第十話
「俺は!!!殺してなんかいない!!!!!!!!」
「ふふ、いっぱい殺したよね?」
ぽたっ・・・ぽたっ・・・。
俺の目の前には、やけに色鮮やかな、赤い、光が。
紅い、雫が。
紅い雫が、俺の、顔に、ぽたり、ぽたりと、垂れている。
テレビがずらりと並ぶ、この光景には、おかしな部分が、ある。
所々に、紅いヴェールが、かかっているのだ。
「なんか、スタッフがうざかったから、勝手に殺しちゃった、ごめんね?」
俺の顔を、覗き込む…パイの頬には、べったりと赤い血がこびりついて、いる。
天井まで派手に飛び散っている赤い、紅すぎる血は。
おそらく、横で転がっている、首のない死体が噴出したものだろう。
時折、天井からぽたりぽたりと垂れている。
「私の膝枕、よく眠れた?」
「目覚めが、最悪だ…。」
いつの間にか、俺はパイの膝枕で、眠っていたようだ。
・・・どれくらい眠っていたのだろうか。
首なしの死体からは血が噴出していないから、ずいぶん長いこと眠っていた?
いやしかし、天井から血が垂れているという事はまだそんなに時間がたっていないという証拠なんじゃないのか。
「なんかね、ハジメが寝てる間に、変な子が出てきたの…ほら、ここに映ってる、見て!」
やけにふらつく体を…無理やり立たせて、ヴェールのかかっていないテレビをのぞき込むと。
「…なんだ、こいつは。」
ケーオスと対峙する、白い…全身真っ白の、白い髪の女子の姿が、映し出されて、いた。
赤が散る、血なまぐさい空間がやけに明るくなってきた。…ああ、スタッフの死体が消えたのか。天井からみじめったらしく垂れていた汚い涎も止まり、べたついていた俺の顔から不愉快な感覚がなくなる。さらりとした、自分の頬をひと撫でして…。
…なんだ?この…違和感は。
クソどもを始末した後は、いつだって。・・・不愉快な、気持ちになって。
…分かった、パイに殺されたスタッフの記憶が…俺に流れ込んでこないからだ。ああ、デスサイスで刈っていないからだな。そうか、ケーオスや手下どもが殺しても、その存在は俺の中に吸収されていない。
・・・「1」から「0」になる時点で、俺の中に吸収されなければ、存在そのものが消える?今、死体が消えたという事は「0」になったという事、この場合、俺の中にある『1』になることは…ない?だとしたら、この世界の「1」である存在が「0」になる時…ちょっと待て、何かが、何かが引っかかる。
キーワードを自在に使って、『1』『1』を|《現実の世界》に持ち出して
「なんか目障りだね。この子、ケーオスの破壊したところ・・・直してるみたいなの。」
「直す?」
パイの声に、はっと我にかえって…テレビ画面に映る白い少女を見る。
…そうだ、今は呆けてる場合じゃない。新たなる敵の出現に…全力で立ち向かわねばならない。
少女は宙に浮いて、ケーオスの攻撃をかわしつつ…時折、白い光を放出している。絶対的な存在感と完ぺきな闇の力を持つケーオスだが、図体がでかいからか動きが鈍く、ちょこまかと飛び回る白い少女の放つ光をかわし切れないようだ。
ケーオスの吐き出す闇が、すべて白い光で…蹴散らされている。全てを喰らいつくす闇が光で蹴散らされるだと?そんな馬鹿な。俺はそんな設定をした覚えはない。光などただ明るいだけのつまらない現象に過ぎない、ケーオスの闇以上に無敵な存在はあり得ないし、対抗できるようなものは存在していない。
「なんだこいつは。邪魔くせえな…。」
ケーオスが大きく息を吸い込み、闇を吐こうと体勢を反らせた隙に、少女は手を空に向け、大きく光を集めると、そのかたまりを崩れたがれきに向かって投げつけた。
光の玉が、崩壊した建物に当たると!!!
光は!!!
大きく広がりっ…!!
