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宇宙から地球を見下ろしたとき、君はなんというだろう?  作者: トトノ
第一章 ヤスミンカ・べオラヴィッチ
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34 「終わったのよ、ほとんど始まる前に」

 カミナギ大佐は、わかっているでしょう、という表情で、書類を差し出した。

 もちろんヤスミンカも、なんの用件なのかは検討がついている。

 というより、彼女の日常を吹き飛ばした今回の事件以外であると考えるほうが難しかった。


 ヤスミンカが知りたいのは、なぜ、警察ではなく軍人が来たのか、ということだった。そして、なぜ、ヤスミンカの顔見知りが訪ねて来たのか、ということだった。


 あらゆる不満を込めてカミナギ大佐をにらみつけた。

 ところが彼女は、自分の家のように我が物顔でカウンター裏にゆき、ワインとグラスをもって戻ってくると、ヤスミンカに一言もなくテーブルに腰掛けた。全ての仕事は終えたと言わんばかりに、ワインを並々グラスに注ぐと、一息にあおる。


 ヤスミンカは気を張り詰めたまま、向かいの席についた。

 ぱらぱらと紙をめくる。腹立たしいこと、カミナギ大佐にかきたてられた怒りににた感情が、ヤスミンカを冷静にさせた。

 単語だけを追いかけ、頭の瞬発力を頼りに意味を組み立てていく。


 曰く。

『ロケットの重量が五キロを超えてはならない』

『ロケットは、三度に満たない地上実験で打ち上げてはならない』

『ロケットの打ち上げは七時から十五時を除いて実施してはならない』

『ロケットは風速三メートル以上で打ち上げてはならない』


 ヤスミンカは書類に視線を落としたままいった。


「これは」


「ロケット開発に対する規制よ。草案だけど、まもなく可決されるでしょうね」


「負担になる項目ばかりね」


 さらに細々とした規則がならび、それらの規則に対する対策が彼女の頭の中で組み立てられていく。が、その動きは、最後のダメ押しのように付け加えられた項目で止まってしまった。


「ずいぶんとひどいことをするのね?」


 ヤスミンカは鋭い口調でいった。


『ロケットは土曜・日曜に打ち上げてはならない』


 思いつきとしか思えない条項である。まるで、自分たちを狙い撃ちにしたような項目だった。

 暗雲立ち込める状況のなかで、土日の打ち上げ中止である。

 平日に、丘まで足を運び、見学しようなんて物好きがいないであろう事は、容易に想像できる話だ。

 唯一のささやかな稼ぎも許しはしない、という意思すら読みとれた。ヤスミンカは頭をかきながらうめく。


「大人の世界にちょっかいをかけてきたから、こうして出向くことになったのよ。せっかく、特許庁に干渉して警告してあげたのに」


「警告?」


「あなた、ジンバルで特許を取得しようとした事があったでしょう?

 フライホイール構造の姿勢制御機構のね。

 とんでもなく塩対応だったでしょう?

 軍部が絡んでいるぞと、はっきりわかるくらい」


「軍人さんがいらっしゃるほどの大事になるとは思わなくて」


「まあ、子どもだものね」


 カミナギ大佐は、ひとを食ったように笑った。あなたがこれから必要とするであろうものは、既にもっているのだといわんばかりの、不敵で不遜な態度。


 ヨーコ・カミナギ。


 ヤスミンカはその名前を心の中でつぶやいた。いまの気持ちを忘れぬために。奴の名前を刻むために。


「軍に来なさい」


 カミナギ大佐が告げた。

 淡々としていたが、有無を言わせぬ音をはらんでいた。相手が従うことが当然だと信じている声だった。

 ヤスミンカは沈黙を守った。しばらくして、彼女は言い直した。


「わたしのもとに来なさい。ヤースナちゃんになら、最高の機材を提供することを約束するわ。結果を出してくれたなら、十分な報酬も」


 大佐が言葉を区切った。

 植木鉢に水をやるみたいに、十分に水が染みこむのを待っているように、ヤスミンカをみつめた。意味は伝わっているかしら、といわんばかりの様子あった。

 つまり、自分が手加減されているということだ。

 その態度は、ヤスミンカの感情を面白いくらいに逆撫でした。


「なぜわたしが、あなたと」


「単純な話。つまりわたしは、あなたが独力でロケット開発を進めることは不可能だと悟ったわけよ」


「わたしたちは、まだ終わってない」


「終わったのよ、ほとんど始まる前に。だってあなた、もう資金がないでしょう?」


 ヤスミンカの顔がどすぐろく染まった。一方で、彼女の言葉を理解するだけの冷静さも備えていた。


「いまのまま独自に研究を進めても、見せ物をやって金集めだけで終わってしまうのは、あなた自身が気づいている。

 でも、わたしの力添えがあれば、あるいは叶うかもしれない。

 賢明なあなたなら、簡単にわかるはずよ」


「あなたの狙いは」


「わたしは力が欲しいのよ。つまり、のし上がるための成果が欲しいの」


 カミナギ大佐はいった。


「なぜ、ロケットを」


「べルサイユ条約に抵触しない飛翔体だから」


「条約?」


「先の大戦で我が国にかけられた枷よ。

 巨大な大砲や飛行機を制限する不平等条約があるの。

 故に我が国で航空機の開発が難航したって、学校で教わらなかった?」


 ヤスミンカは首をふった。彼女自身は、国の馴れ初めなんかに興味はなかった。


「あなたなら、そんな条約、くそくらえだと思っているのではなくて?」


「立場上、個人的な感傷で戦争の口実になるような発言はできないの。まだ、我が国は戦争を始めてはいないからね」


 戦争をすれば、すべてご破算になるとも取れる発言だ。

 自分がどうしようもない事態に巻き込まれつつあるらしい。ヤスミンカは自らの立場を呪った。

 将校の好戦的とも取れる発言を、聞かされているのだ。

 断れば、何があるかわからない。


「でも、あなたは既に、航空機を手に入れたはずよ?

 これ以上、なにを望むの?」


「わたしたち軍人は、この国を強い国として立て直す義務があるの。

 その努力の一端が航空機。でもまだ、列強の武力にはほど遠い。

 従って、他国にない技術を育成し、保有し、独占する任が課されているわけ」


 カミナギ大佐がいった。ヤスミンカを挑発し、何かを誘っているような雰囲気すらあった。


「お返事は?」

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