第19話 連絡と兆し
ミリタリー第二部隊の拠点。その一室である副隊長室で、私は頭を抱えていた。
時は、三時間前に遡る。
ダンジョンランキング一位こと、小鳥遊無名さんと別れた後、私は喫茶店に立ち寄っていた。
ど、どどどど、どうしようっ!? 私、今とんでもない人と連絡先交換しちゃったよね!?
実際には一方的に連絡先を渡しただけなのだが、真奈の頭はそれどころじゃなかった。
新ダンジョンを発見したと思いきや、まさかのダンジョンランキング一位と遭遇。しかも何か頼みごとがあれば受ける、とまで言われてしまっていた真奈のテンションはうなぎ登りだ。
真奈は無名とのやり取りを振り返る。
「私、変な人だと思われてないかな……」
さっきまでテンションはどこへやら。途端にしょぼんとなる彼女の表情筋は大忙しだ。
いきなり自分の部隊にはいりませんか、なんて普通の女の子なら言わないよね……。それに勝手に人の物を盗むような真似までして、変な女だと思われてなきゃいいけど……。
自分の考え無しな行いに反省する。
それよりも、このことを皆に知らせなきゃ!
急ぎ足で喫茶店を出る。しかし、駆け足だった真奈の足がだんだんと失速していく。
「無名さんは、どうしたいんだろう」
私がこの話を皆に言えば、それはすぐさま広がっていくだろう。ダンジョンランキング一位の正体なんて、日本どころか世界中の人々が気になっている情報だ。噂話でも充分広まる。
でも、無名さんはそれを望んでいないかもしれない。なんとなくそんな気がした。
ランカーになれば周りは絶対に放っておかない。十二位の私だって相当注目を浴びているのだ。一位なんて想像しただけで恐ろしい。
第二部隊はまだましな方だが、普通ランカーというのは国家機関に務めるため自由がない。その分莫大な報酬が出るので悪いことばかりではないが……。
「言わない方が、いいよね。絶対」
ミリタリーの勧誘を断った時の無名さんは、顔には出さないがだいぶ嫌そうだった。
「でもなぁ……私一人こんな秘密、抱えきれないよぉー」
こうして悶々としたまま帰路に着き、冒頭の状況に至る。
「やっぱり、隊長だけには伝えよう」
私の交友関係の中で一番話の分かるのは、大林隊長だ。
私は隊長のいる部屋を訪れた。
コンコンとノックすると「どうぞ」という言葉がドア越しに返ってくる。
「失礼します。隊長、あの、少し大変な事になっちゃいまして……」
私は隊長にこれまでの経緯をすべて話した。富士樹海の新ダンジョンのこと、そして無名さんの事を。
「あのっ! このことはどうにか内密にできないですかね……」
私は彼の気持ちを代弁するように説得した。ダンジョンランキングを公開すれば、きっと彼は協力してくれなくなるかもしれないという半ば脅しのような感じで。
「分かった。この話は私が信用できる人にしか話さないようにするよ」
「本当ですか!」
「新ダンジョンの話だけでも十分に価値がある。それに如月君が頼めば、彼は手伝うと言ったんだろう?」
大林隊長の目は朗らかに笑っていた。その優しい目つきには私だけでなく、今まで何人もの人が救われてきた。
「君の話を聞いていれば彼の人となりはなんとなく理解できる。強制させるのは良くないだろうし、私も個人の尊重はできるだけ大事にしたい」
「ありがとうございます! 私、どうお礼をすればいいか……」
「如月君には先の宣伝で迷惑を掛けてしまったしね、これくらい私に任せなさい」
隊長室を後にし、私はその場にしゃがみ込む。
緊張したぁ~でも、良かった。 そうだ、無名さんにも知らせてあげないと。
そこでやっと気づく。
無名さんから連絡してくれないと、私からはどうにもできないじゃない!
♦ ♦ ♦ ♦
私の名前は大林泰造。これでも対ダンジョン特別攻略部隊、通称『ミリタリー』の第二部隊長を任せられており、有難いことに部下からもそこそこ信頼されている。
と言いつつ、戦うのは若い連中に任せっきりで、私は毎日書類仕事ばかりで大変申し訳なく感じているのだが。
「さて、とりあえず中村に一報いれるか」
今回如月君が入手してくれた情報は、もしも事実ならば今世界で一番求められてる情報だ。勿論、ダンジョンランキング一位の彼のことである。
「彼女らしいな」
自分のことは棚に上げ、他人の事ばかり考える。そんな彼女の優しさを知ったから、私は第二部隊長を拝命したのだ。
幸い、彼女のおかげで冒険者人口、それも若い層が増えて続けている。それに、ダンジョンランキング一位が他国にいないということを知れただけでも大分大きい。
「小鳥遊無名君、どんな人物だろうか……」
これでも人を見る目にはそれなりに自信がある。彼女が気に掛けているのだから、悪い人物ではないようだ。
「これから大変になるぞ」
とりあえず中村と協力して、これからの日本のダンジョン政策をどうしていくか考えよう。それと、無名君のことは彼女に任せよう。その方がきっと良い結果になるはずだ。法的な問題は私たち大人がやればいい。
日本の未来に明るい兆しが見え始め、大林は嬉しそうに電話を手に取った。