第十六話
―――め。
―――は・・・め!
―――はじめ!!!
ポク、ポク…!!!
ト、トカドカッ・・・!!!
ズ、ズキ、ズキッ・・・!!!!!
ピッ、キン。
・・・。
・・・?
俺は、ぼんやりと…目を、開けた。
・・・視点が、定まらない。
・・・ここは??
瞬きを、一回、二回…ああ、目玉が、乾いている。
瞼が、ずいぶん‥重い。
「ちょっ!!!生きてるなら、生きてるって言ってよ!!キモいなあもう!!!」
俺の耳に…聞こえてきたのは。
…誰の、声…だ…?
「あーヤダヤダ!!ホコリだらけの部屋にすえたにおいのするおっさんとか!!あんたホントに38?!いい年して迷惑かけないでよもう!!!」
ポク、ポク…!!!
ぼんやり、する…俺の頭を。
何か・・・やわらかいもの・・・が。
容赦なく、叩く…。
ト、トカドカッ・・・!!!
「いいかげん寝ぼけんの、やめて!!!目、開いてるの見えてるんだよ?!」
…俺を、見下ろす…白髪交じりの、この、ばばあは。
…この、ばばあは。
…俺の、下の、姉ちゃん…だ。
「ねえ、ちゃん・・・?」
上の姉ちゃんが死んで。
ずいぶん、たったころ。
…俺の部屋を、奇麗な女が、尋ねてきた。
―――城崎一さんですね?お姉さんが、会いたがっています!
テレビの、取材だった。
若くして独り立ちをした下の姉ちゃんは…バリバリ働いて、遅めの結婚をし、子供を産んで。
子どもを産んだことで、ふと、家族を思い出し、会いに行こうと願い。
実家が更地となっていて、絶望し。
父親も、母親も、上の姉ちゃんも死んでいたことに、絶望し。
…俺が、生きていることを知って、感涙に咽び。
―――スタジオに来ていただけませんか。
――はあ。
引きこもっていた俺は、やけに小さくなってしまったスーツを着て、スタジオに行った。
派手な音楽と、眩しすぎるスポットライトを浴び、スタジオの扉の前に立った。
…涙をこぼしているババアと対面して…俺は、姉ちゃんの、面影を感じたものの。
まるで、感動が、なかった。
派手なセットのゲスト席では、煌びやかなタレントたちが…わんわん泣いていたが。
俺は、涙一つ浮かばなかった。
―――すみませーん、ちょっとカット入りまーす!
コードのようなものを首からたくさんかけた、腰にジャラジャラといろんなものを下げてる兄ちゃんが俺のところにやってきた。
兄ちゃんは、何も言わずに…いきなり俺に、水をかけた。
――ちょ!!なにするんですか!!
―――泣いてもらわないと困るんですよー!ちょっと我慢して!!上むいて!!目薬入れるから!!!
俺は、忙しそうに動く兄ちゃんに、何も言うことができず。
…やけにキラキラしたスタジオの中で、怒りを爆発させる勇気も、持てず。
無事、やらせが完了した俺は、その後、姉ちゃんの凸を受けるように、なった。
幸せな家庭を持つ姉ちゃんは、年に一度のペースで、俺の前に顔を出した。
玄関先で語る、一方的な近況報告がうざかった。やれ娘が班長になった、やれ息子がサッカー選手になった、やれ旦那が昇進した、やれカラーコーディネーターの資格を取った、やれ自宅でハンドメイド教室を開くことになった、やれ町内会長の仕事が大変だ、やれ娘が大学に合格した、やれ息子が先生になった、やれ旦那がやれ家がやれ旅行がやれ飯が。まるで興味の持てないことを聞かされるこっちの身にもなれと思うものの、はっきりと拒絶することもできず、なあなあのまま…年に一度の気の重い一日を過ごし続けてきた。
引きこもる俺とは、一線を置いてくれていたのは、助かった。
一度も働きに行けと言われたことはなかった。俺の生き方を否定するわけではなく、ただただ生存を確認するためだけに訪問していたのだ。
俺がすべて相続した金を、姉ちゃんは分けろとは言わなかった。
そのおかげで俺は今まで通り引きこもり続けることができたのだ。姉ちゃんが業突く張りじゃなくてよかったと心から安堵した。
何度目かの訪問時、何かあった時のためにと、部屋の合鍵を渡した。
金目的でもないし、俺に対して命令もしない、ただただウザいだけの姉ちゃん。もし何かあった時にはきっと駆けつけてくれるはずだと踏んだ。病気になったりケガをしたり、何が起きるかわからない。動けなくなったら世話をしてくれるはずの若い奴らは姉ちゃんの家にしかいない。鍵を渡しておけば、最悪姉ちゃんが死んだ後でもその子供が俺の面倒を見てくれるはずだと思った。一度も会ったことがないが、動けなくなった時はそいつらにいろいろやらせるしかないと覚悟を決めていた。
引きこもりの俺は常に家にいるから、鍵を使う事は今まで一度もなかった。ピンポンが鳴ったら、即玄関に向かっていた。汚い部屋の中を見られたくなかった。なんでもやりっぱなしだしっぱなしの部屋の中に踏み込んでほしくなかった。俺の部屋に乗り込まれたくなかった。俺の居場所に誰かが入り込むのが許せなかった。
部屋の中に姉ちゃんを入れたくなくて、いつも玄関で適当にあいさつをして、姉ちゃんが気の済むまで独り言を言わせて、自分はほとんど無言のまま、時折相づちを打って終了していた。
「初めてあんたの合鍵使ったわよ!!!ほら!!!全然ピンポン押しても反応無いから…中で死んでるんじゃないのかって、心配したんだからね?!」
姉ちゃんが、俺に、見せたのは…この部屋の鍵…。
・・・!!!!!!!!!
