設備をご用意しました」
「何か裏があるんだろう? どうせ俺の力が必要だとか何とか言われて、慌てて探しに来たとみた」
「いやぁ……それはなんというか、ははは……」
微妙な表情をする彼女からだいたい察しが付く。俺が不満そうな顔をしていたからだろうか、彼女は精一杯のフォローをする。
「で、でも! 強制とかはしないようにするって言ってましたよ!」
彼女の事はある程度信用できるが、それ以外の人……とくに国に務めるような人は、一癖も二癖もあるような奴ばかりだ。これは俺だけの偏見ではないだろう。
そんな奴らが彼女に何を言ったか知らないが、俺はその約束に不安しかない。
だが、ある意味良い条件なのかもしれない。日本に生まれ、この歳になるまで育ってきた。
郷に入っては郷に従え。下手に反発して国と対立しても、面倒くさくなることに変わりはない。
結局、完璧に『自由』とはならないのだ。
「まぁ、とりあえず納得した。君が言うには、悪いようにはならないんだろ?」
あちらから一応『自由』を許されたのだから、存分に自由を謳歌させてもらおう。
俺が了承の返事を返すと、彼女は安心したのか「ふうっ……」と息を吐いた。
少し雑談をしてから、俺たちは喫茶店をでた。
「じゃー部屋へ案内しますねー」
機嫌の良くなった彼女は嬉しそうに笑っていた。何がそんなに嬉しいのか分からないが、不機嫌になっているよりましだと考え、俺は彼女の道案内に耳を傾けた。
「なあ、本当にここで合っているのか?」
「間違いありませんよ、私と同じマンションですし」
「え? そうなの?」
「あれ、言ってませんでしたっけ」
到着したのは10階建てのマンションだった。建ってから日が浅いのか、マンションの外観も内装もむちゃくちゃ綺麗で、ホテルかと勘違いしてしまいそうだ。
中はいたって普通のマンションなのだが、少し奥へ進むと売店やジムなどがあり、確かに生活には困らなそうだと感じた。
「随分と新しいな」
「なんと! このマンションは私たちミリタリー第二部隊専用住居なんですよ!」
少し誇らしげに語る彼女によると、こんな高そうなマンションを一部隊がまるごと買ったらしい。流石としかいいようがない。
案内されたのはこのマンションの最上階。景色が一望出来て良いのだが、少し落ち着かないな。
家賃は勿論、光熱費も全て払ってくれるらしい。俺が遠慮しようとしたのを察したのか、彼女は金銭関係の事について説明してくれた。
基本的に自動で家賃と光熱費を住居者の口座から引いているのだが、俺の場合は口座がなく、開設もできないため、配慮してくれたのだそうだ。
近いうちに俺のいたダンジョン内のアイテムを回収してくれるそうで、もし気に病むのならそのアイテムの売却金から部隊が払った費用を返してもらう、ということも可能なようだ。
自分の性格上、あまり貸しは作りたくないので、そうお願いするよう彼女に伝えた。
「家具とかは備え付けの物が既にありますけど、なんか気になる所とか不満な事とかありますか?」
「いや、ないな。十分だ、ありがとう」
本当に彼女には世話になってばかりだ。
この借りをどう返したものか。彼女の願いはミリタリーへの入隊だが、それは無理……というか嫌なので、なにか他にダンジョン関連で俺にできる事を考えておこう。
ダンジョンランキングの確認さえなければダンジョン攻略を手伝ってもいいのだが、それがなかなか難しいそうだ。国営が絶対とされているダンジョン運営は、世界でも共通の方法で行っており、ダンジョンについては各国の役員がお互いの国同士で見張っているらしく、ランキング確認なしで中に入ることはほぼほぼ不可能らしい。
「毎回言うが、何か俺にできることがあったら遠慮なく言ってくれ。ある程度自由に動ける今なら、許される範囲内で君のことを手伝おう」
「いえいえ、こちらこそ何度も言いますが本当に気にしなくていいです! でも無名さんが納得しないようでしたら、分かりました。何かあったら頼みますね?」
「ああ」
彼女はそう言うと、部屋から出ていくために靴を履いた。ドアが閉まる直前に彼女は隙間から顔を出し、気のせいかほんの少し照れたように口を開いた。
「それと、私の部屋はこの隣ですので……あの、これからよろしくお願い致します」
「こちらこそ。今日はありがとう」
今度こそ出ていくと思ったら、「忘れてた!」という彼女はもう一度、今度はドアを大きく開けて話し出した。
「無名さん携帯もありませんよね? それについても今色々やって契約をしているので、来週くらいには届くと思います」
届いたら今度こそ連絡先教えてくださいねー、と言い残し、彼女は去っていった。
ようやく少し落ち着いたので、備え付けのソファーに深く座り込む。
さて、しばらくは自由が確保できたことだし、何をしようかな。
料理もやりたいし、ニュースや本も読みたい。この一年の出来事をちゃんと知っておかないと、世間知らずになってしまうからな。
いろいろやりたいことを思い浮かべ楽しそうに笑う無名は、「とりあえず掃除だな!」と勢いよく立ち上がり、部屋の掃除を始めたのだった。