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二進法の悪魔≒二進数の解  作者: ズキ反比例
9/19

第九話


 ・・・。




 ・・・?




 ・・・・・・ねえ。




 ・・・・・・城崎くん。




 ・・・満足、した?



 …ここは、どこだ。


 俺は、今、何をしていた?

 …頭が、痛い、気がする。


 片手で、額に、手を添えて、視線を、あげると。


「真由…?」


 俺の、目の前には、忌々しい、女が、いた。


 なんで、今頃、こいつが。

 なんで、俺の前に。



 そう、思ったとたん。




 俺の今まで生きてきた、人生が。




 ジワリ、ジワリと…押し寄せて、来た。




 俺は、住宅街の一角に、待望の長男として、生まれた。


 両親は年寄りで、姉ちゃんたちもずいぶん年上で。

 …俺だけが、小さくて、弱い存在だった。


 病気しがちだったこともあり、両親はずいぶんやさしかった。

 15離れた上の姉ちゃんはそれなりに優しかった。


―――なんではじめばっかり!!

―――お姉ちゃんでしょ、助けてあげなさい。


 だが、10離れた下の姉ちゃんは、やけに俺を睨み付けていた。


―――わたし大学に行きたいって言ってるのに!

―――はじめを私立に入れなきゃいけないから、無理よ。

―――お姉ちゃんは推薦で進学したからいかせたの。

―――女に学歴なんかいらんだろ。

―――はじめは跡取りなんだから。


 下の姉ちゃんは、俺が小学生の時に家を出ていった。



 三月生まれの俺は、体が小さくて、要領も悪くて。同級生の中で、バカにされることが多かった。


―――やーい!!おいつけないでやんの!

―――おい!ゲームかせよ!!

―――うわ、へたくそな絵!!

―――おもらしとかありえねえー!


 力で負けるから、俺は勉強で優位に立とうとした。

 小学四年生の時、近所の進学塾に通い始めた。


―――こんな問題もわからないの?

―――こんなんじゃ私立は無理だよ。


 超難関私立中学を目指すエリートたちの中で、俺は底辺だった。

 塾で毎日バカにされる。


 その悔しさを、小学校のクラスメイトで発散させた。


「こんなこともわからないとかさ、中学生になれないんじゃないの?」

「ああ、公立中学は頭悪くても入れるんだったな。」


 学校のテストなんか、クソみたいなもんだった。

 満点以外、取ったことがない。


 塾で馬鹿にされ、小学校でクラスメイトをバカにして。


 鼻高々に方程式を使って問題を解いてやったら先生に全部消されて…俺は猛抗議をした。

 俺に説教をしてきた教師を理屈でコテンパンにしてやり、馬鹿にしたら、親が呼び出された。


―――協調性がないので、ご家庭でも少し指導をしていただけませんか。

―――うちの子がおかしいとでも?!

―――むしろ学習能力のない子供がこの子に悪影響を及ぼしているじゃないか!


 両親は頻繁に呼び出しに応じていたが、やがて話の通じないバカばかりだと見限って電話にすら出なくなった。



 六年の時、激しいイジメにあった。


 クラス全員が、俺の言葉を無視する。

 クラス全員が、俺と目を合わさない。


 担任教師に言っても、のらりくらりとかわされる。


 クラス全員と、担任教師までもが、寄ってたかって、俺をイジメだしたのだ。

 俺は、いじめになど屈しない、そう誓って、孤独な毎日を過ごしていた。


 忘れもしない、運動会の日。フォークダンスがあった。俺は、普通に踊っていたのに。


―――うっ、ふ、ふええええん!!