「そ、その、プレート、は?!」
姉ちゃんの手に持っている、鍵には!!!!!!
プラパンで作った、キーホルダーが付いていて!!!
…白い、マーカーで、書かれた、キャラクター!!!
白い髪、白いコスチューム、何を着ているのかわからない、肝心の部分は布で覆われた、デッサンをごまかしつつ書かれている、中途半端にオタク臭のする、このキャラクターは!!!
俺が!!!さっきまで!!!戦っていた…クソガキじゃないか!!!!!!!!!!
「これ!!あんたが小学校の時に私にプレゼントしてくれたやつじゃない!!覚えてないの?家出てく時に…これと一緒にもってったの、知らなかった?」
姉ちゃんが、カギと並べて、俺に差し出したのは!!!!!!!!
俺のケーオスを、ぶちのめして、俺に一撃を埋め込んだ、ピンク色の、丸い玉のついた、安そうで…まるで威力なんてなさそうな!!!
肩叩き棒………!!!
「あの頃のあんたは…私にお土産買ってきてくれたり、誕生日にプレゼントくれたり…まあ、かわいかったってことで、記念にもってったのよ。ここに来る時、いつも持ってきてたのに、あんたいつも部屋にあげてくれないから見せることできなくて!!今日初めて入ってみたら、このごみ溜めでしょ?!びっくりしちゃって!!!汚すぎてさ、あんた触りたくなくなっちゃって!たたき起こすのに思わず使っちゃったってわけ!!!」
あのクソガキは。
あのクソガキは。
あの、クソガキは。
あの、クソガキ、は。
あのクソガキの、武器は。
現実世界の、「1」!!!!!!!!
俺は!!
思わず!!!
部屋の中を見渡す!!
椅子に座ったまま、後ろを振り向けば!!!
茶色い、毛布がベッドの上に!!!!!!!
ベッドの下には!!!!!
小学校の、卒業、アルバムが!!!!!!!!
「いち・・・わ、「1」ワンだ…。」
あのクソガキは、現実のものを、あの世界に、持ち込んだというのか?!
現実に存在しているから、あんなにも無双を?!
・・・待て。
・・・あの世界は、何なんだ?
俺のいた世界は、現実の世界だったのではないのか。
今俺がいる、この世界が、あの世界になったはずじゃなかったのか。
…おかしい、おかしなところばかりだ。
…俺は、今、38歳。
…俺は、あの世界の中で、27歳だったはずだ。
…俺は、なぜ27歳だと思った?
…俺は、27歳からさらに若返って17歳になって無双を始めたはずだ。
・・・。
…俺は、確かにパソコンをぶち壊した。
…0と1が溢れる電脳世界に、俺の無双できる世界があると信じて乗り込もうとして。
だが、それは、ずいぶん、前の事だ。
現実世界の俺は、電脳世界に入ることはできずに、新しいモニターを買う羽目になったはずだ。
輝かしい電脳世界の記録を蓄えたパソコンは処分され、新しいパソコンを買う羽目になったはずだ。
買ったばかりだと思っていたパソコンの調子が悪くなり始め、どうにか自分で治せないかと試行錯誤していたはずだ。
ブルーバックスクリーンを見て、ふと、昔の記憶がよみがえって。
0と1の世界に、再び、意識が、ダイブして。
0と1の世界に、引き込まれて。
ただただ、夢中になって、0と1を。
ただただ、夢中になって、二進法の記述を見て。
ただただ、夢中になって、二進数を、睨み付けて。
俺は、俺は、夢を、見ていたと、言う事か?
だが、それにしては、あまりにも。
「もう!!顔にキーボードの後ついてるよ!!いい年してみっともない…ほら、画面にも変な数字がいーっぱい出てるじゃん!!」
姉ちゃんが俺の顔を見て笑った後、パソコンの画面を指差した。
そ こ に は 。
16331115566733223346564426466562372253562346573144433714717625755371122257113712272262651227557231547642355172554372546124637542744211747735324365745552334656442646656292984896084128488626456045733712573371235175427863609506391949450471237137956364172874677665757396208653515173929848960841284886264560483265813390472759009946576407895122275372253562346575173929847665757396208658326581339047275900994657640789512227533712351265122755896084128488626456010000101000110011111111110001111111111111111111101010100000101000110011111111110001111111111111111111101010100010001000010000000111111001010000100101000011011101010001010101111111111111101001000011000010101111010010010101010010100101000001110001110101011011010000111001000100001000000011111100101000010010100001101110101000101010111111111111110100100001100001010111101001001010101001010010100000111000111010101101101000011100000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000
「なんか0がいっぱい並んでると気持ち悪―!!もう、消しなさいよー!」
俺は。
…なにも、言わず。
…なにも、言えず。
何も、いう事が、できず。
パソコンの、モニターの、電源を、落とした。




