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宇宙から地球を見下ろしたとき、君はなんというだろう?  作者: トトノ
第一章 ヤスミンカ・べオラヴィッチ
31/138

31 「なんでもお見通しなのね」

「ヴェルナー。あなたの夢ってなに?」


 ヤスミンカは、ソーセージを頬ばりながらいった。

 目の前の食卓には、コンソメスープに、キャベツの酢漬け、豚肉のローストに、丸く固めたパン。それから、ヤスミンカのかじりついている、焦げ目のついたソーセージ。

 ヤスミンカはソーセージがいたく気に入ったらしく、声を張り上げておかわりを頼んでいた。

 ヴェルナーもかじってみる。香辛料が舌を心地よく刺激するし、閉じ込めていた肉汁がじわりと染み出してくる。控えめにいって絶品だった。


 喫茶店『リガルドズ・カフェ』で、打上げならぬ打上げをしていた。

 ずっと忙しかった日常に対する、ご褒美である。

 本来であれば、機体を回収して、更なる改良を加えるべきなのであろう。

 けれど、機体は落下の途中で大きく流されたらしく、森の影に消えてしまったらしく、まるで場所がわからなかった。また、近くで騒ぎがあったらしく警察が行き来しており、燃焼物を使っている点が少々後ろめたくもあり、その日は早々に引き上げて、打ち上げに繰り出したのであった。


 昼間とはうってかわった騒がしい雰囲気で、周りの客は黒の麦芽酒で盛り上がっている。二人とも大人たちに習い、陽気な雰囲気に酔っていた。朝とは違う雰囲気を、二人は楽しんだけれど、どこか浮ついているのは、ここに参加すべきもう一人がいないためだった。


「いまでこそ、鉄の塊が翼をもって飛行しているけれど、わたしたちはたった三十年前は、空を飛ぶことなんて絵空事だと思われていたわけよね」


「そうだろうね。いまだって、鉄の塊が飛ぶことに違和感をもつ人は大勢いるくらいなんだから」


「ということは、飛べると無邪気に信じた夢想家がいるわけよ。

 誰かが描いたのか、自分で描いたのかは知らないけれど、絵空事があったからこそ、ひとは、当時の誰もが相手にしなかった馬鹿なことに取り組むことができたのよ。

 発明王しかり、ライト兄弟しかり。夢があったからこそ、ひとは目標をつくり、具体的な行動に落としこむことができたのだと」


 ヤスミンカはそこで言葉をきり、ソーセージにかじりついた。


「それで夢、と」


「そう。夢って見るものであり、かなえるものよ。人の行動原理の根底にあるものなのよ。だから、最高のエンジニアを目指すのであれば、ひとが見る夢についても、詳しくならないといけないと思うのうよ」


「なるほど」


 ヴェルナーはそういって、ホットワインを飲んだ。酒精が飛ばしてあるそれは、酸味のなかにほのかな甘みがある。口の中の油が洗い流されて、さっぱりした気分になる。


「ヤスミンカ、正直にいいなさい」


「なんでお説教口調になるの? わたし、いま、良いこと言ったわよね?」


「要するに、リンドバーグ先輩のことで思い悩んでるんだろう?」


 ヴェルナーはパンをちぎりながら、努めて大したことではないようにいった。

 ヤスミンカはあいまいな笑みを浮かべてみせた。


「わかっちゃう?」


「もちろん。君と暮らして、もうすぐ半年になるだろう?

 君の考えていることは、なんとなく、わかってきたよ」


 もちろん、年齢差による経験の有意については黙っておく。ヤスミンカはフォークを置き、切り分けたばかりのソーセージを見つめたままいった。


「ねえ、ヴェルナー、わたしたち、やれるよね」


「なにを」


「ロケット開発」


 ヤスミンカはいった。僕たちはやったじゃないか、と言いかけてヴェルナーは口をつぐんだ。ヤスミンカの真意がそこではないと明らかだった。


「いまのままだったら、十年くらいかかるかしら」


「君にしては、相当に曖昧な表現だ。なにを、というところが全くないだなんて」


「じゃあ、私たちが月に行くまでにしましょう。五年で十分よね?」


「個人的な感想でよければ」


「わたしはあなたに聞いてるのよ」


 ヤスミンカは淡々という。


「十年では無理だね」


「じゃあ、どこまでいけるかしら」


「今日の集客規模が続いて、工場長くらい資本を入れてくれる企業があって、打ち上げに一度も失敗しなかったら、十年くらいでひとが打ち上げられるくらいにはなるんじゃないかな。