 突如、手をつないだ女子が、泣き出した。

 マイムマイムの愉快な曲が流れる間、女子は大声で泣いて…救護テントへと、消えた。


 手をつないだだけで、泣かれてしまうくらい、俺は嫌われていたのだ。

 前日、返事は返ってこないというのに、ずっと踊り方の助言をしてやっていたにもかかわらず、だ。

 へたくそ、能無し、やってもできないなら今すぐ死ね、こんなの見せられる保護者の身になれ、六年生最後の晴れ舞台を汚す気満々だな、せいぜいみんなの黒歴史に残ってやれよ、やる気のないやつに本気を出させるのはずいぶん骨が折れた。


 俺は、いつだって。


 クラスメイトのミスを指摘してあげていたのに、誰も返事をしてくれなかった。

 クラスメイトのダメな部分を教えてあげていたのに、誰も返事をしてくれなかった。

 クラスメイトの間違いを正してやっているのに、誰も返事をしなかった。


 俺の優しさは、正しさは、全部無下にされるのだ。

 無視されることになれてしまった俺は、クラスメイトとかかわるのを一切やめるようになった。


 中高一貫の私立学校に入学し、俺はますます誰とも話をしなくなった。

 勉強は黙っていても、できる。


 その代わり、ネットの掲示板に仲間を求めた。


 不満をかきこみ、その反応に一喜一憂した。

 友達が増え、俺はネットの中では、ずいぶんおしゃべりになった。


 年齢層の広い、顔すら知らぬ友達は、ずいぶん俺に知識と常識を与えてくれた。

 人として当たり前の感情、行動、思想に、自分の理論を突き通すことの重要性。


 ネットに夢中になり始め、だんだん成績が落ちてきた。

 気がついたら、底辺クラスに在籍していた。



 受験シーズン、俺は都会の私立大学を受験することを決めた。

 センター試験なしで受験できる大学の入学試験問題はずいぶん簡単なものだったから、満点を取ったのだろう。俺は新入生代表として、壇上に上がることとなった。


 大学の授業は、どれもこれもあくびの出るくらいつまらないものだった。


 計算式は簡単だし、英文は子供の読むような文章ばかり訳させる。

 次第に、大学に行く意味が分からなくなっていく。


―――なんでこんなに頭いいのに、こんな底辺の大学にいるの?


 真由に出会ったのは、一年生の秋だ。

 孤高のプリンスと陰口をたたかれている俺に、声をかけるやつはほとんどいなかったのだが、真由は頭が悪いから、何も考えずに声をかけてきた。


 来週までにレポートを20枚書いて来い、ふざけた宿題の出し方に俺は怒りを覚え、休み時間を使って十分で論文を書いて教授に叩きつけた。

 それを見ていたのは…レポートの枚数が多すぎて書けないから、なんとか三枚にしてほしいと懇願に来ていた真由だったのだ。


 頭の悪い真由は、俺の機嫌など気にせずに、毎日つまらない話をしては笑っていた。

 いつも俺に説教されるくせに、いつもニコニコと俺のもとにやって来ては、泣きながら去って行った。


 やけに感情に起伏のあるやつだった。


 頭の悪い奴ってのは、意味不明なところで笑って、肝心なところで泣くんだ。


 俺の助言を受ける気があるなら、泣くんじゃないと厳しくしかったこともあった。

 俺の理論に、図々しくも歯向かうことがあると、俺は徹底的に論破した。


 真由とのやり取りは、まあまあ楽しいものになった。


 何を言ってもへらへらと笑う、真由。

 真由の理論を、徹底的に潰すのが快感だった。


―――ああ、そっか、私、生きてちゃ、駄目な子だったんだね。


「そうだとも、お前みたいな欠陥品は、この世に存在したらダメなのさ。」


―――ふふ、、教えてくれて、ありがとう。


 前期試験を控えたある日、真由は突如行方不明になった。

 俺が最後に見た真由は、いつも通り、へらへらと笑っていた。


 真由は、いったいどこに行ってしまったのか。


 やけに俺の周りが騒がしかったが、俺には興味のないことだ。

 俺には、もう、関係ないことだった。


 俺は、就職するために、たくさんの企業を訪ねた。


―――君、協調性がないね。

―――うちで働く気、ないでしょ?

