66 「食事にしましょう?」
ヤスミンカが受けた報告は、十六機目が爆散したというものである。
十五機連続で成功していたところだったので、ヴェルナーとしては、悔しさを感じずにはいられない。
だが、感情とは切り分けた確率の面からみると、失敗は至極当然のことだった。
打ち上げから目視できるまでに限定したとしても、成功率は九十五パーセントに満たないのである。
この数値は高い方で、つい数ヶ月前までは九十パーセント程度だった。
十機打ち上げて、一機が落ち、五十機打ち上げれば三機か四機落ちるのが当たり前だった。
目視に限っての話、である。
つまるところ、品質をまったく保証できないのである。
人が乗ることを前提にした場合、これに加え、大気圏への再突入という難関を抱えながら、かつ、着陸地点を絶妙に調整しなければならない。
具体的には、自軍の頭上を飛び越える形でノルマンディーから上陸した敵軍の近くに飛来し、かつ、攻撃であると認識されないような絶妙な条件を割り出さなければならないのである。
唯一の救いは、ひとが乗るのであれば、弾頭の信管には目をつむってもよいかもしれない、ということくらいだろう。
ヴェルナーは暗い洞窟の中に長く伸びた製造ラインに視線を戻し、目元を強く抑えた。
労働者が悪いわけではないことを、ヴェルナーは重々承知している。
量産がうまくいかないのは、部品の出来が悪いからだ。
部品の出来が悪いのは、労働者が悪いからだ。
一歩間違えると、そんな理論がまかり通ったかもしれない。
実際に部品を作るのは彼らであり、品質の原因は労働者に帰結するようにみえるのは確かである。
並のエンジニアであれば、そう考える。
だが、ヴェルナーは、工場長のもとで叩き込まれた、並以上のエンジニアだった。
量産品に対する設計技術にのっとり、誰が作ってもうまくいくような公差値に落とし込む形で設計している。
事実、重要管理部品を除いた単純労働者に任せる部品に関していえば、これまで満足な結果をもたらしていた。
でれば、どこに問題が。
原因は二つだとヴェルナーは分析している。
ひとつは、劣悪な作業工程。
捕虜、思想犯、そして、区別された人々からなる彼らも、当然のことながら人間である。
蒸し暑く、空気もこもり、食事が満足に行き届かない状況では、適切な作業ができようはずもない。
どうにも、ドクツはこの点を見逃しているらしく、急ごしらえの設備に快適さを感じることは難しい。
可能な限りの環境を整えてあげたい、というのがヴェルナーの偽らざる感情だったが、残酷な事実として、時間もひとも金もない。
そもそも自分たちが、食べるものにも事欠くありさまだった。
できることはと言えば、愛らしい女の子が、愛想よく白湯を振る舞い、気を紛らわせてやることくらいだった。
先ほどからヴェルナーの視界の端を、ちょこちょこと金髪の女の子が走り回っている。
わたしのロケットをよろしく、と言いなら極上の笑みを向けられたなら、荒んだ心も少しは慰められるだろう。
だが、もうひとつの原因は、もっと深刻だった。
供給されるアルミ材そのものの劣化である。
一息に材料といっても、その材質、密度、純度は様々であり、炭素、ケイ素などの配合率によって、性能は大きく変化する。
たったニパーセントの誤差で、強度が倍近くかわるものすらあるのだ。
だが、外観からぱっと眺めただけでは区別できない。
従って、製造の時点で細心の注意を払って管理されるべき項目であり、それがなされていたからこそ、ドクツは他国に対して、工業的に優位な立場を確立してきたとも言える。
そのアルミ材が、劣化している。
おそらく、他の材料も同様だろう。
書類上は予算がついているように見えていたが、肝心のその予算を動かせるだけの経済的基盤が、全くといってよいほどに機能していなかった。
幸いというべき点は、親衛隊の面々も、組織として機能しなくなりつつあることであろうか。
少なくとも、操舵もついていない、ひとり乗りのキャビンを開発程度ではなにも言わないくらいには、大人しくなっていた。
総統の暗殺未遂があったとラジオで放送されていたので、きっとそちらにかかりきりなのだろう。
現場を憂うヴェルナーが次なる一手を考えていると、彼のもとに二通の電報が届けられた。
一通は、親衛隊から。もう一通は、陸軍から。
親衛隊からは、敵にミサイルを渡してはならないという。
研究資料は破棄。
その指示の中に、記された言葉。
ヤスミンカの抹殺。
ヤスミンカは身内からも、命を狙われるようになるらしい。
ヴェルナーは小気味良く笑う。
ヴェルナーが取り得るはずのない手段を送り込んでくる程に、上は混乱の最中にあるらしい。
陸軍からは、ペーネミュンデ機関を死守せよ、と書いてあった。
ヴェルナーは、またしても苦笑した。陸軍は戦争の現場に直面する当事者だ。
状況は重々承知している。
つまり、おそらく、総統近辺の誰かが、陸軍の言葉を借りているのだろう。
いまだに、ロケットこそが状況を打破する決定的な切り札になりうると考える者がいるらしい。
開戦当時思い描いていた第三帝国という夢の断末魔の声は、誰もが耳にしているというのに。
この矛盾した二つの命令に対し、ヴェルナーは躊躇しなかった。
というより、すでに動き出していた。
地下工場からは、すみやかに、しかし秩序だって、人と器材とが消えはじめている。
彼らは、南を目指す。
サ連に捕まる前に、西側の連合諸国に投降する手筈になっている。
合言葉は、ヤスミンカの言葉だ。
わたしと一緒に、宇宙を目指してみない?
すでにサ連軍は、ペーネミュンデに到達しているという。
地下工場が抑えられるのが先か、ドクツが降伏するのが先か。
思い悩むヴェルナー。
そんな彼の袖を引っ張る者がいた。
自発的に白湯を配ってまわる、心優しい女の子だった。
「食事にしましょう?」
ヤスミンカは、場違いなくらいにのんびりした声でいった。