テレビ画面が、真っ白になった。…さっきから鮮やかすぎる赤ばかり見ていたせいか、やけに、白が…目に残る。眩しい?ふん、白なんてのは色に見捨てられたただの色の抜け殻に過ぎない。つまんねえ色のくせに俺の目に残るだと?…気に入らねえな。ああ、実に気に食わねえ。
だいたいそもそもからして…光そのものがうぜえんだよ。こんなクソだらけの世界を照らしたところで、どうせ見たくねえ現実ばっか見せつけられるんだ。
やがて画面は色を取り戻す。真っ白な画面がずらりと並ぶテレビ画面に、色が戻り始めた。…色が、戻り始めた、その、画面には!!!!!!!!!
崩壊していた建物が!!!傷ひとつない状態で復活している…画像!!!
元に…戻っている?!もとに、戻しただと?!…このクソガキがああアアあ!!!!せっかくの破壊行動を、なんてことしやがる!!!
「ッ!!!なんだ!!!これは!!!なんで復活するんだ!!!」
「…あの光が当たると、建物も、死んだ人も、全部元に戻るみたいなの。」
画面に映る、あり得ない光景。壊れた建物が、光に包まれて、元に戻る。それはまるで、特撮映画のワンシーンを逆再生でもしたかのような、あり得ない、時間の逆行。
売り場にずらりと並ぶテレビは、すべて同じ場面を映している。おそらく、各局で放送することをやめ合同で中継をすることを決めたんだろう。各局で死人が出るくらいなら、一局で中継して被害を最小限にしようってことか。ふん、頭の悪い奴ばかりと思っていたが、案外賢い判断するじゃねえか。
≪≪≪少女!!少女が化け物と戦っています!!少女が!!!この大惨事を!!回復して!!≫≫≫
誰もいないテレビ売り場にアナウンサーの声が響く。うるさいだけの、頭の悪い実況だ。
…どこの局のアナウンサーだよ!伝えなきゃいけない情報を伝えずに、適当な言葉をだらだらと公共の、しかも独占中継で流しやがって!!!…ああ、ちょっと出来の良いアナウンサーどもは俺が殺したから、頭の悪い出来の悪いクソ底辺しか残ってないのか。クソ、地味にしくったな、俺としたことが。
遠くから望遠カメラで撮影しているせいか、やけに画面はぶれるし、画像が荒い。クソ忌々しい少女の顔がはっきり見えないな、表情もよく見えない。
「…腹立つな。あの女、俺が立つはずの場所に…先に立ちやがった。」
俺の計画では。
今、まさにあの少女がやっていることを!!
俺が!
俺がやるはずだったんだよ!!!
絶体絶命の、人類の大ピンチに!
俺がさっそうと現れて!
人々を救い!!
俺をすべてのクソどもが崇め!!
俺はすべての頭の悪い奴らに感謝され!
皆が俺を褒め称えて!
皆が俺の情を乞い!
皆が俺と共にありたいと願い!
皆が俺と過ごす時間に恍惚となり!
俺はクソどもに、貴重な情けをかけてやるはずだったんだ!!!
俺の貴重な情けを得るために!
クソどもが俺の機嫌を取り!
クソどもが俺の言葉を待ち続け!!
クソどもが俺の塩対応をありがたく頂戴する!!!
クソどもが俺を取り合って戦うのを、俺は呆れかえった面持ちで取り巻きに囲まれて…ねっとりと観賞するはずだったんだ!!!
…ふざけんな。
…ふざけんなよ?
…ふざけやがってえええええええええええ!!!!!
「ケーオス!!!!!破壊は止めだ!まずは、目の前の女を消せ!!!」
―――了解、した…。
俺の『1』から生み出されたケーオスは、俺と繋がっている。そうか、意識をあっちに飛ばせば、視覚も共有できるな。重ねるか。このくそ忌々しい少女を間近で見て消滅の瞬間を見下してやらねば気が済まない。
俺を馬鹿にしやがったクソ女には、それ相応の報復をしてやらねばな。俺はやられたことは何倍にでもして返したいタイプだ。返すだけではなく、とことん潰したいタイプだ。俺の気分を害する罪は重い。潰されて当然の行いをしたやつはきっちり潰しておかねばならない。俺はいつだって気に入らないやつは潰してきた。俺の気が済むまで叩きのめしてきた。
…そうだ、最後の瞬間に、俺のデスサイスで首を刈ろう。消滅の際にこのクソ女の人生を世界にばらまいてクソどもに見せつけてやろう!クソどもに笑われながらその存在を長きにわたってバカにされ続けて、消滅後も笑われ続けるようなみじめな存在にしてやろう!!!人のみじめな姿を見るのは時間つぶしとしては優秀だ。つまんねえ人間のつまんねえ部分をさらけ出させてつまんねえ人間どもに笑われてるのを見るのはわりとゆかいなもんだからな。
…いや、待てよ。ここは、いったん落ち着け。視覚を重ねることで俺の身にも影響があるかもしれない。例えば、もしケーオスが消滅するようなことがあれば。視覚を共有していた俺にも影響があるのかもしれない。…例えば、俺の視覚が、消滅するかもしれない。
くそっ、下手に動けねえ…!!!