―――社会人になるって事、わかってる?

―――うちには、あなたのような人はいらないんです。

―――頭が良すぎて、人間味が無いんだ、君は。

―――君、友達いないでしょ?

―――君、こんなんじゃ働けないよ?


 どこもかしこも、俺の話を聞かない。

 どこもかしこも、頭の悪い質問ばかりする。

 どこもかしこも、俺のすごさを認めようとしない。

 どこもかしこも、俺に対して失礼な事を恥ずかしげもなく口にする。


 企業訪問の度に、企業の悪い点を指摘してやっているのに。

 集団面接の度に、企業にふさわしくない奴を吊るし上げて排除してやっているというのに。

 簡単すぎる一般常識問題で人材を選ぶ、頭の悪い考え方を変えよと助言してやっているというのに。

 俺の魅力に気が付いていない、観察能力に乏しい面接担当者をトップにリークしてやったというのに。


 世間は頭の悪い奴ばかりだ。

 こんな頭の悪い奴らでひしめき合う、クソみてぇな世界。


 俺は、こんな世界で、俺の能力を発揮しようとは、思えない。



 大学卒業後、俺は引きこもることにした。


 この世界が、俺にふさわしい世界になるまでは。

 この世界が、俺のレベルに合うようになるまでは。

 この世界に、俺が出ていってもいいかなと思えるようになるまでは。



 父親が、このタイミングで死んだ。

 財産分与があった。


 引きこもるのに、ちょうどいい。


 しばらくすると、母親がぼけ始めた。

 財産の管理ができないという事で、またしても財産分与があった。


 上の姉ちゃんが、母親を看取った。


 上の姉ちゃんが、交通事故で死んだ。

 上の姉ちゃんのアパートに残された金を全部使って、業者に後始末を依頼した。


 下の姉ちゃんは、どこにいるのかわからない。

 どこにいるか知りたいとも思わない。


 一人で、世界が変わるのを待ち続けて、五年。


 五年経って、世界が。

 世界、が。


 俺が。

 世界に出る、時が。


 ・・・城崎君。


 ・・・・・・こんな所で倒れちゃってるの?


 真由の、姿が、俺の、目の前に。

 あの日見た、へらへらした、微笑みは、ない。


 ・・・ねえ、何人、殺したの?


「数えてなんか、いない。」


 クソどもの数を、数えた、ところで。


 ・・・・・・ねえ、知ってる?

 ・・・城崎君が殺した、一人目が、誰か。


 一人目は、確か。


「隣に住んでる、クソガキか。」



 ・・・ち が う よ 。



 真由が、俺に向かって。




 傷だらけの、真っ赤な血がにじむ、両手を、ぐぅっと、伸ばした。







  た




    し




   だ




    よ 




     ?




 傷だらけの、真由の、腕から。

 ぽたり、ぽたりと、赤い、紅い雫が、垂れる。



 …ぽたっ・・・。



 ・・・・・・ねえ、知らなかった?



 …ぽたっ、ぼたっ・・・。



 ・・・教えに来て、あげたの。



 …ぼたっ、ぼたっ・・・。



 私、あなたに、殺されたんだ。



 ぼた、ぼた、ぼた、ぼた・・・。



「私、あなたに。」



 ぼたぼたぼたぼたぼた・・・!



〈〈〈あなたに、殺された〉〉〉



ぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼた



―――ねえ、私以外にも、たくさん殺したよね。



―――直接、首を刈って、息の根を止めて。



―――人を殺せて、満足した?



―――目の前で息絶える人を見て、満足した?




―――だって、私は、あなたの前で死んであげられなかったから。




―――それだけが、心残りで。




 赤い、紅い、この上なくあかい渦が。





 俺を、飲み込んで…!!!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 9/9 ・くそっぷりが半端ない!! これは書くのつらそう [気になる点] 毒うぅぅ!? [一言] 0と1が鏡写しのように対応してるようで実はそうでもないのが面白い
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