 打ち上げられることと、安全に乗れることは別の問題だけど」


「そう」


 ヤスミンカは言葉を切ると、しばし困ったように押し黙った。ヤスミンカが珍しくためらっているところをみて、ヴェルナーは察した。


「リンドバーグ先輩みたいに、僕も辞めるんじゃないかと思ってるんだろう?」


 打ち上げの席にリンドバーグが参加していない理由。彼の生活環境が、変わろうとしていたからである。

 彼は、書類の申請があるとかで、打上げ後、そうそうに引き上げてしまった。

 食事をすることは伝えているが、彼が顔を見せる気配はない。


 つまり、そういうことなのだ。


 けれど、まだ、そこまで察することのできないヤスミンカは、ヴェルナーの言葉に目を丸くする。


「なんでわかるの?」


 ヴェルナーは笑った。

 ヤスミンカの弱点を見つけた気分だった。

 彼女は、数理などの理論だった分野には恐ろしく強いが、逆に、ひとの感情に関する分野はとても弱い。ヤスミンカの歳相応の部分なのだろう。


 ヴェルナーの反応が面白くなかったのか、ヤスミンカは口を尖らせてソーセージの残りにかじりつた。


「先輩、なんていってた?」


「ひと足さきに、大人になるっていっていたわ。大人になって、誰よりも速い機体のパイロットになるんだって」


「じゃあ、あの時にはもう決めてたんだな」


「あのとき?」


「三人で空軍基地に見学にいったことあったろう?

 君ほどじゃないかもしれないけれど、相当に要領がいいからね。勉強もできたし、運動は抜群にできた。サッカーが得意で、彼が率いると軍隊みたいに強かった。だから、あちこちから誘いがきてたんだ。空軍もそのひとつで、あの見学のとき、先輩は決めたんだと思う」


 実際、悪い話ではない。

 相次いで起こった世界恐慌と金融恐慌の救済策としてはじまった現代の兵役は、一部からは時代錯誤であるとの声があがりつつも、ここドクツ国内では、企業からも国民からも、概ね好評であった。

 わずか二年ではあっても、軍で集団生活を経験した若い人間は使い物になるともっぱらの評判だからである。

 しかも、志願するパイロットといえば、将校課程を歩むエリートだ。もちろん、軍にはいったからといって、人生の全てが決まるわけではないが、人生に相当な影響があることは確かなのだ。もちろん、一抹の寂しさを覚えないといったら、嘘になるけれど。


 でも、リンドバーグが残したという言葉をきいて、ヴェルナーは安心した。彼はなにも、宇宙へ行くことを諦めていないのだから。

 自然と口調が軽くなる。


「じゃあ、僕たちは、誰よりも速く飛ぶ機体をつくらないといけないわけだ。地平線の次が決まったね」


 地平線までもうすこしなんだから、とヴェルナーは笑った。ヤスミンカが、大きな目をこれ以上ないほど見開いていた。


「どうしたの」


「あなたたちが、まったく同じことをいうものだから」


「第一級の腕の持ち主が、いつ爆発するかわからないポンコツロケットに乗ってやるとか、そういう事もいったんじゃない?」


 ヤスミンカががっかりしたように頬杖をついた。


「なんでもお見通しなのね。ヴェルナーには相談してないっていってたのに」


「先輩は嘘をついていないよ。僕も嘘はついていない。ただ、想像しただけ。僕と先輩は、六年近くの付き合いがあるわけだから」


「わかるの?」


「わかるさ。幼馴染だもの」


「ふーん」


 ヤスミンカは全く信じていないように頬杖をつく。


「いちおう、引き留めようとしたのよ。わたしたちといれば、世界最速で飛ばしてあげるのにって」


「先輩なりのやり方で、宇宙に行く最短の道を探ってるんだよ」


「どうして? 彼は空軍にいっちゃったのよ?」


「ヤースナ。ひょっとして、彼が夢を諦めたとでも思っていたのかい?」

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