ここは…ケーオスに、任せるか。少女が弱ったところで、ここから0を纏って姿を消して移転し、死にかけの少女にとどめを刺して…。
「・・・ケーオス、大丈夫かな?」
「…大丈夫だ。」
闇を操り、闇に引きずり込み、存在すべてを喰らってその身の闇を色濃くし、すべてを闇に変える最強の竜だぞ?恐ろしく深くて暗い闇が、光をすべて飲み込むんだ。希望も夢も未来も現在も罪も正義もすべて喰らって、世界を闇にした…ケーオスは、俺が生み出した、最強最悪の厄災。何一つ弱点を持たずにただ最強であり続ける存在なんだ。俺の『1』からこの「1」の世界に呼び出した以上、ケーオスに敵は存在しない。
正体不明の少女が一人反撃したところで…敵うわけねえだろ?
少女が、ケーオスの深い闇のブレスに包まれる。…ふん、ちっさい光を飛ばしたぐらいじゃ、ケーオスの闇を吹き飛ばす事なんかできねえんだよ!!とっとと闇に飲み込まれて消滅しろよ!!ウザすぎるんだよ!!!
深い闇が、青空に広がり、瞬時に圧縮される!
クソ忌々しい謎の少女は、闇の中に姿を消した。
≪≪≪アアっ!!少女が闇に包まれた!!がんばれ!がんばってくださあああああああいい!!!≫≫≫
テレビから咆哮は聞こえてこない。おそらく望遠カメラでは音まで拾えないのだ。耳障りなへなちょこアナウンサーの声だけが騒がしく響いている。頭の悪い実況はやめろよ、こんなのクレーム案件でしかねえな。頑張ったところであの少女は消えるんだ、つまんねえこと叫んでんじゃねえよ!!!
ウザすぎるな、アナウンサーなんか必要ねえか。サクッと刈るか?現場の様子を中継している絵だけ見ることができればそれでいい。…あのクソ女の消滅を見届けてから刈るか。
少女の体にぴったりと張り付くように、闇が圧縮された後、闇は少しづつふくらんできた。…丸い黒い球が、青空に浮かんでいる。ぷかぷかと浮いている丸い玉は、まるで空にあいた穴の様に見える。
ケーオスは、闇をまき散らしながら大きなしっぽを大きく振りかぶった。…明らかに異質な存在の丸い球が、弾き飛ばされる!!!!!!
球はすぐ横の高層タワーに激突し、めり込ん…!!!!!
なッ!!!!!!!!!
何ぃイイイイイイイイイイ?!
黒い球は!!!
めり込んだ瞬間っ!!!!
パッと弾けて!!!
眩しい光が!!!
光が!!!
くそっ!!テレビが眩しいとか、ふざけんなよ?!白い画面が!!目に、、、目に染みるっ!!!!!!!!!!!
思わずっ!!!
テレビ画面からっ!!!
目を!!!
背けっ…!!!
「ハジメ!!!!見てっ!!!!」
パイの叫び声に、背けた顔を、テレビ画面へと、戻す…!!!
「ッ!!!なっ…!!!!!!!!!!!」
テレビ画面に、色が戻り始めると。
そ こ に は
少女の持つ、巨大な肩叩き棒の一撃を…脳天に喰らって。
ひしゃげる、最強最悪の厄災の、姿が。
衝撃音は、戦いの痕跡となる音は、一切、聞こえて、来ない。
≪≪≪や、やりました!!!少女が!!!ドラゴンを!!やった!!やったああああああ!!!≫≫≫
…不愉快な、実況だけが聞こえて、きやがる。
俺が、生み出した、最強の、闇の覇者、ケーオス=ディソーダ―は。
地方の、観光地で、980円で売っていそうなデザインの肩叩き棒の、一撃で。
・・・音もなく。
砕け、散った。




